154 続、魔女達の宴
『早く注ぎなさいよ、後がつかえてるんだから』
『待ってくださいってば、なるべく柄杓のギリギリまで入れたいし、先輩達だって同じ事するでしょう?』
『まぁ、その気持ちは分かるわ』
『ずるい事はしちゃ駄目だからね!』
『……柄杓に入っているお酒の盛り上がり率がおかしい気がする……』
『え!? ……ほんとだ! ……貴方、魔法を使っているでしょう!』
『はい失格! 列の後ろに並び直しね~』
『そんなぁ~!! ちょっとしたお茶目だったの! ゆ~る~し~て~、――』
……。
……。
俺がマジョリーさん達の宴に差し入れた『守竜酒』は大人気らしくて。
先程のような会話が為されつつ、順番にお酒を注いでいっているみたいだ。
俺の席からは遠いから細かい事は分からないけども、さっき失格になった魔女さんは、柄杓の中のお酒の表面張力を魔法でどうにかして、一回ですくえるお酒の量を増やそうとしたみたいで。
だけども、その魔法が他の人にバレて順番が最後に回されてしまったみたいだね。
ちなみに失格したのはラミア魔女さんだった。
そんなラミア魔女さんの嘆きの声が遠くから聞こえる中、先程までそのラミア魔女さんが座っていた席に着いたマジョリーさんへと話しかける事にする。
「マジョリーさん、もう少し『守竜酒』の差し入れを増やしますか?」
ニ斗樽二つじゃ足りなさそうなんだよねぇ……。
魔女さん達も皆に行き渡るように、実験用の物なのか、かなり小さめな木の柄杓で一杯ずつ注ぐというルールで進めているみたいなんだけど……。
並んでいる列が減らないといううか……『守竜酒』を飲んだ人が列の最後に並び直すからエンドレスループ状態になっている。
「いいのよゼン君、物足りないくらいの方がありがたみも増すからね~」
マジョリーさんはそう言って、目の前にあるガラス製のシャンパングラスに口をつける。
「そういう物ですかねぇ……」
ちなみにマジョリーさんが飲んでいるグラスの中身は、冷やしたスパークリングワインとオレンジジュースを混ぜた物で、シャンパングラスも中身も俺の物である。
この席に来たマジョリーさんに、何かお酒を出してと言われたのでシェイクしないで済む物を出してあげたのだ。
……というか、自分は俺から好きに酒を出して貰いつつ、配下には『守竜酒』1ml単位での攻防戦をさせるのね……。
そういった細かい事に突っ込みを入れるのは藪蛇になりそうだったので、俺を挟んでマジョリーさんと反対側に座っているイクスさんへと話しかける事にした。
イクスさんはいまだに食事をモグモグと嬉しそうに食べていて、『守竜酒』が出た時の魔女さん達の騒ぎにも参加していなかったのである。
「イクスさんは『守竜酒』を飲みに行かないんですか?」
「モグモグ……ごくっ……ええと……私はお酒ってあんまり好きじゃないんです、ゼン様」
「あら? そうなのか」
「はい、別に飲めないって話ではないんですけど、美味しいご飯があるならそっちが優先といいますか……モグモグ……」
サイクロプスっていう種族のイメージだと、お酒好きそうだけどね?
俺との会話中でもしっかりポテトサラダを食べていくイクスさんは、食べる事が好きそうだという事は分かる。
「そういえば前に俺の所でやった宴に参加したイクスさんは……お酒を飲んでなかったかも?」
あの時は俺も結構酔っぱらってたからなぁ……細かい部分まで覚えている訳じゃないが、ご飯をモリモリと食べていたイクスさんの姿は思い浮かぶかも。
「それはイクスがゼン君の椅子になった時の話ね~」
「ぶっ!」
「もごっ! ごほっごほっ!」
マジョリーさんがカクテルの入ったグラスを揺らしながら俺達の方を見て、そんな風に揶揄ってくる。
イクスさんは食べ物を喉に詰まらせたのか少しむせてしまっている、大丈夫かね。
そんなイクスさんの背中を少しさすってあげると、彼女は俺の方をその単眼で真っすぐと見てきて……。
「……」
「……」
俺とイクスさんはお見合いのように見つめ合い、あの時の事を思い出してしまうのだった。
うーん、今日は畳とちゃぶ台じゃなく椅子とテーブルだからなぁ……イクス座椅子の出番はなさそうな気がする。
……あ、イクスさんの頬が真っ赤だな。
キラキラとした金目単眼と赤い頬の対比も可愛らしいね。
「あ、あの……ゼン様……今日は、皆がいるので……別の日にお願いします……」
「お、おう? そうだね?」
恥ずかしそうにそう言ってくるイクスさんなのだが、それはつまり、これからもイクス座椅子として扱って良いという事なのだろうか?
