59 守竜祭初日
「どうするルナ」
「私はやってもいい、後はマスター次第」
俺は目の前にある熊の置物、もとい、ヒグーさんの仰向け寝を見つつ考えてみた。
事の起こりはこうだ。
朝飯も出せないならと、また厨房を借りたルナがカニ雑炊やエビ雑炊を作ってくれた所から始まる。
朝に雑炊って東南アジアみたいだなと思いつつ食べたが、これまた美味しい。
厨房の借り賃がわりに一緒に食べているマレーさんやアルク君も大喜び。
そしてじっくり味わっていたヒグーさんが、片付けが終わりまた市場にでも行くかと立ち上がった俺とルナの前で腹を見せる仰向け寝をしてきたんだ。
マレーさんとかびっくりしてたね……人間がする土下座みたいな意味があるんだとか。
腹を見せるって降伏じゃなかったっけ?
熊はまた違うのかな? まぁいいや。
その可愛らしくない熊寝を見せられつつ頼まれたのが、守竜様を称えるお祭りで屋台を出して欲しいという事だった。
「取り敢えずテーブルに着きましょう、詳しい話を聞きますから」
俺はそう言って朝食を食べた場所へと戻る。
これ以上そのむさくるしい寝姿を見せられるのは嫌だ。
――
この街の商業関係のお店なんかは守竜様を称えるお祭りに協力する義務があるとかで、ヒグーさんは毎年荷運びとかで協力していたそうなんだけど、腕を怪我してしまい今年は難しいらしい。
なら女将さんが荷運びをやれば? と思ったんだけど。
祭の実行委員会に食べ物の屋台を出す事を申しつけられたんだって。
要するに獣人に対する嫌がらせだよね。
女将さんは料理が得意じゃないし、不味い物を屋台で出せば守竜様に対する敬意が足りないとかなんとか言われるのは確実なんだとか。
詳しく話を聞くと、この店の土地が欲しい商会の嫌がらせがずっと続いているっぽい。
ヒグーさん達を責めるために、勝手に名前を使われるホムラが聞いたら商会ごと蒸発しそうな話だね。
そしてヒグーさんがどうにかせねばと考えていた所に俺達だ。
いやまぁ、もっと他にやりようはあると思うんだが……獣人って脳筋多いからな。
さてはて……まぁ市場での仕入れは金の続く限りやろうとは思っていたから時間はあるんだが。
素材の仕入れを邪魔されているらしく、最低限の物は大丈夫みたいなんだけど、ヒグーさんが得意な料理に使える肉や魚は軒並み売り切れだそうだ。
まぁそもそも片腕では大変だろうし、仕入れの名義をヒグーの宿にする必要があるのが面倒だな。
なぜかというと屋台の人気や売り上げを競うらしく、材料を買えるのはこの街の中にある商会、もしくは行商で街に来ている商人ギルドの会員から買った物のみでどうにかする必要がある。
「どうするルナ、せっかくの港町なのに魚介類で人気のあるのは全部無理だとさ」
「いける、いくつか道具が必要だけど……マスター?」
ああうん、メニューで道具を買う必要あるのね……そんなのいくら買っても構わん。
「よし、じゃやるか、守竜様を称えてやろうぜ」
「盛大にいこう!」
俺とルナは笑いを堪えながら承諾していく。
いやだってさ、ホムラを称える祭なんだぜ?
それを俺達がやるって考えるだけで笑っちゃうだろ?
「感謝する」
ヒグーさんがその大きな体を小さく縮こませて頭を下げてくる。
最初に頼む時も仰向け寝とかしないでそれでよかったんじゃ?
いまだにこの世界の異種族の常識に慣れない。
「じゃ準備といくかねルナ」
「おー!」
俺がルナに声を掛けると、大きく腕を振り上げながら返事してきた。
ヒグーさん達に小麦粉やらの仕入れを頼み、俺達は足りない物を買いに市場へと向かう。
市場で景気よく声を掛けてくるお店だが、ヒグーの宿の仕入れだと店の名前を出すと申し訳なさそうに断ってきた。
市場の方も大きいお店は全滅、小さい所でちょいちょい買うしかないが、そんな店には立派な魚とかは置いてないんだよな。
仕方ないから仕入れていますって感じで、そういうお店の物を買い占めていく。
大きな船を持っていない個人商店を渡り歩いて買い占め買い占め、途中からごろつきに監視されてるんだよねうっとうしい。
そうして帰ってきたヒグーの宿には、ゴロツキにしか見えない奴らと豪華な服を着た男がヒグーさんに何かを言っている。
俺とルナが外で欠伸しつつ待っていると、奴らは帰っていった。
市場とは違い帰るだけなので隠密を使っていた俺達には気付かなかったようだ。
まぁ気付かないというより『注目する価値のない相手』と認識しているんだとは思う。
中に入ってヒグーさん達に話を聞くと、材料を仕入れに行ったせいなのか、さっきのやつが文句を言いにきたらしい。
不出来な物を出すのは守竜様に申し訳ないだろうと、そんな物を出したらこの街の店として不適格だとして追い出すと。
正直その思考が理解出来ない。
だけどルナが何故か少し興奮していて『時代劇みたいワクワク』という呟きを漏らしていたのを、俺は聞き逃さなかったからね?
