133 大所帯の野営
まさか車軸が故障するとはな……。
お貴族様の子女であるトーリ様と同道する事二日目、彼らはトーリ様が乗る馬車とは別に荷馬車を数台率いており、護衛の兵士も全部で20数人いる大所帯だ。
どうにも話を聞くに、オークションでの落札が駄目だったなら、ダンジョン街で果物でも仕入れてくるようにと伯爵様に命令されていたみたいだ。
そんな訳なので〈空間拡張〉の付与された箱なんかを、荷馬車にいっぱい積み込んできたらしい。
さすが商都と呼ばれる場所を治める領主様だね、商売人気質もあるっぽい。
まぁそんな荷馬車の車軸が故障してしまい、修理に時間がかかってしまった。
そういう訳で今日はトーリ様達と俺達で野営する事になったのだが、俺らは離れて野営すると言ったのにトーリ様が聞いてくれなかった。
大所帯のキャラバンだと、重要人物を中心にして陣を組むように野営するのだけど。
何故か俺らの荷馬車が、トーリ様の馬車のすぐ横に設置されて野営の中心になってしまった。
……まぁね、魔物や野盗からの襲撃から守る位置だってのは理解出来るんだけども……。
よく知らん兵士達に近い位置で周りを囲まれているって状況は、ちょっとストレスが溜まるんだよなぁ……。
ほら、俺の身内って皆が可愛いじゃんか?
護衛の騎士や従者共が近寄って来ないか心配になるよね……勿論ダイゴも心配する中に入っているよ。
今はいつものごとく即席の竈を作成して、料理の準備をしている所なのだけど、ああ、ほら……。
俺は、野営の準備を椅子に座って眺めていたトーリ様に話かける。
「あのトーリ様」
「ん? ゼン商会長、どうしたの?」
「うちの従業員をナンパするのを、やめさせて貰えませんか?」
俺はそう言いつつ、うちのローラとアイリに言い寄っている馬鹿を指さす。
それを確認したトーリ様は大声で。
「こら×××××××! 商会の方々に迷惑をかけないの! 次にやったら減給の対象になるからね!」
馬鹿を名指しで叱ってくれたトーリ様、だけど、そもそもこんな状況でナンパをしかける奴が反省するとも思えないからなぁ……。
夜這いとかしてきたら処すつもりなんだけど、大丈夫かねぇ?
あ、そうだ、許可を事前に貰っておこう。
「トーリ様、もしこりずにうちの従業員に強引に言い寄ったら、ぶちのめしていいですか?」
「いやゼン商会長、さすがにそれは難しいと思うわ、あんなでも厳しい訓練を受けている騎士見習いなのよ?」
「あーっと、俺は冒険者でもあるんですよ、それで、うちの従業員に手を出してきたらぶちのめしていいですか?」
俺は再度許可を得るために〈気迫〉なんかを使いつつトーリ様に聞いていく。
周囲にいた気配に敏感な護衛とかは、腰の剣に手を伸ばしている。
「え、ええ、構わない……わよ……男性兵達には無駄に近寄らないように再度周知しておくわ……」
「ありがとうございますトーリ様」
いやー良かった良かった、一番偉い人から許可を貰ったからね、これで遠慮なくぶちのめせる。
ついでに身内にも、許可なく体に触って来る奴がいたら処して良いって言っておこうっと。
ふんふんふーんと〈気迫〉を解いてからルナ達の所へと歩いていく俺。
トーリ様や周囲の護衛兵達が無口になっているけど、知りません。
たかが一領主のお抱え騎士なんて冒険者の中級前後だし、さらに騎士の従者や見習い程度だと、戦闘系スキルがまだ生えてないっぽい奴も多いからね。
ほんと、人間って強くなるの大変だよねぇ、護衛兵達の基礎レベルも……半分以上はダイゴより低いんじゃねーかなこれ。
まぁ体格や筋肉の量とかで力に差が出るから、基礎レベルの上下だけで勝敗が決まる訳でもないんだけどね。
一応ウッドゴーレムの一号と二号をローラ達の側に置いておくか。
あいつらは威圧感があるからと、隅っこに立たせていたのが良くなかったかもね。
……。
……。
「うま! なんだこの甘くてしょっぱいタレは……」
