131 貴種との遭遇
カッポカッポと荷馬車が進み。
後少しで、襲われていた紋章の描かれた馬車へと普通に声が届きそうな距離で。
「貴公らは何者だ! 所属を言え!」
例の紋章旗付き馬車を守っていた、正規兵っぽい護衛兵の一人がこちらに進み出て俺達に呼びかけてくる。
俺は一旦距離を少し置いて荷馬車を止めると、声を張り上げて答える。
「商人兼冒険者のゼンと申します騎士様! 目の前で野盗に襲われている貴方がたを見かけたために、商会の護衛を救援として向かわせた次第です!」
そう騎士相手に言いながら軽く身振りで合図を出すと、一号と二号は俺の荷馬車の方へと歩いて来て、いつもの護衛位置に戻る。
20人ちょいくらいいる護衛兵っぽい人達は、一号と二号を警戒してたからな。
離れてくれて安心した雰囲気を醸し出している。
そりゃ自分達より遥かに多い数の野盗と乱戦になりかけた所に、いきなり横から重装歩兵が駆け足で突っ込んで来て野盗を撲殺した後に、何も言わずにそれらが仁王立ちしていたら……怖いよねぇ。
……討伐が終わったら、俺の所に帰れって命令を出しておけばよかった。
ダンジョン内ならコアメニュー機能を使って念話で命令とか出来ちゃうのにな。
全身鎧で兜も顔が隠れる仕様だからね、いまだにウッドゴーレムだって気付いてないんじゃないかなぁ?
防具に隙間が出来る関節部分も、丈夫な服を着せる事で隠しているしさ。
腰の鞘に納めていた自分の剣を、いつでも抜ける体勢でいた騎士っぽい護衛兵さんだが、しばらくして警戒態勢を解くと。
「ご助力感謝する、後程我が主より礼をするためにも、何か身分を示す物を見せて頂けるだろうか?」
騎士っぽいのにすごく丁寧にお礼を言って来るねぇ……でも身分確認は怪しい所がないかの確認も兼ねているんでしょ?
まぁいいけどさ。
俺は一応持っていた手綱を横に座っているダイゴに預け、御者席から飛び降りる。
そして俺に声をかけてきた身分の高そうな騎士の側に近づき、懐から商業ギルドの身分証を出してその騎士に見せた。
俺の商業ギルドのランクは銀ランクだからね、そこそこ信用度の高い物になる。
俺のギルド証を確認した騎士は、ランクを確認して頷きながら。
「銀ランク商人か、ダンゼン商会のゼン殿だな、覚えておこ……『ダンゼン商会』だと!?」
俺の身分証を見ていた騎士さんが何故かそう大きな声を上げると、その後方の貴族の紋章旗を掲げた馬車の扉が勢いよく開けられ。
「ダンゼン商会ですって!?」
そう言いながら、旅装なのか乗馬用っぽい装いでズボンをはいた女性が飛び降りてきた。
金髪がきっちり頭の後ろでお団子状に纏め上げられていて、まるで鎧を着ていない女性騎士といった感じだ。
20歳未満に見えるかな?
周りの護衛の兵士さん達の動きから、そこそこ偉い人っぽいんだけど。
おっと、俺の目の前までその女性がきた。
「失礼、私は商都を治める×××伯爵の血縁にあたる×××よ、貴方は『ダンゼンパンツ商会』のゼン殿でよろしいだろうか?」
ん?
貴方今なんて言った?
さっきは普通にダンゼン商会って言ってたよね?
