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145 料理コン

『えっと包丁はこういう感じに持ってですね』

『へぇ、上手いもんだな、俺の母親にも負けてないかも』

『えへへ、そうですか? 私も母親に厳しく仕込まれましたからね~』


 ……。


『キャッ!』

『おっと、大丈夫か? ……ヌルヌルしていて持ちづらいよなぁこれ……俺が押さえてるから、安心して楔を使って留めてくれ』

『あ、ありがとう御座います、頼もしいです!』


 ……。


『こんな感じで良いと思います?』

『手順は合っているはずだな……一応調理の先生に確認してくる、ちょっと待っててくれ!』

『あ、はい、お願いします、いってらっしゃい!』


 ……。


 ……。



 うむ……あっちは楽しそうだなぁ……。


 俺も向こうの催しに参加したいなぁ……。


 ちょっと現実逃避気味に、離れた位置で行われている催しを眺める俺だった。


 だがしかし、現実は甘くはなく。



 目の前にいる、ちょいとお腹の張り出たお相撲さん体型な男性が俺に話しかけてくる。


「聞いているのか? ゼン商会長よ」


「はい、聞いておりますグーメル伯爵様」


 ちゃんと聞いているってば。


「うむ、この度の集団お見合い開催の件、まことに良くやってくれた」


「勿体ないお言葉でございます」


 そうなんだよ、俺は頑張ったんだよ。


 チャラ君に嫁を探そうとしたら、身近に彼を好きな女の子がいる事を見つけてしまい。

 灯台下暗しとはまさにこの事だなぁとか思いつつ、彼女の気持ちにチャラ君が気付くにはどうしたらと思いを巡らせたんだ。


 俺が彼女の想いをチャラ君に教えちゃうのは良くないと思ったからさ、色々と考えて……。


 そうして思いついたのが、この集団お見合いだ。


「見合いというと一対一だと思っていたが、まさか集団でやる事で相手を選ぶ余地や、成就しない場合の紹介者への不義理問題を解決してしまうとはな……見事だゼン商会長」


「お褒め頂き、ありがとうございます」


 日本だと街コンとか合コンとか、複数人が集まる場が普通にあるから、当たり前の感覚なんだけどね。


 一対一のお見合いは紹介者が間にいた場合だと、その人の面目問題があるから、色々と難しい問題はあるよねぇ、それが貴族関係だったら猶更だよな。


「それに内容も奇抜だ、普通はお互いの趣味やらの話をする場だと思っておったが……一緒に作業させる事で親近感を抱かせるという計画は素晴らしい!」


「ありがとうございます」


 グーメル伯爵からのお褒めの言葉を聞きながら、伯爵家のお屋敷の庭で行われている、お料理コンを眺めてみる。


 そこにはいくつも用意された料理台の前で、男女のカップル達が一緒に調理している。


 ちなみにこの催しに参加しているのは、グーメル領の騎士団に所属している面々やらと下級内政官なんかから独身者が呼ばれていて、つまり男性は所謂公務員だけだ。


 女性陣はというと、伯爵家と関わりのある商家の娘や、商都に憧れる農業地区の娘なんかを呼び込んでいる。


 ……いやほら、商都の都市内の娘だけだとさ、すでに婚約が決まっている娘さんが多くてね……。

 農業地区から中央部に来たがっているような人達ってのは一定数いるからさ、そういう人達に募集をかけたって訳だ。


 そういう人達からすると、商都で働いている騎士団員や内政官ってのは、憧れの相手だったりするっぽいんだよねぇ……。


 チャラ君もちゃんとこの催しに参加していて……ミナリーさんと一緒に料理をしている。


 ふふり、計画通りに上手くいったな、彼女をこの催しに誘って良かった。


 ほら、ミナリーさんって結構愛嬌があって可愛いじゃん?


 お見合いにそんな娘がいたら人気が出ちゃうんだが……チャラ君は同僚達からミナリーさんを守るべく、彼女とペアを組んでいる。


 俺の側室としてなら納得しかけていたのに、同僚とは駄目ってのはどういう事なんだろうね……。


 周りでは結婚を意識した即席カップル達がイチャイチャと作業している訳で、チャラ君も妹みたいに思っているミナリーさんとはいえ、そういう事を一瞬でも意識してしまえば……。


 後はミナリーさんが、こう……ガバッとチャラ君へと食らいつけば……ゴールするだろうさ。



「所でゼン商会長、今あそこで行われている調理なのだが……ウナギを使っていると聞いたのだが、本当かね?」


「ええ、ちゃんと事前に伯爵家の内政官に完成品を試食用に渡しましたし、その後に許可を頂いたのですが……何か問題でも有りましたか?」


 実はこの催しには事前準備に一週間くらいかかっているのよね……色々と根回しとか大変だったなあ……。


 でもちゃんと許可が出ているはずだから問題は無いと思うんだけど……。



「うむ……この度、儂が視察に来たのもそれなのだよ」


「それと申しますと?」


「提出された完成品とやらなのだが……儂が昔、あるダンジョン側の都市で食べた事のある『ウナドーン』というものに非常に良く似ていたのだ!」


 ……『うな丼』だよねそれ。


 というか内政官が試食する予定の品物を、何故伯爵様が食べているのさ……。

 ……匂いでも嗅ぎつけたのか?


