65 護衛依頼 ルナ&ゼン強化
「そこ」
ルナが呟くように発声し、投げ専用のナイフを投擲する。
それは街道横の茂みにいたビッグトードに吸い込まれるように突き刺さり、魔物を絶命させていく。
俺は屋根のない荷馬車から飛び降りると、走ってビッグトードの死体に近づき、刺さったナイフを回収してまた荷馬車へと飛び乗る。
荷馬車は速度を落としていてくれているが止まる事はない。
あんな雑魚魔物回収のためには止まってくれないのだ。
おかしいな、俺が主人なんだけども、やっている事はルナの使いっ走りだ……。
ナイフに着いた汚れを布で拭ってからルナに返す。
「ありがとうマスター」
御者席のルナにお礼を言われる。
ちゃんとお礼の言える良い子だなルナは、良い子で可愛いので頭を撫でておこう。
ナデリコナデリコ。
そこへルナの隣に座って二頭引きの荷馬車を操作している、今回の雇い主から声がかかる。
「ルナちゃんってすごいのねぇ……」
駆け出し商人で茶髪ポニーテールのローラさんは、感心したようにルナを褒める。
「ブイっ」
その雇い主の感嘆の声に応えるようにルナがピースした。
この世界にもピースサインは通用するはずだ。
異世界というか地球から来たダンジョンマスターが、文化とかを流していくみたいだからな。
「うちのルナはそこらの冒険者より強い有能メイドですからね!」
俺は荷馬車の上で胸を張ってルナを褒めていく。
その言葉を聞いてチラっと後ろを振り向き、荷台にいる俺を見たローラさんが、顔の向きを前方に戻しながら、ぼそりと何かを呟く。
……ちなみに俺は耳が良い、何故なら最近〈聞き耳レベル3〉を取ったから。
ローラさんは『冒険者の主人より強いメイド……』と呟いていた。
いやまて! 俺はまだ貴方に戦う所を見せてないでしょう? 何故弱いと決めつける! ……見た目のせいか?
……確かにいまだに初期物資の中にあった安そうな革鎧とかを使っているし。
メニューのメンテナンスでも少しずつ劣化していくから、装備がぼろっちぃのは仕方ないねん。
……でも、ルナの装備を優先するのは当たり前じゃないですか?
ホムラに貰った火竜の剣は鞘を含めた見た目が豪華だから、普段は初期剣を装備しているしね。
ちなみにルナの装備は普段の物とは違い、戦闘用メイド服と言えるべき物で。
通常のメイド服よりも少し派手で、防御用としても使える装飾された貴金属が各所に縫い込まれている。
普段使いのメイド服はセット効果が〈家事+〉だが、この戦闘用メイド服はダンジョンメニューで日本のコスプレ用で検索して買った物で。
とあるアニメの戦闘メイドが着ているモデルの高い奴を買ったら、セット効果に〈投擲+〉や〈短剣術+〉が付いてきた。
そもそも、そのアニメのメイドさんに影響を受けたルナが短剣を使いたいって言いだしたからな。
まさか戦闘系スキルのセット効果が付いて来るとはなぁ……俺の装備もコスプレシリーズで揃えたいが……ルナのやつで3万DPとかするんだよね。
コスプレなんだけど超本気で作りました! みたいなコンセプトの商品だったから、簡単に出せる値段じゃねーんだよな。
そのアニメのメイドさんに習って、黒鉄鋼の短剣とかをスカートの中のフトモモとかに装備しているらしく。
そして投げナイフは何処からともなく取り出せるのが戦闘メイドの嗜みらしい……。
ルナは〈インベントリ極小〉があるから出来ちゃうけど、アニメ演出の真似って普通なら無理だよね。
しかしまぁ揃えたい物、覚えたいスキルとかが多すぎてDPが足りねーんだよな。
数百万DPが一瞬でなくなるのも当然な気がする。
ほんと……最初にリアと出会えて良かったと思う……お小遣いもくれるし。
