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137 グルメレポート

「もぐっ……むむ……上品な香りと色鮮やかな黄金色の……これは米ね、元々は遥か東国の食物だったけど、隣国でも栽培されるようになり、伯父様も領内で水利の豊かな場所での米作りに興味を、っとと、今はそんな事より目の前のお皿よ! 黄金色の米の横に漂うは……まるで香辛料の海ね……、スパイシーな香りの海の中に北方産の火角牛のスジ肉が浮かんでいる……、普通なら臭くて堅くて脂っこいために食べるのも難しいそのスジ肉が、これほどまで柔らかくて口の中でプルプルホロホロと溶けていくかのような……これはもうスジ肉の革命とも言えるわ! 『俺達はこんなに美味かったんだぞ!』とスジ肉さんが主張しているのね! 今まで貧民の食べ物なんて馬鹿にしてごめんなさいスジ肉さん……私が美味しく食べるから許してね? そしてこの香辛料の海の中には一見スジ肉だけしか具がないようにも見えるけど……いいえ! これは様々な香味野菜が溶け出している!? こんな液状にまでするためにどれだけ煮込めば……そういえば特殊な鍋を使っていたような……圧力がどうたら……うぬぬ、商都でもグルメを自認していた伯父様に薫陶を受けた私でも知らないなんて、これはやはりブツブツ――」


 俺と同席しているトーリ様は夕ご飯の時間になると、一人何処か別の世界へと心が飛んで行ってしまったようだ。


 仕方ないので給仕をしていたメイドさんに話しかける事にした。


「今日はいつにも増してアレですけど、トーリ様は食事のたびにこんな感じなのでしょうか?」


 トーリ様の近くで給仕していたメイドさんは、俺の質問に対して。


「ここまでのは滅多にないですね、少し前に伯爵様に分けて頂いた、ダンジョン産である特級蜂蜜を舐めた時よりも激しいかもです、つまり、ゼン商会長さんが今回用意したご飯は、親指程の瓶で大銀貨数枚が必要な蜂蜜より価値があるとも言えますね……」


 親指程で大銀貨数枚の物より高いってそんな大げさな……。


「いやさすがにそれは言い過ぎじゃないですかねぇ? 火角牛以外は隣国の港町で買える米や香辛料や、他はそこらで買える香草や野菜で作ったはずなんですけども」


 今回ルナは日本の物は鍋とサフランとターメリックくらいしか使って無いはずで。

 角煮の醤油とかも、最近出回り始めた物を使っているはずだから、ちょっとルナ的には味に納得いっていないみたいなんだけどな。


「とはいえ……周りの反応を見ましても……」


 メイドがそう言いながら周囲を見るように俺から視線を外す。


 俺はメイドの視線を追うように周囲を見回すと……。


 ……。


 ――


「うっま! なにこれ……うっま!」

「最初は色にびっくりしたけど、この米って奴と煮汁の組み合わせは最高だな!」

「いやいや、このナンって呼ばれてたパンでも試してみろって! いくらでも食えちゃうぞ!?」

「……伯爵様の開く美食パーティでも十分に出せる……いや……これはあれらより……」

「何なのこれ、前に食べさせてくれたスープも美味かったが、これは格が違うぞ?」

「ああ、こっちの角煮? って奴もやべーうまさだ」

「煮卵もやべぇぞ……一人二個までって理由が分かったぜ……制限がなかったらいくらでも食えちゃうからな」

「はぁ、やっぱりうちの嫁に来て欲しいなぁ……」

「いや、これらはあの小さい娘が主導をしたから出来た味らしいぞ?」

「ああ、それだと嫁にするには後何年か待たないと駄目かぁ……」

「……俺は今でも十分に嫁に欲しい」

「「「「「お前は絶対にあの子に近づくなよ!?」」」」」


「ちっ! 違う! 飯の味が最高という意味でだな、俺は別にそんな――」


 男子共の集まる輪ではそんな感想が入り乱れ……てか、うちのルナに手を出したらコロリと切るからね?



 男共はワイワイギャーギャーと、小学生の給食のような騒がしさで飯を食べている。

 そしてそこには、偉い騎士の隊長さんも加わっていた。


 ……結構な年なのに男の子ってのはいつまでたっても男の子なんだな……。




 そして女性兵士と俺の仲間達の集まりでは。


 ……。


 ――


「えっとルナちゃんだっけ? 滅茶苦茶美味しいわねこれ」

「だよねー? まさかこの任務でこんなラッキーな出来事に遭遇するとは思わなかったわ」

「これだけの味が出せるなら独立してお店とか開けるのでは?」

「商会長さんに出資して貰うとかありだよね?」


「私はマスターと、いつまでも一緒にいるから独立しない」

「「「「キャーッ」」」」


「ラブだわ、ラブの匂いがする!」

「商会長さんは商売だけじゃなくてそっちもやり手かぁ……」

「私も彼氏がいなければねぇアタックするのも有りなんだけど」

「でもあの商会長さんって美人ばかり周りに置いているよね……」


 等々、女性陣の会話の姦しさは〈聞き耳〉がなくても聞こえてしまう気がする……。


 ローラやアイリやセリィも女性兵士さん達と仲良さげに会話を……。


 ……あの女性だけの輪の中に、しれっと混じって黙々とご飯を食べる事の出来るダイゴってすごくねぇ?


