26 街の外と獣人姉弟
俺は今、冒険者街の南門から少し外に出て、街道の横にある複数人が乗れるような大き目の石の上に座ってボーっと待っている所だ。
岩に座りながらショルダーバッグから出したようにみせかけて〈インベントリ〉から屋台で買った焼き肉串なんかを取り出して食べていたりする。
このショルダーバッグは例のごとくダンジョンメニューで購入した物だ。
大きさは所謂大容量と呼ばれる物で、大き目のノートパソコンとかB4サイズの書類ケースとかも余裕で入るような奴だ。
帆布バッグで見た目は茶色っぽい地味にしておき、容量は〈拡張5倍〉が付与されていたのでそこそこ入る感じで、頑丈さとお安めなDP値段で選んだらこれになった。
まぁどうせ拡張バッグから出したと見せかけて〈インベントリ〉から出すからなぁ……適当に少額の金とか保存食とか生活用の雑貨とかを入れてある。
今日にもデランの商会の荷馬車が冒険者街に着くはずなので朝から待っているのだが……細かい到着時間は日本の電車じゃあるまいし余裕で半日くらいはずれる可能性もあるんだよな。
道の途中で魔物に出会う事とかもあるかもだし……まぁいいや、ノンビリ待つか。
冒険者街は簡単な木の柵壁で囲まれているだけで、門以外からも出入り出来ちゃう訳だが、入街税とかを商人から取るために、馬車が通る場所を制限できれば良いって考えのようだ。
ちなみに冒険者はギルド証を見せればタダだ。
その街の柵の外には勝手にバラックとかテントとかが建てられていたりもする。
だがまぁ五体無事なら、樹海ダンジョン浅層で比較的安全なスライムエリアで戦えば飯が食えるくらいの金になるので、単純に街の中の土地や宿代が高いからってんで柵壁の外で寝てる人らも多いかもね。
新人冒険者とかも外でテントを張っていたりするし。
まぁまったく困窮者がいない訳じゃないんだけどな……冒険者である親が死んじまった子供らとかさ。
今も俺の〈気配感知〉には岩の後ろから静かに近寄る子供の気配があるし、スリか何かかね……。
俺のショルダーバッグの中身でも狙ったのかと思ったが、気配はナナメ後ろあたりから動かない。
俺がちろっとナナメ後方に視線を向けると、獣人だろう頭の上にケモ耳の生えたルナくらいの背丈な少女がビクッと体を硬直させていた。
下手な繕いが所々にある地味なワンピースを着ているが、その服の生地は安っぽくはなく、柵壁外の住民って感じはしないんだがな……。
その手にはそこらで摘んだのであろう小さな花を使った質素な花束を入れた壊れかけのカゴを持っていた。
花売りか……これが例えば裕福な平民がたくさんいそうな、王都や貿易路が交差する商都あたりなら戯れに買ってくれる人もいるのだろうけどな。
この冒険者街で花束売りはな……樹海ダンジョンに行けば奇麗なだけの花くらいならすぐ取れちゃうし。
「その花束一ついくらだ?」
俺がそこにいた獣人の少女に問いかけると。
獣人の少女……恐らく年齢もルナと同じくらいだと思うんだが……彼女は嬉しそうに頭上のケモ耳をピクピクさせながら。
「銅貨2枚です! あ、いや、えっと……、一枚でも大丈夫!」
何も言ってないのに値下げをしてきた。
売る事に慣れてない感じだなこれ……アワアワとしている獣人少女を改めてじっくりと見る。
たぶん犬系の耳だよな、獣人って色々いてさ、顔が毛だらけだったり人間とほとんど変わらなかったり、獣90%人10%な奴から獣10%人90%まで幅広いんだよな。
この子の顔は人っぽいけど手の甲とかまで毛で覆われてるし獣50%人50%って所か、白にほんの少し茶色が入っている尻尾は毛並みが少し乱れているが、モフモフしたくなるね。
ふーむ、人間基準の見た目でいうルナの設定と同じ11歳くらいだと思ったけど、獣人の成長速度と人間は違うのかな?
……これは常識を学ぶ意味でも調べておかないとな……調べる時に聞く相手に情報料を払うのは普通だよな?
そう普通だ、だから。
「銅貨二枚だな、ほいこれで」
拡張バッグから銅貨二枚を取り出して支払う俺に、少女は満面の笑みで花束を渡してくる。
これは後で部屋にでも飾ろう。
「それと少し話を聞きたいんだがいいか?」
俺は売り上げの銅貨2枚を大事そうに懐に仕舞う獣人少女に問いかけた。
「お話し? えっと何ですか?」
獣人少女は少し警戒しているようにも見える。
花束を買ったとはいえ見知らぬ男性だしな、その感覚は大事にしとけ。
「俺は獣人ってのに詳しくなくてな、色々聞きたいんだが……まぁちょっとした情報収集と雑談に付き合ってくれないかなって思ってさ、人を待っている間の暇つぶしでもあるんだよ」
「そういえば朝からずっとここで座っている変な人だと、あ、ごめんなさいえっと」
獣人少女は朝から岩に座っていた俺が客になるかを見極めていたらしい。
そして少し離れた所にいる、少女より小さな子供をチラチラと見ながら俺の話を受けていいか迷っているようだ。
毛並みや色が似ているから弟かな?
