152 人材
「なるほどねぇ~、……ふ~ん……」
今俺の目の前にいる女性はそんな事を言うと、細長い棒のような物に口をつける。
あれはパイプとかキセルとか呼ばれる事もある、所謂たばこを吸うための道具に似ているけど……。
しばらく後に彼女の吐いた息がカラフルな煙だった事からして、たばこというか魔法薬的な何かなんじゃないかなと思う。
「魔法付与が出来る人材が欲しいねぇ……」
その女性は体にぴったりとフィットした黒いローブを着て、柔らかそうなソファーに気だるげに仰向けに寝転び、何事かを考えながら呟いている。
その遠くを見ているような表情と声の大きさからして、俺に返事を求めた呟きではないと思うので俺は黙っている。
豪華な横長のソファーに寝転び、細長いパイプからカラフルな魔法的なケムリを吐き出している姿は、なんていうかこう……妖艶な魔女っぽく感じるね。
今はいつもの魔女っぽい黒のとんがり帽子を被っておらず、ウェーブの入ったピンクのロング髪もばらけていて、ちょっとだらしないというか、家族に見せる姿といった感じだ。
……。
そろそろ結論は出たかなーと思い、そんなナイスバディな魔女であるマジョリーさんに声を掛ける事にする。
「どうでしょうかマジョリーさん、これは表の世界での『ダンゼン商会』から『マジョリー商会』へのお願いという認識になるのですけど」
「そうねぇ……よいしょっ」
彼女は俺の声掛けに反応すると上半身を起こし、俺の対面のソファーにちゃんと座り直すと、手に持っていたパイプを何処ぞへと仕舞った。
まぁ〈インベントリ〉にでも仕舞ったのだろう。
「話の流れは理解したわ、こちらの表の情報網にもゼン君の商会の話は伝わってきていたからね」
「へぇ、うちの商会の情報がもう隣国にまで流れているんですか?」
俺が一人でマジョリーさんのダンジョンに向かい頼み事をしにきて、商都での出来事なんかはさっきすべて話したのだけど。
すでに隣国にまでうちの商会の情報が流れているってのは、さすが商売人の情報網だなぁと思う。
「ええ、うちも表で商売しているでしょう? だから色々と商売人を通じて噂が流れてくるし、積極的に情報を集めたりもしているのよ」
「……ちなみにどんな噂になってました?」
表の情報でどんな伝わり方をしたのかはちょっと興味あるよね?
「えーっと確か……『隣国の樹海ダンジョン側の街に、女性用の下着数百万枚を、たいした儲けも出ない値段で市場に流す変人商会長が現れた』ってな感じだったかしらねぇ?」
……。
なんだと? 女性のノーパンにノーを突き付けたら変人扱いされる世界なのか?
「取り敢えずそんな噂を流している輩を殴りに行っていいでしょうか?」
「ふふっ、今まで名前も聞いた事のないような商会が急に大きな取引をしたから皆が羨んでいるのよ、まぁ悪し様に噂されるなんてのは大手商会のあるあるだわね」
ふむ……まぁ確かに綿パンツの取引は量が桁違いなのですっごい儲かったからなぁ……しかも商都での女性陣相手の取引はさらに凄い儲けだったし。
確かに多少は羨まれても仕方ないか?
しょうがねぇなぁ、噂くらいなら許してやろう。
てーかよ、たいした儲けもないって、原価を知らん癖にそんな噂を流すなよなぁ、あの売値でも十分に儲けが出てるっての。
「有名税だと思って我慢します、それでマジョリーさん、魔法付与が出来る人材の件はどうでしょうか?」
「そうねぇ……ダンマスの間で人材のやり取りとかがない訳じゃないのよ? まぁ大抵が知性の低い魔物の売買って事が多いのだけど……」
俺がドリアードのダンマスであるリアから魔物を譲って貰った事もそういう取引にあたるのかな。
「乗り気じゃない感じですか?」
「ええっと……魔法付与の出来る子達は私の直弟子達になるのよねぇ……色々仕込んだ娘達をあげるって訳には……ねぇ?」
ふむ、大事な愛弟子を俺に貸すのが心配なのかな……って……あれ?
マジョリーさん何か勘違いしてねぇか?
「あの、マジョリーさん? 表の商売上の出向扱いで一時的に借りたいだけで、俺のダンマスとしての配下に組み入れたい訳じゃないんですけど……」
「あら? そうなの? もーう……言い方が悪いわよぉゼン君ってば! 成程ねぇ……それなら特に問題は……うん! いいわよ」
さっきした説明の時にちゃんと言ってなかったっけか?
