128 詩の意味
「あ、美味しいですねこれ……」
モグモグと、俺の差し出したドライフルーツを食べながら感想を言ってくる、可憐なハーフエルフのカレンさんだ。
ここはいつものギルドの商談用の個室で、オークションに出していた諸々の落札金の確認やら受け取りやらをしに来ている所だ。
もうなんかすごい金額になっていて、普通に暮らすだけなら十分なんだよな……まだまだホムラのウロコや牙もあるし、鯨石や真珠なんかもインベントリにいっぱい確保してあるしさ。
そもそも上位魔物の素材が唸る程有る訳で……またドワーフで鍛冶屋のカンジさんの所にお邪魔しようかなぁ。
鉱山都市トントの〈入口〉ポイントは消しちゃったからさ。
こないだ単眼魔女のイクスさんタクシーに頼んでトントまで飛んでもらい、ウッドゴーレムの防具を受け取りに行ったんだよね。
上級魔物の素材を使っているのに、そんなに高い装備に見えないようにしてもらっていてるけど、ガタイの大きなウッドゴーレムに全身装備を付けると、威圧感が増し増しになった。
試しに樹海側のダンジョン街でそれを連れ歩いたら……強面の冒険者達が道の端っこに避けて行ってくれた……。
彼らはいつも道の真ん中を堂々と歩くのにな……まぁ上級冒険者が来るダンジョンじゃないって事も関係しているかも。
定住している冒険者だと最高が銀ランクっぽいし。
ちなみに今の俺のギルドランクは、冒険者ギルドが銅ランクで、商業ギルドランクが銀ランクだ。
ルナとセリィは両方とも鉄ランクで、ローラは商業ギルドだけ登録していて銅ランクになっている。
俺らって最近は冒険者ギルドに貢献していないからな、そっちはあんまり上がっていかんのよね。
ほら、昔ルナとセリィが樹海ダンジョンでレベリングをしていた時も、魔石が出たら俺に渡してくれていたしさ。
「ふぅ、美味しかったですゼンさん」
お、やっと各種ドライフルーツの味見が終わったみたいだ。
「好評なようで何よりですカレンさん」
ちょっと前に、アイリが果物好きって話を聞いていたから。
異世界日本製で魔道具に変化したオーブンを購入して、樹海ダンジョンの果物を使ったドライフルーツを自作出来るようにしたんだよ。
そうしたら調理スキル持ちのマーメイド達も、自作にはまっちゃったみたいでさぁ……。
なんか……常に作り続けているんだよねあいつら……なもんで、そんなに消費出来ないからと、カレンさんにお裾分けしたって訳だ。
「果物は新鮮な物が一番美味しいと思っていたのですが……ねっとりとした触感と、味わいも違った感じがあって良いですね」
この世界にドライフルーツは普通に存在しているらしいが、ここ樹海ダンジョンの側の街は新鮮な果物がたくさん流通している場所だから、逆に珍しいのかもな。
「まぁ好評で良かったですよ、それならお裾分けとして置いて行きますので、セシリーさんや同僚の方と食べて下さい……パンツのカウントの件では苦労させたと思いますので、クッキーだけじゃ心苦しかったのでこれもどうぞ」
「それが仕事ですから……あの時はまさか何十万という単位で持ち込まれるとは思わなかったですけど、おかげでギルドの女性従業員全員が、お買い得価格で落札出来たのでむしろ感謝したい所ですね」
ん? 全員であれをわざわざ落札したの?
「欲しいなら言ってくれたら良かったのに、カレンさん相手なら特別に格安でお売りしたんですが……」
「それは駄目ですよゼンさん! ギルドの職員として、欲しいならギルド割引を利用するか、もしくは自身でオークションに参加するべきなのです、下手な個人間の売買は不正や汚職を生み出す温床に成りえます……」
成程ね……真面目でお堅いけども……そこがまぁカレンさんの良い所なんだろうね。
信頼出来るという意味でさ。
「やっぱりカレンさんは信頼できるギルドの職員さんですね」
「え? えへへ、いやそこまでの事では……」
俺の褒め言葉に、頬を赤くしながら嬉しそうに喜んでいるカレンさんだった。
だけどもそうかぁ、それなら……。
「それならこのドライフルーツの差し入れも、やめた方がいいですかねぇ?」
「え! それは私が皆に責められちゃいます! えっとえっと……好意から来るプレゼントは別の話ですよ?」
ふむ、売買を個人間でやるのがギルドの職員としてまずいという事かな?
うーんでも俺が扱う商品を普通に売る時はどうすりゃ……あ、俺はまだオークションでしか出品した事がなかったわ。
「なるほど、売買じゃなくプレゼントならおっけーという事ですか」
「そうなります、ですのでその……」
「ああ、はい、どうぞプレゼントです」
インベントリからドライフルーツの山盛り入った手提げカゴ、バスケットなんて呼ぶ奴だね、それをテーブルに出してあげた。
大盛に盛られたそれは、ラハさんの頭が三個分以上の量はあるだろうか?