「まぁ暇つぶしの相手になって貰うんだから、少し早めの昼飯くらいは奢るよ、これでどうだ? 勿論あそこでこっちを見ている子供の分もな」
俺は拡張バッグの中に手を入れて〈インベントリ〉から、屋台で買ってあったピタパンに焼き肉と野菜を挟んだ物を出してみせる。
「弟もいいの?」
獣人少女は恐る恐るといった感じで俺に聞いてくる。
俺が頷いてやると、少女は弟を呼び寄せ俺が座っている大きな石に一緒に座った。
「姉ちゃんどうした?」
獣人少女の弟と思しき男の子が俺を警戒しながら近寄ってくる。
獣人少女が俺の提案を弟に説明すると、弟君は胡散臭そうに俺を見つつ。
「こいつ大丈夫か姉ちゃん? 奴隷商人だったりしねぇか?」
「こ、こら! 失礼でしょ、お花だって買ってくれたのはこの人が初めてなのよ? このままだと私達は……」
クゥゥゥゥゥ、俺が出していたピタパンの匂いのせいか弟のお腹の鳴る音が聞こえる。
「まぁ話をするだけだし危ないと思ったら逃げればいいさ、ほれ、まず食え、あー俺も同じ物を食うから、俺がどれを食うかお前が選んでいいぞ」
尚も俺を胡散臭そうに見て来る弟君に、ピタパン肉サンドを3つ見せて俺に毒見させる分を選ばせる。
弟君は真剣に選んでいて、それを見た獣人少女はペコペコと俺に頭を下げてくる。
この弟君は家族を守るために必死なだけだと思うから、気にすんな。
「じゃおっさんはこれを食べてみてくれ!」
「お兄さんな!!!」
弟君が一つのピタパン肉サンドを指さしてそう言ったが、いくら家族思いの良い子だろうと俺にも譲れない物はあるので即座に訂正しておいた。
「あ、う……うん、分かったよ兄ちゃん」
弟君はきっちり言い直したので許してやろう。
俺は指定されたピタパン肉サンドを食べる。
……まぁこんなものか、肉は樹海ダンジョン産だろうし、味付けは香草と塩だな。
素朴な味だが美味しい部類には入りそうだ。
俺が食べたのを見て獣人姉弟も食べ始める。
「これ美味いよ姉ちゃん!」
「モグモグ……これ中街の屋台だ……花束一つでこのパン一個すら買えない……」
お、この獣人少女は柵壁内の相場を知っているのか、そうだね、このピタパン肉サンドは一個銅貨4枚だ。
たくさん買えば値下げしてくれるって言うから20個買ったんだが、屋台のおばちゃんは人数多めなパーティなんだねって笑ってたけど……。
俺はソロ冒険者です! ボッチが爆買いしたら駄目ですか?
ほら俺のインベントリって時間も止めておけるからさ、多めに買って入れておくんだよね。
他のダンジョンマスターとかに見つかってコアを壊されたりするかもだし、インベントリには物資を少しずつ貯めておくクセをつけてるんだ。
早々に食べ終えてしまって寂しそうにしている弟君に追加のピタパン肉サンドと焼き肉串を出してあげる。
弟君は俺に毒見させないで食べ始めてしまった……子供だねぇ……俺が悪い奴だったらどうするのさ君。
そして食べ終えていた獣人少女と話しをしていく。
……。
「えー? つまり獣人はその獣成分の比率で成長の早さも変わってくるし、同じ獣成分でも種族が違うと成長率も変わってくるの?」
獣人少女の話を聞くとえらい面倒な感じだった、さすがファンタジー世界だ。
「その通りです、私は何歳だと思いますか?」
そう聞いてくる獣人少女、もしかして見た目と違うのだろうか。
ちなみに獣人少女の膝には弟君が頭を乗せて寝てしまっている。
久しぶりにお腹いっぱい食べたそうだ。
「えーと11歳くらいかと思ったんだが」
俺は最初に見た時に感じた年齢を言ってみる。
「12歳になったばかりです、私の種族は獣成分が半分くらいある割りに成長率は人に近しいんです」
「つまり同じくらいの獣成分の子がいたとしても種族が違えば?」
「もっと年下の事もあるし年上の事もあります」
めんどくせぇなファンタジー世界!