んーどうだったかな……まぁオッケーして貰ったしいいか。
「ありがとうございますマジョリーさん」
「それじゃぁ私の弟子達にゼン君の所に行きたいかどうかを聞いてみるけど、自分でも勧誘もしてみる?」
ん? あー、俺も直接頼んだ方がいいかな?
というか、まずはイクスさんあたりに頼めばいけそうな気もするから、そうだな。
「そうですね、俺から頼んだ方がいいかもなのでお願いします、えっとじゃぁまずイクス――」
「了解! そうと決まれば宴ね! 皆を集めてパーッとやりましょう! ゼン君は宴の間に私の弟子達とお話をするといいわ! じゃぁ諸々の準備をしてくるわね!」
俺のセリフはマジョリーさんの喜びの声で断ち切られ。
そしてすぐさま準備とやらをするためなのか、彼女は部屋を出て行ってしまう。
イクスさんに交渉したいって伝える事が出来なかった……。
……マジョリーさんもお酒大好きだからなぁ……。
まいいか、宴の席でイクスさんに聞いてみようっと。
それじゃぁ……宴用の酒と、差し入れ用のツマミというか飯をルナに頼んで準備しておくか。
マジョリーさんのダンジョンの奥深く、応接間っぽい部屋に一人残された俺は拠点にいるルナに連絡していく。
まぁ今でも相当量の飯が俺の〈インベントリ〉に入っているのだけど、ルナはご飯を色々と作るのが好きっぽいからな。
俺から頼りにされるのも嬉しいみたいだしさ、だから、こうやって事あるごとに頼む事にしている。
さて、拠点島に設置してあるダンジョンの中に相手がいないと念話での連絡が取れないのだけど……あ、いるみたいだ。
『こちらゼン、聞こえるかルナ?』
『マスター? どうしたの?』
『今日はマジョリーさんの所で宴に参加する事になったからさ、差し入れ用のおつまみやご飯の準備をお願いしていいかな?』
『了解マスター、ダンマス関係者が相手なら異世界調味料をふんだんに使っていく!』
『お、おう……まぁいいけどな……、じゃよろしくー、出来た物はダンジョンコアの〈インベントリ〉に入れといてくれ』
『まかせてマスター!』
……。
俺達が商都の子爵家でお世話になっていた時にもルナは調理を頑張ってくれたけど。
あの時は人間相手だったから、使える調味料が洗練されていない事に不満を覚えていたんだよな……。
最近のルナはその反動が出てきているよね。
まぁ頼りになるルナなら、マジョリーさんのお弟子さん達にも好評な飯を作ってくれる事だろう。
さて、それじゃぁ俺はダンジョンメニューで差し入れ用の酒の購入でも……。
タタタッタットンッ。
俺がソファーに座りながらダンジョンメニューを出すと、俺の肩へと駆けあがる何者かがいた。
……横を向いて俺の肩の上に乗って来た存在を確認すると、真っ黒い毛に覆われた猫が……。
うん、まぁマジョリーさんのナビである黒猫のクロさんだよね。
「こんにちはクロさん、お邪魔してます」
肩にいるために間近で見る事の出来るクロさんに挨拶していく。
「ナァ~」
タシッタシッ。
クロさんは俺の挨拶を聞くと、自身の前足の肉球で俺の頬を叩いて挨拶を返して……。
タシッタシッ、タシタシタシッタシッ。
うん、挨拶返しじゃないよねこれ……。
「えっと、またペット用食品が欲しいという事ですか?」
「ナァァァ~~」
クロさんが嬉しそうにそう鳴き声をあげる。
うーむ、ダンジョンメニューを他の人に見える設定にしてなかったのに、俺がメニューを操作する手の動きとかで悟られたのかなぁ……。
俺がダンジョンメニューを開くイコール、美味しいご飯を買って貰えると勘違いしていないかな、クロさんってば。
「それで、今回の予算はいくらですか?」
ダンジョンメニューを自分以外にも見える設定にしながら、クロさんにそう問いかけた。
すると、俺の頬への肉球攻撃が収まり……。
肩に乗っているクロさんが、自分の頭を伸ばして俺の頬へと頬ずりをしてきた。
「ナゥ~ナ~ゴ」
喉をゴロゴロと鳴らしつつ、俺の頬へと頭をスリスリとして甘えてくる黒猫のクロさんは、非常に愛らしいとも言えるのだが。
……んーと……。
「タダじゃ駄目ですよ?」
なんとなくその甘え方に演技っぽい物を感じた俺は、クロさんにそう釘を刺しておいた。
いやほら、一応ドリアードのリアにも注意されているんだよ『異世界の品を身内以外に渡すのならちゃんと対価を貰いなさい!』ってさ。
と言う訳でタダは駄目なので、俺は特に動きを見せずにクロさんの返事を待つ。
すると、甘えんぼ攻撃が俺に効かないのを悟ったクロさんは、即座にスリスリを止めた……。
……演技だろうとは分かっていたが、少し寂しい俺がいる。
そしてクロさんは、ピョンッと俺の肩から部屋の入口の方へとジャンプし、そのまま部屋から駆け出して行った。
……たぶん、マジョリーさんにお小遣いをねだりに行ったのだろう。
今のうちに、クロさん用にダンジョンメニューの構成を整えておくか……。
この間、俺の前で食べていた時にクロさんの反応が良かった商品を購入ページの最初に纏めておいてっと……。
……。
……。
――
タッタッタッっと部屋の入口の外から軽快なリズムの足音が聞こえてきた。
黒猫なクロさんなら足音はほとんどしないはずだし、マジョリーさんはハイヒールだから音が違う気がする。
となると、マジョリーさんの配下の誰かかな?