……まぁ、自らを貴種だと言うのなら多少はへりくだって挨拶せねばいかんだろう……あーめんどくせ。
俺は騎士のような見た目の貴族女性に頭を下げつつ。
「はい、私は『ダンゼン商会』のゼンと申します、商都の×××伯爵様のご血縁とは奇遇ですね、実はわたくし、伯爵様からのお手紙で私の仕事を褒めて頂いた事に対してお礼を申し上げに商都に伺う所でして」
「ああうん、社交辞令はいいから頭をあげて頂戴、その手紙は私が商業ギルドに預けた物だわね、火竜のウロコオークションに参加しに来るついでに、伯父上に売った下着の女性版がないかギルドに問い合わせに来たのだけど……女性用と銘打った綿のパンツが大量にオークションに出ているのを確認してね、その出来の良さを見てこれはと思い……伯母上に早馬を出して伝えたの」
へー、あのオークション参加がメインだったのか……そして俺が起こしたノーパンにNO運動に気付いたという訳か……。
そして女性用の、安めではあるけど縫製やら布がしっかりしたの品があるのなら、もっと良い物もあるだろうと商都に情報を伝えたら、あっちが俺に手紙を出す事になった、って所かねぇ……。
まぁでも手紙の事に今は振れないでおこう。
「×××様は火竜のウロコオークションに参加していたのですね……でもそれにしたら……」
あれが終わってから結構日にちがたっているんだよなぁ、俺が少し言いあぐねていると相手の女性が聞きたい事に気付いてくれたのか。
「ああほら……火竜のウロコオークション用にお金をいっぱい持ってくる人達が他にもたくさんいたでしょ? だから帰りの時期を少しずらしたのよ……こういう時に馬鹿な事をする輩もいるだろうからそれを避けようと思ってね……まぁ私の安全帰宅計画は失敗しちゃったんだけど……すごい助かったわ、ありがとうゼン商会長」
ああ、なるほど……この世界ってば為替機能とか未熟なので、空間拡張した箱やらバッグに貨幣を詰めて運ぶ必要があるからな……。
そうなると盗賊というか何処かの権力者が、オークション帰りで金貨の詰まった財布を狙おうと企んでもおかしくないか。
「いえいえ、ご無事なようで何よりです、それでは、私共はこの辺で失礼します」
「待って! どうせなら一緒に行かない? お礼もしないといけないし、下着の話もしたいし」
むぅ、一緒に行きたくないから、さりげなく離れて行こうと思ったが失敗した。
お貴族様にそう誘われてしまってはね……。
……。
女性が乗っていた馬車に誘われたのだが、警備上の関係なのか俺だけで行く事になった。
そういや俺の周りで唯一武装していないのが俺だったからな……ルナも一応戦闘用メイド服だし。
今日は、理由があっていつもの冒険者の格好もしてなかったしな……。
まぁ……荷馬車の方を頼むためにルナ達へその事を告げに戻ったら、ルナが一言。
『マスター、全然さりげなくない』
……ルナは俺の心の中を見られるのだろうか。
それとも表情に出やすいのかなぁ? 俺はペタペタと自分の顔を触りつつ、お貴族様の馬車へと歩いていった。
……。
乗り込んだ馬車の中はさすがお貴族様の馬車で、広い空間を伴っており、そこに対面型のソファーみたいな座り心地の良い幅広な椅子が設置されていた。
その馬車の椅子には乗馬服っぽい服を着ているさっきの女性が真ん中に、そしてメイド服を着た側付きのメイドと護衛の兵っぽい女性兵士が左右から挟むように座っている。
そして俺がその対面の椅子に一人で座る形だった。
対面の席に座る貴族の女性なんだが、火竜のウロコオークションに参加出来る資金を持たされる時点で、商都の領主である伯爵さんからの絶大な信頼を寄せられているのだろう事が予想出来る。
さっき『伯父上』とか呼んでたし……伯爵様とやらの姪っ子さんかな?
ちなみに馬車はまだ発進しない。
野盗の残骸の始末があるからね……穴を掘ったり装備を回収したり、お外では護衛兵の皆さんが働いている。
うちの一号と二号にも穴掘りの手伝いとかさせるようにとルナには言っておいたから、上手い事やってくれるだろうて。
「それでは改めて、私の名はトーリ・エリンズ、父が×××伯爵様の弟になるわね、よろしくね『ダンゼンパンツ商会』のゼン商会長」
む?
「よろしくお願いしますトーリ様、『ダンゼン商会』のゼンです」
「……」
「……」
パンツはつかなかったっけか? と対面のトーリ様は隣に座っているメイドに聞いている。
メイドの方は『街の住人は『ダンゼンパンツ商会』と言っていたはず』とか答えてやがる。
それはたぶん、新興の商会をやっかんだ奴が流したデマだと思います。
てーかわざとだろ? わざと言っているよね?
だってさっき貴方は一度普通に呼んでたものね?
俺に聞こえるように相談しながら貴方達笑っているしね? いいよ? そういう態度なら。
「改めまして『ダンゼンパンツ商会』のパンツーゼンです、どうも送られたお手紙に書いてある商会名が違うようなので……ダンジョン街に帰っていいですか?」
俺は〈インベントリ〉からお貴族様の手紙を出しながらそう言った。
外の掃除が終わる前に帰ろうかしら?
「ああ! 待って! 待ってちょうだい! ……少し悪ふざけが過ぎた事を謝罪するから……いやほら、あのダンジョン街ではそういった名前が流れていてね、ちょっと面白かったからつい……」
貴方は『つい』で人の商会の名前に『パンツ』をつけ足すのか。
そんな緊張感が漂う中、ブホッっという吹き出し音が聞こえて、トーリ様の横のメイドと護衛の兵士が体を震わせながら顔を背けて何かを堪えている。
ちなみに俺は〈聞き耳〉とかそういう能力を持っているので、メイドの呟きが聞こえてしまう訳だが。
メイドは小さな声で『パンツーゼンって……ぶふっ!』と必死に笑いをこらえているようだった……。
こんなネタで笑うとか、小学生か?
どうも笑いの沸点が低い人のようだった。
護衛の兵士の方を見習えよ、彼女は何も漏らさずに、ただ笑いを堪えているのに……。
いや……人の商会の名前で笑う時点で駄目な気がするか……。
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