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147 商都から出発

 少し気温が下がっていく時期なのだろうか、ほんの少しだけ肌寒くなって来た早朝に、子爵家から出発する俺達の姿があった。

 朝も早いというのに子爵様を筆頭に何人も外まで見送りに出てきてくれている。


 今はそれぞれに別れの言葉を伝えあっている所で。


「それでは魔物や野盗などには気をつけてなゼン商会長、伯爵領にまた来たのなら、うちを宿代わりにするといい、歓迎するぞ」

「ええそうですよゼン商会長さん、むしろ()()にうちに泊まってくださいね? ()も喜ぶでしょうし……」


 子爵様と子爵夫人はそんな風に俺に別れの挨拶を……夫人の方は挨拶じゃねぇよなこれ。


「また来た時はそうさせて頂きますね子爵様」


 そんな返事をして終わりにしようと思っている俺なのだが……子爵夫人からの視線がすごく痛い。

 いや……だってなぁ……。


 仕方ないので子爵夫人に向けて小さな声で返事をする事にした。


「ほら、あれを見てくださいよ、トーリ様は俺にまったく興味なんてないんですから……夫人の企みは無理筋だと思いますよ?」


 子爵夫妻だけに聞こえる小さな声でそう言いながら、少し離れた位置にいるトーリ様の方を指さしていく。


 そこには、ルナの両手を握りしめ心底名残惜しそうな表情で言葉を交わすトーリ様がいた。

 ちなみにすぐ側には子爵家の料理長さんもいる。

 そこでされている会話はこんな感じで。


 ◇◇◇


『ルナさん、絶対に、絶対にまた来てくださいね! エリンズ家はいつでも『ダンゼン商会』の皆さまを歓迎致しますから! そしてまた様々な料理を披露してグルメ談義に花を咲かせましょう……ぅぅ……ゼン殿と一緒に商都を本拠にして欲しい所なのですが……もし気が変わって商都に腰を据える気になったのなら歓迎しますからね? いつでも我が家を頼ってください!』


『ちびっこ料理人、また調理の腕を競い合おう、俺も修練を怠らないからよ!』


『マスターがまたここに来たいというのなら来る事もある、そして料理勝負はいつでも受ける! キラーンッ』


『ルナさんはいつでもゼン殿が優先なのよね……ゼン殿が羨ましいわ……』


 ……。


 ――


 ◇◇◇


 どう見ても俺なんかよりルナに執着しているトーリ様だった。


 子爵夫妻は娘のその姿を見て。

 子爵様は苦笑いをし。

 子爵夫人は呆れた表情を……いや……何かを考え込んでいるような?


 ……。


 まぁさすがにあの姿を見れば、俺との縁談なんて諦めてくれるだろうさ。


 ちなみにローラやアイリやセリィなんかは、お屋敷の使用人達と会話している。

 それなりに世話になったからね、多少は親しい間柄になるよね。


 ん? ……ダイゴ?


 ……何故かあいつは、子爵家の護衛兵達と別れの言葉を交わしているよ?


 あいつ、いつの間にか子爵家の戦闘訓練に参加していたりしたからな……コミュ力化け物なんだよ……というか。

 ダイゴが強い事を知られたくないんだけど……かといって手加減しろと言うのも可哀想だよなぁ……。


 ダイゴが訓練に参加した相手から、その都度、見習い騎士や兵士にならないかと勧誘されているのよな。

 そりゃ、あの年齢で中級冒険者並みの戦闘能力があればね……。

 ……うん、まぁ戦闘の才能が凄い少年って事にしておくか、世の中にはそういう天才がいない事もないっぽいしな。


 そうしてゴーレム馬がひく荷馬車に全員が乗り、子爵家の皆さまに最後に声をかけて出発を……。


「ルナさん、絶対にまた来てくださいね~」

「トーリ、ゼン商会長さんにもちゃんとご挨拶をなさい、貴方がそんな有様ではゼン商会長さんとのお見合いも上手くいかないでしょうに!」


 う、うん? その話は断わったというか、状況的に諦めてくれたのでは?

 というか、このぎりぎりになって子爵夫人は何を言い出すのやら。


「な! 急に何を言うのよお母さん!? 私とゼン殿が? そんなのは身分的に有り得ないでしょうに……」

「ふぅ……身分なんてゼン商会長さんの下着職人としての腕があればどうとでもなります、考えてもみなさい、貴方の夫に彼がなれば……あのメイドさんが付いて来るのよ?」


 子爵夫人のその言葉を受けて、トーリ様が何かすごい衝撃を受けていて……今は顔を伏せてしまっている。


 えっと……もう出発していいかな、うんそうしよう。


「では、私共はこの辺で……お世話になりました」


 そう言って荷馬車を出発させる俺である。


 そして手を振る子爵様なんかをチラッっと見た時に、トーリ様が伏せていた顔を上げ……俺と目が合ったのだが……その視線はいつもの物とは違って……。


 ……。


 ……。


 ――


 ガタゴトと商都の石畳の上を走る荷馬車。

 まだ都市の中なので速度は出せていない。


 そんな中、御者席に座っている俺に、荷馬車の方から俺の肩に手を乗せて語りかけて来る存在がいる。

 それは銀髪碧眼の美少女メイドであるルナだ。


「マスター推しが増える瞬間を目撃した」


 ……。


 ルナの言葉を聞いた俺は、日本にいた頃を思い出す。


「昔さぁ、俺の事をすっごい嫌っていた女子がいたんだよ、『沢山の女性から搾取するなんて最低!』みたいに突っかかってくる感じでさ」


 まぁその子が言っている事は間違っているから、そこまで気にしてなかったんだが。

 俺のは搾取じゃなくてお小遣いだし、俺から金を寄越せとか言った事はないんだぜ?

 酷い勘違いもあったもんだよな。


「それで?」


 ルナが短く聞き返してきたので、気を取り直して続きを口に出す。


「ある時、その女の子が柄の悪い男共に絡まれているのを助けた事があってな……そうしたら……」


 俺はその当時の事を思い出しながら、ゆっくりとした口調でルナと会話する。


「分かった、さっきのトーリと同じ感じに変化した、でしょ?」


 ルナの言う通り……というか……。


「ああ、今まで俺の事を嫌っていたのがなんだったんだって感じになってな……俺がアパート暮らしなのを知って……高級マンション一棟をプレゼントして来そうになったんだよな……」

「さすが私のマスター、ヒモのスケールが違う」


「いや、さすがに断ったからな!? お小遣いの範疇を超えるような物はさすがになぁ……」

「今回は完全に変わる前に出発をしたから、そこまでにはならないかも?」


 ああ、うん、そうだな。


「トーリ様も俺の事を嫌っていた訳じゃないし、さっきの視線も、只の知り合いを見る目から……少しだけ……いやまぁ、すぐ離れた事で次に会う時は元に戻っている可能性もあるか」


 好意を先取りする加護か……気付いてみれば成程とは思う。

 ……昔は正直訳がわからなかったんだよな、そのうち感覚も麻痺してきちゃってたし。


「同推しが一人増えました」

「投げ銭に関する事を教える未来もありそうですね」


 ローラとアイリが会話に混ざってくる。

 ……まぁそうなったらなったで、特に俺の生活が変わる訳でもないから……問題ねぇか。

お読みいただき、ありがとうございます。


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