 っと、あの女性陣の集まりに一人の男兵士が近付いて……ってチャラ君じゃん。


 ちょっと警戒しつつ見ていると……あ、ローラとアイリに頭を下げて謝罪してから元の位置に戻っていった。


 昨日の飲み会で兵士さん達に色々教えて貰ってたからなぁ、あのナンパの仕方が不味かった事に気付いたっぽいね。


 ちゃんと謝罪をしたのならば、もう許してやるかぁ。

 実はまだ俺からチャラ君を許すという言葉は伝えてない。


 ローラ達に謝ったら許そうかなって思ってたからさ。


 俺はチャラ君の行動を見終わると、メイドさんに視線を戻し。


「彼らみたいな伯爵様の部下達は嫁不足らしいのですが、メイドさんからすると彼らは旦那として見られないんですか?」


 お貴族様の下で働く女性とかが、彼らの相手になればと思った俺だったんだけど。


「私はこれでも永代騎士爵家の娘ですから、彼らは地元民では有りますが平民ですので、それに私にも婚約者はもういますし、そもそも行儀見習いで来ている者はほとんど婚約者持ちですので……彼らの話を聞いて可哀想だとは思いましたが……」


 ありゃまぁ……そういえばそうか、日本でも昔は親が決めた婚約者と結婚するなんてのが当たり前だった時代もあるしな。


 こんな封建的な世界なら猶更か……。


 チャラ君が言った騎士になるって言葉も、一代騎士とかって話なんだろうねぇ、そりゃガチな貴族関係者と結婚は無理か……。


 となると。


「女性兵士の割合ってのはどれくらいかご存知ですか?」


 俺の質問に対して、メイドさんは少し思考を巡らせると。


「女性兵士は基本的に貴族の女性達の護衛ですので、領全体の兵士の中で見ると数は少ないです、役割が違うので一般の兵士達と交流もないですし」


「あらまぁ……」


 なんていうか、本当に出会いがなさそうだ。


「大変だねぇ彼らも……」


「気のない声ですね……まぁゼン商会長さんは女性に囲まれていますし、あ、はいトーリお嬢様お代わりですね、今お持ちします」


 会話の途中でトーリ様のお代わりの声があったので、メイドさんはそそくさとお代わりを取りに行く。


 ちなみに俺とメイドさんの会話の間にも、ずっとブツブツと感想をいいながら食べていたトーリ様である。


 そんなトーリ様は、カレーのお代わりが来るまでに、目の前の角煮と煮卵に取り掛かっていた。


 俺は完全に無視されている。


 何のために二人でテーブルに着いているのだろうか……。


 トーリ様は角煮をフォークで丁寧に解しつつ食べながら。


「ぱっと見は、がっちりとした大きな塊の肉に見えるのに、フォークに力を入れずに切り離す事が出来る……口に入れたそれはまるで飲み物のように溶けていき、溢れんばかりのオーク汁が喉を潤す……ショウユーと肉の油と……それとこの甘みはお砂糖? 甘じょっぱくていつまでも後を引くその味は……くっ! 殺せ! オーク肉を何処でも手に入るお肉だなんて言っていた過去の私をいっそ殺して欲しい! そしてこの卵だ! 私は伯父さまの所の厨房長が作る半熟卵のソースがけが最高に美味しい卵料理だと思っていたのだが……なんという盲目さ、私の世界は……狭かった……これはもはや至宝と言って――」


 うーん、長いセリフなので、正直全てはちゃんと聞いていなかったんだけど。


 その途中に出て来た『くっ! 殺せ!』だけは印象に残った。


 なんでかって、トーリ様は旅装でもあるのか乗馬服なので、ある意味騎士っぽい見た目をしているんだよね。


 長めの金髪を後頭部でお団子にしているし、腰に剣でも差せば女騎士の一丁上がりってな見た目をしているからさ。





 まぁあれだ、こうして俺はトーリ様のグルメレポートをBGMに、二人なのに一人っきりな夕ご飯を食べていくのであった。


 早く通常トーリ様に戻ってくれないかなー、と思いながら……。








お読みいただき、ありがとうございます。


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