飛行訓練の時も似たような事を言ってたような……意外に座られる事を気に入っているのかもしれん。
俺もさすがに酔っている時じゃないとあんな事は頼めないんだが……次に畳で宴をする時にイクスさんがきたら……酔っぱらうまで飲む事にしよう。
まぁイクスさんを雇えればそういう機会も……あ。
「勧誘の話をするのをすっかり忘れてた」
「モグモグ……勧誘ですか?」
ありゃ? イクスさんが目の前の肉じゃがを食べながら、首を傾げている。
あれ? 俺はマジョリーさんの方へ顔を向け。
「マジョリーさん、勧誘というか、出向の話は皆さんにしていないんですか?」
俺がそう問いかけると、マジョリーさんは飲み終わったグラスを俺の前へとずらしてきながら。
「ええ、あれを出した後に話した方がいいかなと思ってね~」
そう言ってマジョリーさんは、整然としているが何だか謎の緊迫感を漂わせている『守竜酒』待ちの列を指し示す。
なんだろうか、あそこの列は、ぱっと見は整然としているのに、暴走一歩手前に感じてしまう圧力が伺える……。
まぁ今は、マジョリーさんが俺の前にずらしてきたグラスへと、新しくお代わりのカクテルを作成して入れてあげながら、この状況は丁度良いかもしれないと思った。
だってたぶん、イクスさんを誘ったら、出向の話を受けてくれると思うんだよね。
それなら他の人に話さないで、ここでイクスさんに決めてしまうのがいいかもな。
出向って言ってもさ、実際に大量の品物に付与する訳じゃなく、魔法付与が出来ますよっていうパフォーマンスを見せる必要がある時にちょろっと人前でやって貰ったりするだけの話だしな。
俺は出来上がったお代わりのカクテルを入れたグラスを、マジョリーさんの前に置きつつ。
「それならなんですけどねマジョリーさん、今ここで俺がイクスさんに話を――」
『さて、『守竜酒』待ちの列も一周した事だし、本命の話をするわよ~、その『守竜酒』を差し入れてくれた新人ダンマスのゼン君の表の商会が、魔法付与の出来る人材を欲しがっているので、この中のメンバーから出向させる事にします! 一時的な出向であってうちを首になる訳じゃないから安心してね~、それじゃまだまだ宴を続けるから、詳しい契約内容はゼン君から聞く事! 以上!』
俺の話は、マジョリーさんの使った声を大きくする魔法によって、かき消されてしまったみたいだ。
ありゃま……発言がかぶってしまったか、まぁそれならイクスさんに聞いて……。
マジョリーさんの宣言によって勧誘の事が知れ渡ったのなら、イクスさんに話すのは今だと思い、イクスさんの方を向い……。
ズササササと! 『守竜酒』の前に並んでいた魔女さん達の半分くらいが、俺とマジョリーさんとイクスさんが着いていたテーブルの周りを囲んでいた。
って、移動速度はや!
その集まってきた中でも身長が高い魔女さんが口を開く。
「マスター、出向という事はここを首になる訳じゃないんですよね?」
そうマジョリーさんに確認している高身長魔女さんの目は……なんとなく蛇っぽいというか、たぶんこの人は〈人化〉して人間の姿をしているけど……爬虫類系の種族かもしれないなと思った。
「そうよ~、私の配下である事に変わりはないわ、ゼン君のお手伝い係の募集って所ね」
マジョリーさんは、そう軽く説明してから、お代わりのカクテルを美味しそうに飲み始めた。
テーブルの周囲を囲む魔女さん達はマジョリーさんのその姿を見ながら……ごくりっと喉を鳴らした。
ちなみに今俺達を囲んでいるのは20人くらいか?
