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138 衝撃には衝撃をぶつけて相殺する

「客人扱いのゼン商会長を放置してしまうとは……申し訳ないわ」


 夕食も終わり、テーブルの上が片付けられ、食後のお茶を飲みながらトーリ様が俺に謝ってきた。


 食べている間はずっと別の世界に精神が飛んでたからなぁ彼女は……。


「いえいえ、それだけ私共の供した食事を喜んで頂けたという事ですから、むしろ喜ばしい事です」


 ……こんな感じの堅苦しい会話がなかっただけでも俺としては楽だったんだよな。


 俺は笑顔を表面に張り付かせつつ、食事時の事は気にしない様にとトーリ様を宥めていく。


「そうね……ゼン商会長がそう言うのなら……」


 お貴族様のマナーか何かに拘りがあるのだろうかね、トーリ様がいつまでも苦しそうな表情をしているのは見てられないので。


「それよりも、さきほどの食事は如何でしたか? うちの最高の料理人が主導した物なのですが」


 飯の話になればトーリ様も元気になるだろうと、話を変えてみた俺だ。


「あ、ああ……あれはいけない……あれは駄目だよゼン商会長!」


 ん?


 何か不興でも買ってしまったのだろうか?


「何かご不都合でもありましたでしょうか?」


 ……言葉の使い方あってる? こういうの慣れてないから良く分からんのよな。


「ゼン商会長」


 トーリ様が至極真面目な表情で俺を呼んで来る。


「はい、如何されましたかトーリ様?」


「兵士達と会話していたように砕けた言葉で話して貰って構わないわよ、こんな野外で無理に丁寧な言葉を使う事もないだろうし」


 これは無礼講といいつつ実際は無礼講じゃない奴か、それとも本当に無礼講なのか……まぁ楽にしていいと言うのなら俺も嬉しいのだが。


「分かりましたトーリ様、もう少し楽に話しますね……いやぁ慣れて無いのがバレバレでしたかね?」


「……そもそもね、貴族間でさえ公の場所以外では適当なのよ、礼儀作法云々に拘るなんて王宮じゃあるまいし……商都では色々な地域の商人が集まるから、礼儀作法は人それぞれで違うのよね、なので相手を馬鹿にしないのなら普通に話してくれればいいからね?」


「了解しましたトーリ様」


「それはそれとして……ゼン商会長」


「はい?」


「あのメイドの子をうちで雇い入れる事は可能かしら?」


「絶対に無理です、ニッコリ」


 言葉遣いに気を使わなくていいと、ちょっとホッっとした所で爆弾を落として来たトーリ様相手には、毅然とした笑顔で断りを入れておく、ニコー。


「そ、そうよね、一応可能性がないか聞いてみただけだから……その笑顔はやめてくれない? ちょっと怖いわよ」


 すぐ引き下がる分、今までの旅路でちょっかいをかけて来た者達よりかはマシか。


「まぁ、それくらい美味しかったという意味で聞いておきますね」


「そう! そうなのよゼン商会長! あの『火角牛のスジ煮込みカレー』はすっごく美味しかったわ! あのスジ肉の香辛料煮込みの美味しさも素晴らしかったけど……それを受ける黄金の米も見逃せないわね! あんな色の米は見た事がないし……そして『ナン』? とかいうパンよ! 外はパリパリ中はもっちりしていて、ほのかに甘みもあったわ! ……パンに砂糖を入れている? 甘いお菓子のパンならそういった事もあるけど、普通に主食として食べるパンにほのかな甘みがあるだけで、あれほどの感動を……しかもスジ肉の香辛料煮込みを付けて食べると……どうしよう、また食べたくなって来たわ!」


 フンスフンスと鼻息荒くそう訴えかけて来るトーリ様であった。


 う、うん、嬉しそうで何よりだね?