そんな事を考えつつ俺は周囲の気配を探っていく、護衛の仕事はちゃんとやらんとな。
……。
ちなみにどうしてこんな道行になったかというと。
そもそもは鉱山都市の近くまでホムラ便に送って貰おうとしていた俺なのだが、ルナが『テンプレを体験してみたい』と言い出した事が切っ掛けだ。
異世界に行った冒険者の主人公ならば依頼を受けてあれやこれやするそうで。
確かにルナと一緒に見たアニメの中には、そういう感じのもあったっけか……。
ルナが望むのならばと、タタンタの港町にある冒険者ギルドに行き依頼を探してみた。
目的が北にある鉱山都市なので、そっち方面に行く護衛かお届け物あたりが良いだろうとね。
ただし俺の冒険者ランクは下から三番目の銅ランクで、ルナはそれの一個下の鉄ランクだ。
銅ランクは一人前として見られるのだが、俺とルナの二人しかいないパーティだと中々に依頼は見つからなかった。
俺は21歳の頃の姿そのままでこちらに来たのだが、こちらの世界だと10代くらいの若さに見られるみたいだしな。
三日程冒険者ギルドに通って依頼を探してみたが、無理そうなので諦めようとした時にローラさんの依頼に行き当たった。
茶色い髪をポニーテールにしていて、日焼けをした素朴美少女な感じのローラさんは、元々港町を拠点にしつつお父さんと一緒に付近の村々を回る行商をしていたらしいのだが。
お父さんが腰をやってしまいベッドの住人に……なら丁度いいのでローラさんが独り立ちをする練習とばかりに、自分の腰が治るまでは一人で何かをやってみせろとお父さんに言われたらしい。
そこで張り切ったローラさんは、いつも回る行商ルートを行けばいいのに、何故かそこそこ遠い北方にある鉱山都市へ向かう事を選んでしまう。
これにはベッドから動けないお父さんもびっくりしただろうね……。
港町の近くにある、お泊りも簡単に許可されるようないつもの村々を行く行商ルートなら。
馴染みの冒険者も護衛依頼を受けてくれるだろうけども。
さすがに何個も大きな街を通過した先にある北方の鉱山都市になると、護衛依頼を受けてくれる相手が初見の冒険者になってしまったらしい。
そらそうだ……。
そのせいかローラさんのお父さんに、絶対に女性だけの冒険者パーティにしろと厳命されたっぽい。
そうして中々護衛の見つからないローラさん。
すでに鉱山都市に運ぶための商材を買い込んでしまっていたので、行先を変える訳にもいかずに困っていたらしい。
そこで俺のパーティを紹介された訳だ。
女性だけのパーティじゃないけども、小学生の高学年くらいに見えるルナと、若く見える優男な俺の二人パーティだ。
これなら依頼を受けた冒険者に襲われるような事はないんじゃね? って事だね。
そうして何故か、ローラさんのご両親と面接する羽目になり、一応合格を貰った。
だがお父さんの方は、ベッドの上で必死に腰の痛みをこらえつつ体を起こすと。
俺にこっそりと耳打ちで『娘に手を出すなよ? 出したら責任取らせるからな』という怖い怖い忠告をしてきた。
手を出したらぶっ飛ばすとかじゃなくて責任取らせるのね……。
まぁ面接の中で俺の商業ギルドのタグも見せたせいもあるかもしれない。
竜のウロコやら男性用下着のオークションとかが高額になったせいで、銅の一つ上の黒鉄鋼ランクまで上がっちゃったからなぁ。
……お婿さんとして狙われている!? なーんて、そんな訳ないか。
そして今は北にむけてゴトゴトと荷馬車に揺られる道行だ。
ちなみに荷馬車の乗り心地は良くない。
これでも魔物素材で衝撃を吸収させているとか言ってたけど……道が悪いせいかね?
