140 勝負
「すまないね……」
「いえ……まぁ、うちの子もいますので……」
俺は同じテーブルに着いている男性からの謝罪を受けつつ、謝るのはお互い様だと返していく。
今日はすごく良い天気だ……。
審査員席と書かれた紙が置かれている丸テーブルに座っているのは、俺と、この男性だけだ。
もう一人一緒の席に座っていたはずなのだが……今はここにはいない。
じゃぁ何処にいるのかというと……。
『ふっ、まずは俺の先行だ、これを見よ! チビッ子料理人!』
『わぁ、うちの料理長が最初から鉄板メニューを出していくなんて……これは本気だわね、先鋒でこれだと……すごい戦いになりそうね!』
『うむ、エリンズ家の料理長お得意のハンバーグをパンに挟んだ物だな、このハンバーガーと呼ばれる食べ物がこの近辺で初めて確認されたのは、隣国のとあるダンジョン側の街だと言われている、元々パンにおかずを挟むような食べ方は古くから存在していたのだが……ハンバーガーに使われるそのパンの柔らかさといいハンバーグと呼ばれる叩き潰した肉といい、そして野菜の酢漬けや鑑賞用だったトマトを具材として使う事といい、当時としては画期的な試みが民衆に受けに受けたと聞いている、そんな料理が生まれてから十数年、隣国に生まれた料理を伝聞からだけでここまで再現するとは……さすがと言えるだろう、これを相手にするのは……厳しいか?』
『ハンバーガーは確かに最強格の一角……だけど私は負けない! 私のターン! 私はピザをこの場に召喚! これを食べた相手は死ぬ! ターンエンド』
誰が死ぬんだろうか……お貴族様の前で毒が入ってそうなセリフはやめて欲しい俺がいます。
まぁ語らずとも分かるかと思うけども、このトーリ・エリンズ様のお屋敷の裏庭で行われている料理勝負とやらの審査員として、俺とトーリ様のお父さんがテーブルに着いていて。
そして俺達の目の前で、エリンズ家の料理長とルナが勝負している。
同じく審査員だったはずのトーリ様は、裏庭に設置された調理施設の近くに行ってしまい。
トーリ様のお父さんである×××子爵様と俺だけが素直にテーブルに残っているという訳だ。
目の前で繰り広げられている料理勝負はルナやトーリ様に任せ、俺はその子爵様と会話している。
「うちのトーリは食べる事に目がなくてね……ゼン商会長の料理人が気に入ってしまったようだね」
「うちのメイドも美味しいと言って食べてくれる事を光栄に思っていると思いますので」
俺と子爵様は先程からこうやって、謝ったり状況を確認する会話を慎重にしているというのに……。
『むぐぉ! ピザだとぉ! ……その名前はハンバーガーの後に世に出たという話だが……パンに素材を乗せて焼いた物という伝聞から俺も再現を目指していたのだが……これは想像していた物とはまるで……やるなチビッ子料理人!』
『これが噂のピザねぇ……もぐもぐ……うわぁ美味しい……乗せられているのが赤いソースとチーズに香草だけなのに、この味わいと深さ……伯父様これは……』
『うむ、これもハンバーグと同じ場所で考案されたピザという食べ物に非常に似ている、だが私は現地に一度行った事があるが……生地の厚さが違うし、こんなシンプルな具材ではなかったはず……ではこれは出来損ないの模倣か? いーや! 違う! 私の勘が言っている、これもピザであると! では実食……もぐもぐ……むぉぉぉぉ、深い……いや軽い……なんと表現をすればいいのだ!? 過去に発祥の地で食べたピザも美味しくはあった、だが材料もシンプルで生地も薄く軽いこのピザは作り手の技量が味に直結をしている! 腕があればゴテゴテとした具材はいらんとばかりに……しかもこのチーズの味は初めての……』
『それは知り合いに頼み込んで取って来て貰った『水牛』の乳から作ったチーズ、他にはない特製品』
ああ、料理勝負大会の会場は賑やかだねぇ……。
ルナの言っている『水牛』の乳は、ルナがホムラに取って来て貰った物で、とあるダンジョンにいる水属性の牛からドロップするミルクの事だ。
そして、そのミルクから作ったモッツァレラチーズを使ったのだろう……。