「満足をして頂けたようで何よりですよトーリ様」


「満足したなんて物じゃないわよゼン商会長! あれは駄目だよ……あんな物を食べてしまったら……今までのご飯で満足が出来なくなってしまうじゃないの……どうしてくれるのよ……」


 さっきまですごい元気だったトーリ様が、シオシオと萎れた花のように元気が無くなってしまい、今は顔を少し伏せている。


 確かにルナの作ったカレーは美味しかったけど、そこまでかなぁ?

 可憐なカレンさんやセクシーなセシリーさんに奢って貰った……結局俺が奢った食事会の飯とかも結構美味しかったけどな?


 香辛料をたくさん使ったカレーが衝撃的だったとかかな?


 また食べたいと呟いているトーリ様があまりにも哀れに感じたので。


「……えっと……トーリ様? お茶菓子でも出しましょうか?」


 そう聞いてみる事にした。


 トーリ様はゆるゆると伏せていた顔を上げると。


「お茶菓子? 揚げパンの砂糖がけとかかしら?」


 へぇ、お貴族様の御菓子ってそういうのなの?


 まぁ俺が出すのは、いまだにマーメイド達が作り続けている……ドライフルーツだ。


 インベントリを使う許可を得た俺は、籐籠に山ほどドライフルーツが盛られているものをテーブルにドサッっと出した。


 俺の商会は樹海ダンジョンの側のダンジョン街で設立された訳だしさ、そこで取れる果物を使った商品があってもいいと思い、今でもマーメイド達に作って貰っているんだよね。


 このままだと道を歩く子供とかに『あ、パンツ商会のお兄さんだ』とか言われそうだしな……魚の干物とかもたくさんオークションに出品したのになぁ……パンツの印象が強すぎるみたいでなぁ……。



「樹海ダンジョン産の果物を使ったドライフルーツです、どうぞお好きに食べてくださいトーリ様」


 俺は両手を籐籠に添えるように出しながら、トーリ様に勧めていく。


「干し果物? え? ダンジョン産の果物を干しちゃったの!? ええぇ……干し果物は知っているけど……」


 ふむ、トーリ様は恐る恐るといった感じで手をドライフルーツの山に出して……あ、メイドさんがトーリ様の手先を濡れ布巾で拭いてあげている。


 干し果物なんかは普通に流通しているっぽいよなぁ……でも、品種改良とかされていない果物とダンジョン産の果物とでは……。


「もぐ……ふぉぉぁぁ……もぎゅもぎゅ……ごくっ……これは、干し果物界の王様ね! 干す事で甘みを増したり日持ちをさせる手法は昔からあったけども、まさかダンジョン産の果物でそれをやるとは……まさに目から鱗が落ちるとはこの事ね、……もぐもぐ……新鮮な状態で十分に美味しいからと、あえて何も手を加えずに食べる事が最高に美味しいと信じていた私は……くっ……殺せっ! ……もきゅもきゅ……見る目のなかった過去の私を殺してちょうだい……もぐもぐ……」


 パクパクと次から次へと食べながらも、長台詞を噛まずに言えるトーリ様は大した物だと思う。


 ちなみに、彼女が言っている『目から鱗が落ちる』とかは、俺の中にあるだろう謎の翻訳さんが変換している物で、意識して聞いてみると……『ドワーフに酒樽がどうたら』みたいな事を言っていた。


 こちらの世界特有の慣用句やことわざとかは、勝手に日本の似たような物に翻訳される事がある。

 まぁ特に問題はないのであんまり気にしていないけども。



 そしてまた俺の事を忘れて食べる事に集中するトーリ様だ。


 うむ、これならカレーの事に拘る事も無くなるだろう、ダンジョン産の果物なら彼女も簡単に手に入れる事が出来るだろうしな。


 そうして少しずつ山の高さが低くなっていくドライフルーツを見つつも、メイドさんが出してくれたお茶を飲みながら俺は思ったさ。



 ……それ、女性陣皆の分だと思って出した量なんだけどなぁ……と。






お読みいただき、ありがとうございます。


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