そう思って部屋の入口の方を見ると。
部屋の中に駆けこんで来たのは、サラサラのロングストレートな黒髪を姫カットにし、頭には黒の猫耳を生やした〈人化〉した姿のクロさんだった。
クロさんの〈人化〉した時の姿なのだが、小学生中ごろの日本人形っぽい美少女が黒を基調としたゴスロリ服を着て、黒い猫耳と猫尻尾を装備している感じと言えば分かるだろうか?
この姿のクロさんは黒い革靴だからね、そりゃ足音も響くよね。
元からサラサラとしていたクロさんの長い黒髪だが、今はさらに艶々としている……。
うむ、前にマジョリーさんにプレゼントしたヘアケア用の異世界品は役にたっているみたいだ。
マジョリーさんがあれらの異世界日本産のトリートメントやコンディショナーを、魔法薬的に再現してみるとか言ってたけど……どうなったかねぇ?
「んっ!」
ソファーに座っている俺の前まで駆けてきたクロさんが、手に持っていた魔石をこちらに差し出してくる。
俺はクロさんからそれを受け取りつつ魔石の確認を……ふむ……小さいし色も濁っている……。
受け取った魔石を俺のダンジョンコアへと吸収させてみた。
……230DPか……。
まぁレベルの低い素のゴブリンとかの魔石が5DPとかなのを考えると、人社会ではそこそこ価値のある魔石なのかもだけど……。
なんていうかリアやホムラやマジョリーさんから、お小遣いとして毎回DP換算で万単位の魔石を貰っている身としては品質が低いなぁと思ってしまう。
まぁクロさんのお小遣いとしては、こんな物で良いって事なのだろうけどね。
えーっと、利益を出すというか、原価では売るなってリアからも言われてるし……となると。
「えっと、じゃぁクロさん、予算115DP以内で選んで貰えますか?」
俺は目の前の第三者にも見える設定にしたダンジョンメニューを指さしながら、そうクロさんに伝えていく。
まぁ半分くらい利益を出したらリアも怒らないだろうさ……もっと異世界品の価値を考えろと注意はされるだろうけどね。
でも今はクロさん相手だしなぁ……。
ホムラやマジョリーさん達相手なら、黙っていても原価の百倍以上の価値で支払ってくれたりするから問題ないんだけどねぇ。
「わかったにゃ!」
クロさんはそう元気よく答えながら俺の膝の上に飛び乗って座ってくると、俺が出したダンジョンメニューを睨むようにして真剣にペット用食品を選び始める。
……いや、メニューを出す場所なんて多少はずらせるから、俺の膝の上に座らんでも大丈夫なんだけどね……。
……ま、このままでもいいか。
俺の膝の上に座りながら、足をパタパタと嬉しそうに上下に揺らしつつ、真剣に商品を選んでいるクロさん。
俺はそんなクロさんの背後から、猫用ペット食品の商品説明なんかを補足してあげながら、マジョリーさん達が宴の準備を終わらすのを待つのであった。
……。
……。
案の定というか、予算をオーバーしたクロさん。
仕方がないので、宴まで暇な俺の時間つぶしとして遊び相手になって貰う事を条件に、200DPまでの買い物を許可する俺であった。
……ちなみに、この世界には既にリバーシが存在しているので、リバーシにそこそこ慣れていたクロさんとは、結構良い勝負になった事を記しておきます。
お読みいただき、ありがとうございます。
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