「こっちのシチューも美味いぜ? うちの母親の飯に匹敵するかも」
「美人女性の手料理とか、いくら払えばいいんだ?」
「美味すぎる、えっとローラちゃんだっけ? 俺の家に嫁にこない? 俺はこのままいけば叙勲されて伯爵様の騎士になる予定だから将来安泰だぜ?」
「ずるいぞお前! 俺は×××って言います! アイリさん、うちに嫁にきませんか!?」
「こらお前達! ゼン商会長が厚意で食料を分けて頂いているのに、迷惑をかけるなと言っておろうに!」
「隊長にはもう美人な嫁さんがいるからいいじゃないですか! 俺達には出会いがないんですよ!」
「そうだそうだー!」
……。
……。
少し離れた位置でギャーギャーと煩い護衛兵達は放っておいて、俺は飯を食う事にした。
彼らは元々宿場町で泊まるつもりだったからなのか、食料とかは保存食くらいしかなかったみたいでさ、ダンジョン街で仕入れてきた物の中には食材もあるのかもだけど、それはまぁ商品だしね。
そんな訳でご飯のお裾分けをしたんだ。
今日の調理は女子全員でやらせたのだけれど、ルナが監督しているし普通に美味いはずだ。
「申し訳ないゼン商会長、うちの兵士共が迷惑をかけるわね……」
「ああうん、まぁあーいうのはいいんですよトーリ様、告白するくらいなら別に構わんのです、だけども断って嫌がっているのにしつこく付きまとったり、許可なく体に触るのは駄目なんです、さっきのナンパはローラ達が嫌がっているのに、ちょっとしつこかったから止めたかっただけなので」
気に入った女性に男が告白するのは当たり前の話だしな。
しつこくしなきゃそれくらいで文句は言わねぇさ、うちの商会は自由恋愛って決まりがあるしな。
「そうなの? 分かったわ、しかしあれよね、この調味料は最近急に世の中に出てきた物よね? 新たな調味料や様々な酒の造り方を書した本が大量に各所に流れたと聞いた時はびっくりしたのだけど……早速それらを使うとは、さすが機を見るに敏な商人よねぇ」
タレの焼き肉串を、ナイフとフォークで優雅に食べているトーリ様に褒められた。
……わざわざお皿の上で串から肉を抜いてるんだぜこの人……。
俺は同じテーブルで食事を共にしているんだけど、マナーとか気を使わないといけないのはきついねぇ、トーリ様は平民の流儀で食べて良いって言ってくれているんだけどさ。
「飯が美味しいのは良い事ですよトーリ様」
商会の名前とかを出さないで、調味料の作り方の本なんかをオークションに出したんだけど。
そのうち偉い人々には、俺が売り出したって情報が流れてしまうのかもなぁ……。
でも他の地域の出品はリアやマジョリーさん経由だし、誰かに頼まれた商人のうちの一人って見られるかも?
「確かに! うちの料理人達にも是非頑張って貰いたいし……ゼン商会長が商都で滞在する場所をうちの家に出来ないか伯父上に進言してみますね」
なんでそうなる?
俺がトーリ様の言動に首を傾げていると、トーリ様の後ろに立っていたメイドが一言。
「トーリお嬢様は、この調味料の使い方を当家の料理人に見せたいのかと思われます」
ときた。
成程ね。
「トーリ様は……そんなにこのタレの使い方が気にいったんですか? 俺が前に高級な料理屋で食べた事のある鳥料理で、その獲物の鳥の血を使ったソースも中々に美味しかった記憶がありますけど……」
「ああ、あれね……勿論あれも美味しいのだけど、このタレは後を引くというか……いくらでも食べられそうな味もまた素晴らしい物だと思うのよ、ゼン商会長」
そう言ってトーリ様は、メイドにタレ肉串のお代わりを告げていた。
たくさん用意させたからいくらでも食べていいけどさぁ……。
優雅にナイフとフォークを使って食べていたトーリ様なんだけど。
……それ八本目だったよね?
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