42 セリィの混乱
はぁ……洞窟側の〈ルーム〉の扉を閉じたのでちょっと暇になってしまったし、一度お屋敷に戻るか。
裏庭からカコーンカコーンと音がする……ダイゴは今日も薪割りを頑張っているらしいのでちょっと様子を見にいく。
……。
裏庭には太い薪を程よい大きさに割っているダイゴがいて、そのナタ裁きは堂に入ったもので、いつか斧や短剣系スキルとかを獲得しそうだなーと思う。
才能あるやつはスキルがなくても体の動かし方が上手かったりするからな。
それでスキルが生えると補正が効くから余計強くなっていくんだよなぁ……俺は無才能の完全スキル頼りなんだけど。
「おーいダイゴ、調子はどうだ」
俺が声を掛けるとダイゴは手を止めてこちらを振り返る。
「あれ、ゼン兄ちゃんじゃん外に出てくるなんて珍しい、何か用?」
9歳の子に外に出るのが珍しいと言われる俺だった。
「いや特になんもないけど暇になってな」
「ゼン兄ちゃんは毎日暇してるじゃんかよ……、たくさん稼いでるから問題ないんだろうけど……それでも、もっと一緒に働きたいって姉ちゃんが言ってたぜ?」
ありゃま、セリィはやっぱりもっと働きたいのかぁ……今でも十分なんだけどな。
というか表の商売を忙しくすると、ダンジョン関係の仕事がやり難くなりそうなんだよな……ドッペルゲンガーでもリアに譲って貰うべきだろうか?
「ふーむ、セリィに何か商業系の仕事も振るべきなんだろうか……うーむ……」
そんな風に俺が考え込んでいると。
ダイゴは出来の悪い弟を見るような目つきで俺を見てきた。
「……たぶん兄ちゃんは分かってないんだろうなぁ……姉ちゃんは一緒に働きたいって言ってるのにさ……」
「んん? どういう事だダイゴ、それって――」
俺がダイゴに質問をぶつけようとしたら、俺の〈気配感知〉に勢いよくお屋敷の敷地内に入ってくる気配を感じた。
ルナとセリィか? ルナは歩いていて、セリィはお屋敷の2階の俺の部屋に駆けて行っているな……何事だろ。
裏庭にいる俺やダイゴに聞こえるくらいの音量で、セリィが俺の部屋をノックする音が聞こえてくる。
セリィが俺を呼ぶ声も聞こえるね……そこにルナがセリィに近づくのが気配で分かる。
そうするとセリィはまたしても駆け出して、今度はお屋敷の裏庭に出て来るようだ……。
……。
「いた! ゼン様!」
倉庫から裏庭に続く裏口を開けて飛び出て来たセリィは、レベル上げ用の格好をしていた。
汚れても良い服に軽量の子供用革鎧を着こみ、背中にはごついメイスを背負っている。
最初の頃は重そうだったメイスも、今では軽々と背負って動けているようだな。
レベル上げも順調そうで何よりだ。
「どうしたセリィ、そんなに息せき切って」
俺がそうのんびりセリィに問いかけると。
セリィは俺に飛びつくように近づいて俺の服を両手で掴むと、俺の事を前後に激しく揺らしながら。
「逃げましょうゼン様! ダイゴも逃げるわよ! ゼン様も早く!」
早口でそう言ってきた。
「落ち着けセリィ、何があったんだ?」
「そんなノンビリしていたら危ないんです! 早く逃げないと! ゼン様!」
セリィは半ばパニックになっているな……その後ろにのんびりと歩いてきたルナが来たので、そちらに聞いてみる事にする。
ちなみにルナの格好はレベル上げでもいつものメイド服のままだ……。
メイド服の方が〈清浄〉が付いてるし汚れないという理由らしい。
ちゃんと鎧を着ろと言っても聞かねえしなぁ……しょうがねぇから今度お高い日本のメイド服をダンジョンメニューで買おうと思う。
そして戦闘に役に立つスキルが付与される物が出て来るまで、メイド服ガチャの時間が始まる訳だ!
……この異世界品購入魔法付与ガチャには、ピックアップさんか事前に付与スキルが分かる機能をください……。
下着の時も闇鍋過ぎて辛かった……〈精力増強〉とか付与されても困るねん……。
いまだに逃げようだのなんだのと言って俺の服を掴んでいるセリィはとりあえず放置し、その後ろからこちらに歩いてくるルナに質問をぶつける。
「何があったんだルナ」
「ダンジョンに赤いドラゴンが空から突入してきた、冒険者やギルドはパニック状態、商人やらは我先にと街を逃げ出している、何十年か前にも果物を食べにドラゴンが降りてきた事があったみたいで、その時は食事の邪魔をした冒険者への報復に放たれたブレスが隣接した街に流れて来たけど、たまたま角度が良かったみたいで柵壁の一部が半壊するだけで済んだみたい」
なるほどな……しかし赤いドラゴンか……それってやっぱりホムラだよなぁ?
そしてたぶん昔撃たれたブレスってのは、脅しで撃って当てるつもりはなかったんだろうなぁと思う。
「落ち着いてないで早く逃げましょうゼン様! お屋敷や財産より命が大事です! 死んだら終わりなんです! 財産なんて置いていって早く……先が不安でもゼン様は私が養いますからはやくぅぅ……うううああああああ……」
セリィは何故かガン泣きをしだした。
涙がポロポロと落ちている、いやなんで急に!?
しかも後半は何故か俺を養う話になってなかった?