見た目で判断したら駄目って事だな、小人族とかいう見た目が人間の子供な種族もいるって話だし気をつけないとな。
俺がファンタジー世界のあれやこれやに思いを馳せていると、獣人少女が胸の前で両手拳を握り込み決意を込めた表情を俺に向けてくる。
「あ、あの冒険者のお兄さん!、教えて欲しい事があるんです」
俺の目をジッと全く逸らさずに見つめながらそう声をあげた。
「なんだ? 獣人の事を教えて貰ったからな、お返しに俺に分かる事なら教えてやるよ」
すると獣人少女は次から次へと語り始めた。
まるで語る事を止めたら俺がいなくなってしまうのではないかと心配しているかのごとくだった。
全てを語り終えた獣人少女は、膝に頭を乗せて寝ている弟君の頭を撫でている。
「冒険者になるには……か」
獣人少女の話を全て聞いた俺は少し考える。
この子達の両親はやはり獣人で冒険者を生業にしていたらしい。
ただ子供が出来たために母親が冒険者を引退し、ソロになった父親も無茶しない程度に働いていたんだとか。
商都を拠点にしていた両親だが、母親が治療の難しい病気にかかってしまい。
治療にお金がかかり、減る一方な蓄えに危機感を抱いた父親は、一気に治せる程の治療費を稼ぐと言って、ソロで近くにあるダンジョンの奥へと向かったらしい。
らしいというのは……帰って来なかったって事だな。
母親は病を抱えながらも比較的難易度の低いこの樹海ダンジョンに移り住み、ダンジョンの浅層で狩りをしていたのだが、とうとう無理がたたって倒れてしまったんだと、そしてそのまま……。
移り住んできて数カ月程らしく、頼る知り合いもいなかった姉弟は、残り少ない資産を頼りに家賃のかからない外街に出て暮らしているそうだ。
外街には同じような境遇を持つ獣人のコミュニティもあるので、最悪の事態にはなってはいないが、そのコミュニティは奴隷狩りや盗賊などの外敵に対する脅威に対しては共闘してくれるのだけども、別にタダで飯を食わせてくれるような物ではないとか。
減る一方な少ない資産をどうにかしようと花束売りをしてみようとしたが上手くいかず。
ならば弟のためにも冒険者になるしかないと思い詰めていたそうだ。
その両親と共に元々は商都を拠点にしていたそうで……そらブルジョアジーがいる街なら子供の花束売りもやっていけたのかもだけどな。
それにしても……話が重すぎる!
だけど、よくある話だと言えばよくある話なんだよ。
俺も街中から外のダンジョンに向かう時に、そういった感じの子供を見かけた事は何度もある。
何故かダンジョンから俺が帰って来た時に、担いでいる背負い籠から果物が一つ二つこぼれ落ちてしまう事なんかもあったんだが……積極的に助けようとした事はないんだよな。
そんな余裕も前の俺にはなかったし、守るべきルナという存在を抱えてたからな。
だがルナは今日から外に出る、考えてみればあいつは外の世界も初めてなんだよな……それなら……。
「お兄さん?」
獣人少女が考え込む俺に声を掛けた。
「ああ、すまん、冒険者なんてのはギルドに行って10歳以上なら登録費さえあればなれちゃう物なんだが、君の言っている事はそういう意味じゃないよな?」
その10歳以上ってのも自己申告でいいから、種族のせいで体が小さいんですとでも言えば10歳以下でもいけちゃうガバガバ審査だ。
「はい、両親共に冒険者でしたが私達には違う道を進んで欲しかったらしく、商都にいた頃は、王都で学舎に通っていたという人にお金を払い読み書き計算等を勉強させられていたんです、新人冒険者がどうやって食べていっているのかを知りたいのですけど、ここに来た頃は母に聞こうにもそんな余裕はなかったので……獣人のコミュニティもありますが下手に頼れば……その……お金を要求されるかもしれませんし……」
その嫌そうな表情を見るに、要求されるのは金だけではなさそうだけどな。
「そんな時に、子供の売る質素な花束を買うようなお人好し冒険者に出会ったって訳だな」
「そ! ……んな事は……いえそうです、私達はこのままだと自滅する事が分かっているんです、でもどうしたら抜け出せるかが分からない、教えを受けた先生もお金を払っていたから勉強を教えてくれましたが……獣人が学習する事を疎んでいる事は伝わってきました、ですが貴方からは獣人を疎む匂いが感じられません、簡単な事でもいいので教えて頂けないでしょうか?」
獣人少女は弟君の頭を膝に乗せているせいで身動きがとり辛いだろうに、精一杯頭を下げてお願いをしてきた。
構わないよ。
教えるのは構わないんだ、だがその前に俺はどうしても聞いておかないといけない事があった。
「俺って匂うのか? 臭いのか? ルナが嫌がったりする可能性がある?」
獣人少女は俺の唐突な質問に目を白黒させつつも応えてくれる。
「臭いという意味ではありません! むしろ花のような……これって高級な石鹸の匂いですか? そんな匂いがします、えっと……さっきの匂いが感じられるというのは獣人族の言い回しでして……って何笑ってるんですかお兄さん! あ、分かっていて言ったんですね!」
俺の戯言に真面目に答える獣人少女につい笑みがこぼれてしまった。
真面目で読み書き計算が出来て、ルナの設定年齢と同じくらいの商都出身の少女か……うん逸材だな。
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