ホムラに頼むのはいいのだが……あいつがダンジョンに食材を取りにいくって事は、ダンジョンバトルって事だよなぁ……うん、細かい事を考えるのはやめておこう。
というか、遠国のダンジョン産のミルクの話とかを気軽にしないで欲しいなぁ……。
それとピザの違い……たぶんアメリカンピザとイタリアンピザの違いに言及している、お腹がぽっこり出ていてふっくらした体形のお人は……。
「子爵様……あそこにいる子爵様より少し年上に見えるお方なのですが……」
俺は、お腹が少しぽっこりしている、お相撲さん体形な中年男性を子爵に示す。
「……ああうん……私の兄上だね……」
やはりそうだよねぇ……トーリ様が『伯父様』とか言っているもんな……。
「……伯爵様にお会い出来るまでに時間が必要かと思っていたのですけど……」
伯爵領のトップに急にアポを取ってすぐさま会えるなんて思っていなかったんだけどな……。
でも実はまだ伯爵様と一言も会話をしていない、というかあの伯爵様は俺の存在に気付いていない可能性すらある。
料理勝負の会場に急に現れたからな、あの伯爵様は。
「ああ……本当にすまん……料理勝負の話が漏れ聞こえたらしくてな、政務をほったらかして来たらしい、兄上的には非公式の訪問という事になるので……公式にはゼン商会長には会っていないという事になる、しばらくしてから正式な場所で出会うのが初めて……という事にしといてくれたまえ、私では兄のあの食道楽はどうにもならんのだ……」
「あ、はい……ご心労はいかばかりかとお察しいたします……」
なんというか、その苦労に慣れた物言いに、哀れを感じてしまう俺だった。
お兄さんの下で働いているこの子爵様は、色々と苦労をしてそうだよね。
「分かってくれるかいゼン商会長……」
「ええ……強者からの無茶振りには私も慣れていますので」
特にホムラとかマジョリーさんとかリアからのな……。
俺と子爵様は無茶振りを知る者同士という事で、ほんの少し通じ合えた気がする。
……。
『モグッ……これは……美味いな……侮れぬ腕だチビッ子料理人』
『モグモグ……水属性の牛って……このあたりだとあんまり聞いた事がないような? もぐもぐ、すっごい美味しい!』
『そんな馬鹿な……まさか……爆水牛か? ……いやあれは、高ランクダンジョンの中層にいる牛のはずで、だがしかしこの付近で他にミルクをドロップする水属性の牛がいるダンジョンは……もぐもぐ……確かに改めて食べても美味いチーズだ……これは素晴らしい……』
『フッ、それはまだ私の先鋒であり最弱! 第二第三の刺客が控えているので、こうご期待』
……次に出すメニューの事を刺客とか言わないで欲しいなぁ……一応そこにいるのはお貴族様なんだけどね。
……。
「うちのメイドが申し訳ありません子爵様、ちょっと調子に乗っているだけで普段は本当に良い子なんです」
俺はそう言って子爵様に頭を下げていく。
「頭を上げてくれゼン商会長、客人にいきなり料理勝負をさせているうちの娘にも原因があるのだ」
いや、それも、そもそもはルナの一言が原因でして……。
「いやいやそんな事は、トーリ様は礼儀正しく親切に私共を連れて来て頂けましたし、やはりうちのメイドがですね」
「いやいや、そもそもゼン商会長の抱える料理人が素晴らしいからうちの娘がだな――」
等々。
……。
……。
とまぁ。
熱意と食欲のぶつかり合う熱い料理勝負の横で、俺と子爵様はお互いに謝り合うという訳の分からない事になっていた。
……所で一つ問いたいのだが……審査員席に料理が来ないのはどういう訳なのだろうか?
作り上げる側からトーリ様と伯爵様と料理長とルナが食べてしまっていて。
余った分も側にいるメイドやらの使用人や、ダイゴやローラやアイリが消費しているので、いつまでたっても審査員席に料理が来ないのよなぁ……。
これで何を審査すればいいのやら。
そうして、手持無沙汰のせいか、思い出したようにお互いの配下や娘の非を謝りつつ、俺と子爵様は腹を鳴らして審査の時を待つのであった。
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