そして荷馬車のスペースがかなり空いているのは、ローラさんの経験のためなので失敗しても良いように予算を少な目にしたからだそうで。
ただお父さんが言うには、ローラさんは借金して商材を買おうとしていたとかって話をしてくれた。
それを教えてくれた時のお父さんの顔色は真っ青だったなぁ……。
失敗したら身売りするレベルの借金額とか……若さって怖いなぁ……あ、ちなみにローラさんは16歳だそうです。
街道は平和な物で極まれにさっきみたいに弱い魔物を見かけるくらい。
さっきのも別に倒さないでも攻撃してこなかった可能性の方が高かったりする。
まぁルナの暇つぶし攻撃だった訳だ。
そんな時だ、御者席でのルナとローラさんの雑談でこんなセリフが聞こえてきた。
「暇、もっと野盗とかオークの集団とかが出て来る物だと思ってた」
「ルナちゃん怖い事言わないでよ! 野盗なんかに襲われたら荷馬車を捨てて馬に乗ってさっさと逃げる事になるからね!?」
この国で一番の貿易港から繋がる街道を整備しない訳ないんだよね。
公爵領軍の紋章を掲げた騎馬兵達の見回りとかは、最低でも一日に一回はすれ違うらしいし。
たぶん依頼されたであろう冒険者が、街道側の魔物の駆除をしている姿とかもたまに見かけるし。
野盗もいない訳はないんだろうけども、荷物もほとんど積んでいない荷馬車を襲うメリットがあるのかどうか……。
年若い素朴美少女なローラさんと、超絶美少女なルナに気付いたら来るかも?
俺もイケメンだしなぁ、女性だけの野盗に狙われる可能性もないとは言えないか、気をつけよう。
そんな事を考えつつ周囲を警戒しながらも、チラッと荷馬車に積んである荷物を見る。
布がかけられているが中身は一度見せてくれたのだけど。
その中の一つには俺が良く知っている物があってちょっとびっくりした。
実はドリル嬢からホムラに売っているお酒を自分にも売って欲しいとお願いされたので、日本酒の2斗樽酒を一個売ってあげたんだよね。
そしたらドリル嬢本人はまだ11歳で飲めないけども、執事さんやら、内政官達やら、護衛兵達やら、メイド達やら、メイド長やら、庭師やら、厩舎係やら、厨房長やら、厨房係達やらが毒見をした結果……。
いやまてお前ら!
絶対そんな人数の毒見係は必要ないよねぇ!?
毒見だけで樽の半分である18リットルが消えるってどういう事やねん!
……えーと、まぁ毒見をした結果。
東の国から輸入している米の酒に似ているって事で中々の高評価を得た。
それで公爵様とやらにも開けていない樽を送りたいと、ドリル嬢に再度お願いされたので仕方なくもう一個出してあげた。
くっ……ルナと同じくらいの背丈の子供にお願いされると断れないんだ……こう……身長差を利用して下から見上げるようにお願いをする美少女とか……ずっるいよなあれは!
断れる訳ねーじゃんか……。
あ、そうだ、俺も今度リアやホムラ相手に、あの下からウルウル視線攻撃を真似してお小遣いを強請ってみよう。
うん、良い考えだな。
まぁそんなこんなで何故か2斗樽酒を五つばかし商業ギルドのオークションに出す事になった。
なんでか?
だって、ドリル嬢のあんな美少女上目遣いで以下略。
……あの時に執事がドリル嬢に耳打ちしてたのが気になるんだよな……まさかと思うが、あのあざといお願いの仕方を教えてたなんて事は……ないよね?
それが気になるからあの後で〈聞き耳〉スキルを取ったってのもある。
それでその時にドリル嬢が良い事を思い付いたとか言って、その樽酒を『守竜酒』と命名してドリル嬢公認の印を与えてくれた……。
その時の商業ギルドでのオークションなんだが、期限を短く設定して開始値が銀貨30枚でドリル嬢に売った値段と同じにしてみたんだが……最終的に最安値の樽でもひと樽で銀貨70枚を下回る事がなかった。
……どうも東の国の酒も需要と供給が見合っていないらしく、公爵家のお嬢様が公認をしたのならと過熱してしまったようだ。
おれの感覚だと銀貨10枚で売れても消費したDP分は回収出来る、って感じなんだけどな……。
そんな中の一つがこの荷馬車に積んである。
目玉商品が銀貨76枚で落札出来たと嬉しそうに語っていたローラさん。
ドリル嬢には銀貨30枚で売ったなんて言える訳もなく……『それはすごいですね』と答える事しか出来なかった……。
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