三ラハ分だね……なぜ単位をこれにしたのかは……俺にも良く分からない。
カレンさんはそれを嬉しそうに眺めながら。
「ありがとうゼン君、皆も喜ぶと思うわ! ……っとと……コホンッ、ではゼンさん、お仕事のお話に戻りまして」
カレンさんはすぐ真面目な表情に戻り、仕事の話だと封のされた手紙? を一通俺の前に出す。
コロコロ表情が変わって可愛い人だねぇカレンさんは。
まあ良し、えっと蝋で封をされてる手紙とかファンタジーっぽいよな、開けてみるか……何々……。
……。
……。
「商業都市を治める領主様からのお褒めの言葉ですか? ちょっと意味が分かりかねる内容ですけど、俺がオークションに出した男性用下着の一部をこの人が購入したんですねぇ……」
俺はカレンさんも読めるようにテーブルに手紙を置いた。
「ああいえ、最後のサインは領主様ですが、実質は領主様の奥方からの要請かと思います、えーっと……ほら、下の方の文面でそれを示唆しています」
ええ? ……もう一度文面を確かめる……。
……貴族の手紙って迂遠というか回りくどいな。
この『奥方様もゼン商会長から挨拶を受ける事があらば喜ぶだろう云々』という部分がそうなのかな?
領主本人の直筆の手紙じゃなくて、部下の人が書いた物っぽいけど。
それにさ、なんで時候の挨拶みたいな……雅な詩が文量の半分を占めているのだろうか?
「この詩の部分に隠された意味はありますか?」
もう意味が分からないので、テーブルの上に置いた手紙を指さし、カレンさんに具体的に聞く事にした。
「えっと……これはまぁ……お貴族様達の自尊心のための物と申しましょうか……まぁこの季語の使い方を見るに……三カ月以内には来いよ、という意味と取れなくもないのですが、具体的には言っていないという建前になっています、断られたら貴族の名に泥を塗る事になりますから……その時は以前に買った品物を褒める挨拶だけの手紙だったという事になります」
うおお……めんどくせ! ……なにそれ。
「えっと……つまり……おめー分かってんだろ? 早く来いよ? 忖度しろよ? 的な?」
「ええっと……まぁ……そう読めなくもない……という感じでしょうか?」
「じゃお断りしても? 何をしろって具体的な事も書いてないですし」
「ああいえ……女性用下着の件だと思いますよ、ここの詩がそれを暗示していますし」
……華の秘めたるって所? 分かる訳ねーじゃんか! それにさぁ。
「それはもう大量に世の中に出したじゃないですか、あれで納得しなかったって事ですか?」
「……ゼンさん、いえ、ゼン君、男性用には魔法効果が付与された物を出しておきながら、女性用にはそれがないなんて……納得すると思いますか?」
……あ……やっぱそうなるかぁ……。
「えっと……今から、ちょこっと高級な魔法付与された綿パンツを出したら……」
カレンさんは悲しそうな表情で、顔を横にフリフリするのみである……。
そうだよなぁ、男物は〈清浄〉付きの高級品だったもんな……。
ノーパンを駆逐する方に意識がいってて、数を出さないとって思ってたからな……。
あー失敗した!
ちょこっと考えれば分かる事じゃんか……以前カレンさんが予想した通りになったなあ……。
んーまぁ断っても大丈夫だとは思うんだけども……。
「えっと、身内と少し相談してから、どうするか決めますね」
「それがいいかもですね……ゼンさんにこの手紙を渡した日をごまかす事は規約上出来ないので……三カ月以内には……移動時間やら相手の誇りやら諸々を考えると一月以内には決めるのがよろしいかと、相談はいつでも受け付けますからね? なんなら就業時間以外でもいいですから、いつでも頼ってください!」
おおお、カレンさんが仏様に見える、ありがたやありがたや。
「困ったらカレン仏に縋りに来るかもですね、よろしくお願いします」
「神? さすがに神様呼びは教会に怒られるので、やめて欲しいのですけど……」
おっと翻訳が神と表現しちゃったか、日本人的な感覚だとちょこっと意味合いが変わるんだけど……まぁ仕方ない。
帰ってリアと体さんに相談してみるかな……リアはこの国の裏から支配してそうだしな。
俺がそうして帰ろうとすると、最後にカレンさんが一言付け加えて来た。
「これでも相手はかなりゼンさんに譲歩しているのを覚えておいてください、ゼンさんが商会として直接の交渉は受け付けないと商業ギルドに宣言しているので、お屋敷に直接尋ねる事をしなかったのです……お貴族様がですよ?」
「ああ、はい……覚えておきます」
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます、いつも非常に助かっています。
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