 というか料理勝負の時も思ったんだが、ハンバーガーといい観賞用のトマトを食用にした情報とか……今回のそのうな丼の話といい……。

 それら全部、異世界転移者のダンジョンマスターが関わっているよね? 恐らく地球からの。


 まぁ……今は伯爵様との話を進めるか……。


「『ウナドーン』ですか?」


「うむ、その時は近くのダンジョン内で倒す事の出来る『ウナ』という魔物を使った料理だと説明を受けたのだが……あれは偽装情報だったのだな……」


 ああ、こちらの世界ではレシピやらは価値があるんだったっけか……。

 そこらで獲れる、あまり上等な食べ物と思われていないウナギから作れちゃうなんて情報は……隠す物なのかもな。


「その『ウナドーン』と同じ材料かどうかは分かりませんが、伯爵様がおっしゃるのならばそうなのでしょうね、ならば完成品は『うな丼』と呼ぶ事にしましょうか」


「そうだな……というかなゼン商会長よ、儂が食べた試食品とやらの方が、昔食べた『ウナドーン』より美味かったのだ……ウナギとはあんなに美味い物になる物なのか?」


 へぇ……まぁルナが作ったうな丼が不味い訳がないよな。

 とは言え味に違いが出る要因か……。


 その『ウナドーン』がダンジョンマスター関連の品ならば……。

 DPで〈調理〉系スキルは取得出来るだろうから……醤油とかの制作に苦労していたのかも?


 おっと、グーメル伯爵様の疑問に答えないと。


 俺の推測はダンマスだからこそ思いつく事だし、ちょこっと方向性を変えた返事をしないとな……うーんと……。


「そうですね……ウナギは泥臭くて美味しくないという考えが一般的に知られています、だからこそ平民にも人気がなくて放置されていたのですから」


「ふーむ……つまりウナギが美味いのは、調理法の問題なのか?」


「それもありますね、ウナギは傷みやすいので生きている新鮮なうちに調理を始めないと臭みが出てしまうのです、素材を生きたまま調理場まで持って来るという考え方は……この辺りの文化にはないようですので……」


「なるほどそんな訳が……()()()という事は他にも何かあるのだな?」


「ええ、ウナギの内臓まで調理に使いたいのなら泥抜きという、ええと……きれいな水の中で餌を与えずに数日から一週間くらい飼ったりするのも良いかもです」


「奇麗な水か……」


「はい、今回の催しに使うウナギもそのように処理をしたもので、商都では奇麗な水に困らないから楽でしたね」


「……水を出す魔道具か?」


「はい、その通りです」


「ふむ……儂の領内には溜め池が沢山ある……そしてそこにはウナギが大量に生息している……さらに調理法と水も楽に手に入る訳か……ゼン商会長」


 俺との会話の途中で何かを考え出したグーメル伯爵様。

 彼は徐に俺の名を呼んだ。


「はい、何ですかグーメル伯爵様」


「ウナギは……『うな丼』は我が領の()()()()となる可能性があるのだな? ……いや……理解していてお主はこうしたのか?」


 おー、確かにちょろっとそういう考えは浮かんだけど、まさか指摘されるとは思ってもみなかった。


 伯爵夫人からは下着の販売時に、ものすごい額の売上金を頂いたしな……多少のお返しも兼ねようかなって思いはあったんだよね。

 調味料レシピ本を流通させたおかげで、醤油もこの辺りに流通し出しているしさ。


「下着の商売でお世話になった伯爵家への御恩返しになったのならば幸いです……ですが……米だけはグーメル領で補えないのが残念ですけどね」


 お米は隣の国から仕入れないといけないらしいからなぁ……でも出来ればさぁ……。


「む! そういえばそうだな……輸入は可能だかどうせなら……ふむ……よし! 用事が出来たので儂は先に戻る、この度の事、大義であったぞゼン商会長! ではな!」



 そう言ってグーメル伯爵様は急いで席を立つとお屋敷の中へと向かっ……調理先生役のルナの元に向かい、うな丼弁当を二つ程貰ってからお屋敷に戻って行った。


 ……ぶれないな、あの人……。


 ちなみにこんな会話をしていても、未だに伯爵様とは公式の挨拶はしていない建前になっているんだぜ……。


 お貴族様って面倒くさいよね。



 グーメル伯爵様が急いで仕事に戻ったのは、たぶんだけど……自分の領内で米作を根付かせようとするためじゃないかな?


 くっ殺系腹ペコ魔人のトーリ様から聞いた話だと、前々から細々と米作の実験とかはやっていたみたいなんだよね。


 だからたぶん計画の前倒しとかをするんじゃないかなぁ?


 もしそうなったら、俺が知る限り……というか色々と昔の米作の情報を調べてから、その知識を書いた偽装古本でも売りつける事にしようかな。


 俺の拠点である樹海ダンジョン街の近くで米作が始まれば、大っぴらに米を使った料理を表に出せるようになるしな。

 現状だと米は隣国からの輸入品扱いになるからな……。



 さて! では、偉い人もいなくなってフリーになったので、お見合い会場を冷やかしにでも行くか!




 ……。



 ……。



 ――




「マスターは出入り厳禁」


「何故だ!」


 だがしかし、ルナにお見合い会場への進入を禁止されてしまった……。


「恋人のいない女性達がいっぱいいる場所にマスターを入れるのは……鯉の養殖場に餌を投げ込む行為になりかねない」


「……」


 そういえば昔……日本で参加した規模の大きい合コンでも似たような事が……。


 ……その時の事を思い出したので、遠くから見守るだけにしておきます。


 あの時は、お小遣い……たくさん貰ったっけなぁ……。




 そんな懐かしい過去を思い出しつつも、楽しそうな声がキャイキャイとお見合い会場に響く中、離れた場所で一人っきりなのは……ちょっと寂しかった俺がいます。



お読みいただき、ありがとうございます。


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