「ちょ! どうしたセリィ? 何が悲しいんだ?」
急に泣き出したセリィに焦る俺だ。
ルナも理由が分からないのか、天手古舞音頭を踊っている。
いや存在しない訳の分からない動きで踊りだしているって意味な。
ルナは人生経験が少ないから、知り合いがいきなりガチで泣き出すなんて事は理解出来んのかもしれん。
そんな中ダイゴが近付いてきて俺を見上げると。
「よく分からないけど魔物が襲ってきて街や俺達が危ないかもなんだろ? 姉ちゃんは両親が死んだ時の事を思い出してるんじゃないかなぁ……せっかく安心できる場所が出来たのにゼン兄ちゃんに何かあったら……また……」
ああ! なるほど……近しい人が急にいなくなる事をこの姉弟は経験済みなんだっけか……。
俺はセリィの頭を丁寧に撫でてやる、ナデリコナデリコ。
ダイゴが小さく『あっ』という声を出したが、その後は特に何も言う事はなかった。
ゆっくり時間を掛けて頭を撫でてやると、セリィの泣き声は段々と小さくなっていった。
完全に泣き止んだセリィは下を向いていて……泣き過ぎたのか頬が赤いのが見える。
「落ち着いたかセリィ?」
コクッと下を向きながらセリィは頷く、よしそれなら……。
「なぁセリィ、こんな時になんだけどよ、ちょっと聞きたい事があるんだ、セリィはこのままうちで働いてお金を貯めたらその先どうしたい? 独立してダイゴと一緒にお店とかを開きたかったりするのかな?」
俺がそんな質問をセリィにすると、セリィは顔を上げて俺を真っすぐ見上げつつ返事をしてくる。
泣き過ぎたのか、セリィの頬が真っ赤だね。
「私は……私はいつまでもゼン様をお支えするつもりです! 例えゼン様が仕事を出来ない方でも、他の大陸から持ち出したという商品がなくなったとしてもです! 駄目駄目なゼン様には私が付いていてあげないと駄目なんです! 貧乏になっても私がゼン様を養うので安心してください!」
あれぇ……? 死んだ家族を思い出すくらい俺達との居場所を大事に思ってくれているのならと、セリィ達の将来の展望を聞いて、場合によってはダンジョン側に引き込もうかなと思って質問をしたんだけど。
……何故か俺が駄目駄目で仕事が出来ないと言われたあげく、養い宣言までされてしまった……俺のヒモ気質のせいだろうか?
って誰がヒモ気質やねん!
セリィはなんか駄目男を好きになるタイプなのかもしれ……俺は駄目男じゃないから違ったわ、セリィは普通だ普通。
「そ、そうかありがとうセリィ……ダイゴはどうだ? お前は冒険者になって出て行きたいんだろ?」
「んー? 俺は冒険者になりたいんじゃなくて、強くなって姉ちゃんを守りたいだけだよ、その姉ちゃんが駄目駄目なゼン兄ちゃんを守るって言うなら、俺もゼン兄ちゃんやルナ姉ちゃんも纏めて守れるくらい強くなってみせるよ!」
……ダイゴにまで『駄目駄目』と言われてしまった……いやほらダンジョン関連のお仕事は見せられなかったから……しょうがないよね、うん。
そしてダイゴは漢らしいセリフを吐くよね、超イケメンショタじゃんか! キュンッとしちゃう!
しかしそうだなぁ、これなら……うん。
「よし全員お屋敷に入るぞ」
「ゼン様! 荷物なんて纏めないで早く逃げましょう! ドラゴンのブレスは城壁さえも吹き飛ばすって言われているんですってば!」
セリィがまた興奮し出したので、セリィの手を握って倉庫に繋がる裏口に向かって歩き出す。
ダイゴやルナは素直に付いて来てくれているね。
「ゼン様!? 私の話を聞いてくださいってばぁ!」
「大丈夫大丈夫、ほれ倉庫に入ったからここで……ルーム! ……ん?」
倉庫の壁付近に〈入口〉を出した時に、さっき取得した〈非常口〉の仕様が頭に流れ込んで一瞬止まってしまったが、これは後回しだな。
姉弟を〈ルーム〉の中に放り込み、さらにルナと一緒に中に入って一旦扉を閉める。
いきなり現れた扉や部屋を見て、尚且つ廊下に棒立ちのゴーレムに出会った姉弟がポカンとしているが、俺はかまわずインベントリから冒険用装備を出して着こむ。
「じゃぁルナ、二人には簡単に説明しておいて、この二人はただの雇用から配下にしちゃうから」
「了解マスター、私におまかせあれ、行ってらっしゃい気を付けて」
いまだにショックのまま声を出せない姉弟を置いてお屋敷に戻ると〈ルーム〉の扉を閉める。
さて、何があったか知らんがリアの所に急いでいくか、入口を設置し直す前だから走っていかんといけんのが面倒だよな。
お読みいただき、ありがとうございます。
作中の天手古舞音頭ですが、そんな物が存在するかは作者も知りません
天手古舞は皆さんもご存知の通り、忙しくて落ち着かないという意味の言葉で
そこに音頭をつける事で、存在しない意味の判らない踊りっぽい動き
という事を示したかっただけの作者の造語になります
読んでいる途中になんじゃこれと検索を掛けたりしていたら申し訳ありません
そんなこんなで少しでも面白い、続きが読みたい、と思っていただけたなら
ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただけると嬉しいです
評価ボタンは、作者のモチベーションに繋がりますので、応援よろしくお願いします。
 