まぁあれだ、宴に参加した魔女さんの半分くらいがここにいる。
そんな魔女さん達も〈人化〉をしている可能性があるから、どんな種族かは分からんのよね。
今は宴に参加している半分以上が人間に見えるけど、黒いローブのお尻部分にある切り込みから、獣人の尻尾が出ている人とかもいるし。
他にもコウモリっぽい羽が背中のローブから飛び出している人や、耳が尖っていたり角があったりする魔女さんとか……マジョリーさんの所の魔女さん達は色々な種族がいるっぽい。
今まで交流する機会もほとんどなかったから、すれ違う時の挨拶くらいで、イクスさん以外の魔女さん達の事を詳しくは知らんのだよね。
そんな魔女さん達の一人が手を上げてから口を開く。
「それではゼン殿に質問です、そちらのダンジョンに出向したら報酬は出ますか?」
その質問をしてきたのは、先程マジョリーさんへと質問をした爬虫類っぽい目をした魔女さんだった。
お給料かぁ、具体的な額は考えてなかったけども……。
「はい、出向扱いなので、報酬というか、お給金を出すつもりです」
俺のその答えに、周りを囲んでいる魔女さん達から小さなざわめきが起こる。
そして魔女さん達が一斉に口を開く。
「あ、あの! 具体的な額を知りたいのですけど!」
「マスターからのお小遣いはどうなりますか!」
「お給金の代わりとして、今マスターが飲んでいるお酒や『守竜酒』を頂く事は可能ですか!?」
「え? それも有りなの? 私もお酒払いがいいです!」
「何人くらいお手伝いが必要な感じですか!?」
「お手伝いの内容を教えてください!」
……。
……。
等々と、魔女さん達が質問をぶつけてくる。
二十人近い魔女さん達が一斉に質問してくるので、騒がしいし、一体どれから応えていいのやら……。
その質問の中には俺ではなくマジョリーさんへの物もあり、俺達のテーブル周りが騒がしいカオスな状況に――
「はいはい! 一斉に話さないの!!」
マジョリーさんのその一喝により、魔女さん達も口を閉ざし、その場に静寂が漂う。
モグモグ、ズズズッ。
あ、いや、イクスさんがマイペースにご飯を食べている音だけが響く。
その魚介のあら汁って美味しいよねー。
「まったくもう、あれじゃぁゼン君が困るでしょー? ちなみに私が出している皆へのお小遣いは出向していても出るから安心なさいな」
マジョリーさんは、皆への注意と、自分への質問に応えると、再度シャンパングラスに口をつける。
もう、言うべき事は言ったという事なのだろう。
となると、俺が対応しないといけないんだよね?
えーっと、確か質問の内容が……。
「まずお仕事の内容なのですが、出向と言っても俺のスキルでここのダンジョンとの移動は楽々ですので……表の商売向けに国境を超える時にうちの商会の馬車に乗っていたという事を国境の警備兵とかに見せつける事と……後は、お偉い人とかに魔法付与が出来る事を実演しないといけない時とかにお願いするくらいです、それ以外の時はマジョリーさんの所にいて貰って構いません」
実はお仕事なんてほとんどないんだよね……。
商都の伯爵夫人を相手に俺が実際に下着を作ってみせた時のような事がまたあったら、その時にちょろっと出て来て貰うだけで良いという話だ。
俺がそういった細かい内容の話を魔女さん達に向けてすると、彼女達は真剣な表情でそれを聞いている。
そして、仕事をほとんどしないでも良いし、普段はマジョリーさんの所にいて良いという話が出たら、皆が嬉しそうに……。
あれ? さっきより俺達を囲んでいる魔女さん達が増えている。
仕事がほとんどないって話を遠くで聞いてから集まったのかね……俺も〈聞き耳〉スキルとか持っているしな、彼女らが似たようなスキルを持っていても不思議じゃないね。
「といった感じで、人数は一人でも良いのですが……販売する下着の量を考えると、複数人いた方がいいかもですね」
魔法付与が出来る人が一人だけだと、表の顧客側から見た場合に、俺達が作成出来る魔法付与された下着の量に違和感を覚える人が出てきちゃうかもだしな。
後はお給金の話もしないとか。
「それでお給金なんですが、人の国で使われているお金でいうなら『これくらい』で、それと、お酒払いの件は……俺が払うお給金内で俺から酒を買える権利があるって感じでどうですかねぇ? あ、なんらかの作業をして貰う時は、その都度出来高払いで追加報酬も発生させるつもりです」
魔女の皆さんには『これくらい』と言いながら、この世界の商人達が使っているハンドサインで金額を示す事をしていく。
これはローラやセリィに教えて貰った物で、手話というか市場で競りに使うハンドサインというか、まぁ魔女さん達にも通じたみたいだ。
俺から酒を買える権利をお給金以内の額としたのは、彼女らの貯金を使って大量に買われても困るからだね。
俺が説明は終わりとばかりに口を閉ざすと。
「立候補します!」
「私も!」
「はいはーい、お酒買いたいです!」
「条件が良すぎ、これは参加せざるを得ない」
「例え付与を一日中やれと言われても、出来高払いならどんとこいです、私も立候補する!」
「マスターが今飲んでいたお酒とかも買えるんですよね!? やるやる~!」
「私も出向します!」
……。
……。
等々と。
一斉に魔女さん達のほとんどが手をあげるなりなんなりで、出向への参加表明をしてくる。
あー……ちょっと数が多いかなぁ……。
……どうしようかこれ。
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