139 筆頭格
今日も今日とてトーリ様の馬車にお邪魔している俺。
そろそろ俺との同行に飽きてくれるんじゃないかなと思い、自分の荷馬車でついて行きますよと伝えるも……むしろメイドのルナも一緒にどうですかと来たもんだ。
仕方なしにトーリ様とメイドと護衛女兵士の三人の対面に、俺とルナが座る事になった。
そして馬車の中で始まるグルメ談義。
ルナはこの世界の調理法や食材を知る事が出来、トーリ様はルナの知識による料理情報の一端に触れる事で興奮する。
俺は一切会話に入らないで済むという……これだと俺が要らんようにも思えるが、ルナ一人にする訳にもいかんしな。
馬車内の会話を聞きながら馬車の外などを眺めている。
……。
「つまり、その海藻を干した物が味の肝なのね? ルナさん」
「それだけではないけれど、重要な要素の一つ」
「貴方の作る料理のスープの奥底にある味の基礎が海藻だとは……」
「海藻だけではなく、魚や肉を干したりカビ……ええと……色々処理をした物も使う」
「成程ねぇ……具で味を調整するだけで無く、食材から味そのものを抽出させる使い方……深いわねぇ……」
「マスターの故郷の伝統的な味付け」
「ゼン商会長の……うーん……うちの料理長からも骨や野菜から基礎スープを作る話は聞いた事があるけど……わざわざ下味のために食材を長時間かけて加工するのまでは……あんまり聞かない話だわよね」
「鰹節は加工に一カ月から半年くらいかかる場合もある」
「……ゼン商会長の故郷は、食に対する拘りが半端ないわよね……私も負けてられないわ」
……。
こんな感じの会話をルナとトーリ様の間でずっと続けていて、時に出汁の話になり、時に牛スジ肉の下拵えの話になる。
……。
っと、開けていた木窓から見える外の景色が変わって来た、はるか先に背の低い壁がずっと連なって見えるな。
俺の視線に気づいたメイドさんが、小さな窓から外を確認をすると。
「あれは商都の周囲の農地を囲む第三城壁です」
そうメイドさんが言ってから、商都の事を教えてくれる。
ルナとトーリ様の会話は今も横で継続中だ。
メイドさんが教えてくれた話によると、商都には城壁が三つあり。
領主や権力者達の館や軍事拠点を囲む第一城壁、沢山の人々が住む商都を囲む第二城壁、そしてその外に広がる広大な農地を囲む第三城壁で構成されているという話だった。
第三城壁は野生の動物を防ぐくらいの高さであって、知恵のある魔物とかは防げないみたいだけどな。
そうこうしている間にその第三城壁と繋がっている門を通過する事になった。
門の警備に立っている人間の大きさから判断するに、壁の高さが二メートルはない感じで、土を魔法か何かで固めた物かなぁという風に見える。
とくに止められる事もなくちょっとした確認だけで通り抜ける俺達、まぁ領主の紋章旗を掲げた馬車ならそうだよね。
さすがに第二城壁あたりの門だと、警備上必要な諸々の確認作業はあるだろうけど。
馬車の進む速度がかなり落ちた。
農地部分は街とみなしているのか、速度制限があるんだってさ。
何処の街でも速度について注意はされるけど、こういった街の外側にある農地部分では珍しいかもなぁ……。
馬車に付いている小さな窓だと見えづらいが、農地がずっと続いている景色はすごい物があるよね。
よっぽど計画的にやらんと、こうは出来ないよな。
そのあたりをメイドさんに質問してみると。
「ひと昔前はこうではなかったらしいのですが、過去に水を生み出す魔道具が開発されてから、すぐ側のダンジョンから獲られる魔石が燃料になる事もあって、自然の水だけに頼らなくて良くなりましたので、商都の近くの方が何かと便利と農民達が集まって来た事で、それならばと先々代様が農地の整理と共に第三城壁の設置工事を始め、先代様時代に壁が完成しました」
これだけの規模の工事やら農地開拓や整理だものな、そりゃ一代では終わらんか。
そういやぁ。
「ここが商都と呼ばれるのも元々は小麦の輸出からでしたっけ?」
そんな話を前に何処かで聞いた気がするので、メイドさんに質問をぶつけたら。
何故かトーリ様がそれに答えて来て。
「麦の都とも呼ばれるからね!」
へぇ……そんな呼ばれ方も……ってルナとの会話は終わったのかね?
トーリ様は自身が住む領地が誇らしいのか話を続けて来た。
「食料が豊富であるがゆえに、代々の領主やその親族達は美味しいご飯に拘るのよ!」
「ほう……つまり領主様やそのご親族達は皆トーリ様のような……食いしん坊だと?」
「トーリお嬢様は筆頭格ですので、他の方はそこまでではないかと……」
メイドが咄嗟にフォローを……何に対するフォローだかよく分からん事を説明してくれた。
「成程です」
「……今ゼン商会長は何に対して納得をしたの? 確かに気軽に話をしてくれと前に言ったけど、私が食いしん坊なんてそんな言い方は……ちょっと良くな――」
「前にルナが作ったクッキーが俺の空間系スキルの中に入っているのですが、食べますか?」
「食べる~!!」
……うん、筆頭格なんだろうなと納得をした。
俺が渡したクッキーをカジカジと幸せそうに食べているトーリ様を見ながら、俺やメイドさんは頷き合うのであった。
……。
……。
――
そうしてしばしの時間が過ぎると、遠くに第三より遥かに高い壁が見えて来た。
まだ遠いからなんともだけど、家の高さとかとの対比で……壁の高さが5メートル以上はあるかな?
「もうすぐ商都に着きそうなのですが、俺はどうしたらいいでしょうかね?」
俺達だけで商都に来ていた場合なら、門番にでも例の手紙を見せて聞く所なのだが。
今は目の前にその手紙の運び主がいるから、素直に聞いてしまうのがいいだろう。
「前にも言ったけども、私の家で一旦受け入れるわ、伯父様にはこちらで伝えておくから安心していいわよ」
「それで良いというのなら有難く受け入れますねトーリ様」
「うちの料理長にも紹介するし、厨房の使用許可も貰ってあげるから、安心してね!」
……それは……飯を作れと言う遠回しな要求なのだろうか?
「はぁ……だそうだルナ、いけるか?」
まぁ飯を作るのならルナが主導する事になるからな、一応聞いてみるも。
「テンプレならまずは料理長とやらと勝負になる! 私は負けない、キラーンッ」
……その中二病ポーズを、お貴族様の前でもまったく躊躇なくやれてしまう所は尊敬するよ。
そしてたぶん、そんな料理勝負は起きないと思うぞ。
主筋の人間が連れて来た客人に、そんなケンカを売るような事をしたら、料理長といえど首になると思うんだ。
場合によっては本当の意味で首になる世界もあると思うぞ。
ラハさんの仲間が出来るね。
だがしかし、トーリ様は俺の常識では測れないお人だったようで。
「料理勝負とか面白そうね! いいわ、やりましょう!」
と、そんな事を言いだしてしまった……。
……そうかぁ、筆頭格かぁ……。
俺は納得をさらに深い物にするのであった。
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