揉め事なんてない方がいいんだけどな……。
その日から試作品を作っては、市場の小さな店で浅瀬やらで獲られる細かい獲物を買い占める日々が続いた。
俺達が諦めたのかと思ってあんまり嫌がらせもなかったね。
一度大きな店に行って立派な魚を買おうとしたら邪魔が入ったけど……。
俺らの提示した5倍の値段で横からその魚を買っていきやがった。
まぁ最初から買う気はなくて、邪魔されて悔しがる演技を見せるためだったからいいんだけどさ。
がっかりした演技をたまに見せつけないと、邪魔してくるやつらが余計な事をしてくるかもだろ?
そしてやっぱり小さな店の獲物を買い占めていく日々。
ああ、それと後で商業ギルドに行って、この街での行商届を出さないといけないな。
なにせ俺も商業ギルドの会員だから、届さえ出していれば屋台用のあれこれをうちから仕入れる事が出来ちゃうんだよな。
あまり大規模にやると後で難癖つけられそうだから、ここでは手に入らない物をどうにかするだけにする予定だ。
――
――
今日から数日間守竜様を称えるお祭り『守竜祭』が行われる。
お祭りが始まる前に大きなステージで竜の巫女と呼ばれる、街の民から選ばれた女性達が舞いを踊って感謝を守竜に捧げていた。
10~20歳くらいの可愛い女の子ばっかりだ。
ヒグーさんに聞いたら竜の巫女の中には、この港町を含む広大な領地を治める領主の娘さんも参加しているとかで結構有名人らしい、その娘さんは港町を治める代官でもあるんだってさ。
俺はその特徴を聞きつつチラッとステージ上の巫女を確認する。
あの金髪ツインテドリルがそうなのね……出会わないように気をつけよっと。
そうして可愛い竜の巫女さん達の舞いが終わり『守竜祭』の開始が領主の娘によって宣言された。
俺達はメイン広場を囲うように設置された屋台の列の一番端っこに行く。
いやさ……絶対ここって元々の予定にないような僻地じゃん。
周りが空き地だから広々としてていいけどさぁ……。
日本のお祭りの屋台のような感じの木組みに、調理道具やらを設置して準備していく、さて。
「じゃ焼いていくか、すぐにお客は望めないけどインベントリに仕舞っておけば熱々のままだからな、常に焼いて匂いを出していこうぜ」
「まかせてマスター! シャキーンッ、私の〈短剣術〉がうなる」
……いやそれ短剣じゃなく、たこ焼き用のピックじゃんか。
三角巾で包まれているルナの頭を軽く叩いて真面目にやれと促してから、俺もエプロンやらを着けて手伝う。
といっても調理は全てルナがやる。
俺はまぁお金の受け渡しとか品物を渡す係だな。
ヒグーさん一家には客捌きをお願いしている。
まぁ……誰一人としてお客はいないけどな!
だってワイワイざわざわしている祭会場の動線から30メートル以上離れているんだもん……。
市場の個人のお店だとタコが逆に買いやすくて助かった。
タコはあんまり人気ないのか、大きなお店では扱わないみたいなんだよね。
それと細かい魚や貝やら何やらで、あら汁も作って大きな業務用の鍋でぐつぐつさせている。
タコ焼き用の鉄板も熱を入れる魔道具も全て『ダンゼン商会』からの貸出品扱いとなっております。
そして調味料なんかもヒグーの宿屋に売った事になっている。
例えば『味噌』とか『中濃ソース』とかね。
今回のあら汁はルナいわく、初心者用で白味噌をメインに作った物だそうだ。
確かに味噌の味や匂いに慣れない人は甘目な白味噌のがいいかも?
まぁ朝ご飯の時に出たそれを食べた俺は、三杯目のお代わりを出したらお客さんの分が減るとルナに怒られた。
俺の横で四杯目の器を出していたヒグーさんやマレーさんもしょんぼりしていたが、アルク君は四杯目まで許可されていた……俺が一番少なくね?
体の大きさの違いと、子供優先と言われてしまった。
……異世界に来てからの年齢じゃ駄目だろうか?
たこ焼き生地に使う出汁はコンブと鰹節の合わせ出汁だそうで、最後に塗るソースは中濃ソースを改良した物で、たこ焼きに合う物をルナが作った。
ルナの〈調理レベル5〉が凄すぎて、試作品のたこ焼きはマジで美味かった!
青のりはないけどまぁ……知らなきゃこれが完成形って思うんじゃないかな?
後でルナに明石焼きも頼もうっと。
そんなこんなで作ってはインベントリに仕舞うという事を繰り返していると
「なんだこの不味そうな屋台は!」
俺達の店の前で豪華な服を着たハゲ商人が叫んだ。
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