120 教育は続く
「そうなのですか?」
「えっと、はい、あれはお話の中での出来事であって、誰かを助けるとお礼を貰えたり感謝されますよ、という事を子供に教えるための物なんです」
「では、小人を助けても?」
「ええ……あのお話のような、お酒の湧き出る魔道具は貰えないですね……」
「そうですか……勿論、私も本気で信じていた訳ではないんですよ? でももしかしたら……瓶のお酒くらいはと……はぁ……残念です……」
そうやって悲しそうに溜息を漏らす美人女性は、人化した状態のスイレンさんだ。
今俺は、自分の拠点島のお屋敷側でそんなスイレンさんと会話している。
午前中に恒例の綿パンツ納入を終えた俺は、ダンジョン街のお屋敷から拠点島へと移動をし。
島の拠点として使っているログハウスなお屋敷の側に、新たな魔物配下である二本のトレントを配置したので、その間にハンモックでもつるしてお昼寝でもしようかなーと思っていたら、スイレンさんが訪ねて来たのだ。
彼女の用事は、一緒に小人を助けに行こうというお誘いだった……。
……うん、少し前にスイレンさんに色々お話を聞かせてあげたんだが、昔話的な物をアレンジしたものが多くて。
困っている小人族を助けた主人公が、お酒の湧き出る不思議な魔道具を貰える、というお話がお気に入りだったようで……。
しょんぼりしているスイレンさんがちょっと可哀想だな。
あーいった話は困っている相手を助ければ良い事がありますよと、子供に道徳観念を植え付ける物だと思うのだが……うーん、あ、そうだ。
「スイレンさん、実は俺ちょっと困っていまして、スイレンさんに助けて頂けないかなーと思うのですけど」
「ゼン様がですか? いいですよ、何をしたらよろしいですか?」
内容を聞かずに即座に承知してくれるスイレンさん。
俺に対する信頼と好意がありがたいね。
「ええ、実はマーメイド達がレベリングをした事で、周囲の海域を昔より自由に動けるようになったみたいなのですが……スイレンさんの縄張りの外に出た途端に魔物が強くなるみたいで、修練の壁になっているんですよね」
「ああ、元々この辺りの海はマナが豊富で魔物が育ちやすいですものね、おかげで食事に困らないからこそホムラ様が縄張りにしたのですし、私やホムラ様がいなければマーメイド達も皆食われてしまうのではないでしょうか?」
やっぱりそうか……大陸の岸辺あたりはそうでもないらしいのだが、ちょいと沖に行くだけでホムラの火山島にいるくらいの強い魔物がウヨウヨいるとマリーは言っていた。
という事は、島の入り江でのレベリングでちょいと強くなったくらいだと、まだまだ危険っぽいんだよな。
交易の船が陸に沿ってでしか航行していない理由が分かったよ。
まぁ場所によっては沖に行けるような地域もあるんだろうけどさ。
「そこなんですよね、俺もマリーもレベル上げをホムラやスイレンさんに手伝って貰って火山島でやる事もありますが、マーメイド達全体となると火山島ではちょっと人数的に厳しいんですよねぇ」
かといってあのクラスの魔物を相手にマーメイド達だけでやらせると……犠牲が出ちゃうだろうしな。
「……私にあの者達の手伝いをして欲しいと?」
「ええ、海の中だと俺は手が出せないですし」
「……ゼン様をお手伝いするのは良いのですが……ううん……むー」
うーん、まったくマーメイド達に興味のない頃よりはマシになったけど。
今でもマーメイド達の事は、そこまで気にする相手ではないって感じなんだよなぁ……。
仲良くとまではいかないが、お気に入りのペットくらいの意識までには持っていきたい。
友達とまでは言わないさ、そもそもマーメイドと竜じゃ種族が違うんだしな……。
俺やルナはまぁ……ダンジョンマスターを種族として見れば同族だからな。
「勿論お礼はしますよスイレンさん、たまにマーメイド達の沖への遠征レベリングの護衛やお手伝いをしてくれるのなら、ですけどね」
「お礼ですか? ……あ! 『小人の盃』のお話のように!?」
ふふ、気づいてくれたか。
そう、困っている人を助ければお礼を貰えるという事を、スイレンさんに経験して貰おう。
まぁそのうち、くたびれ儲け的なお話もしないといけないだろうけども、最初はハッピーエンドのお話でいい。
「はい、火山島でやって頂けるような感じでお手伝いをして貰うとして、マーメイド達が倒した格上の魔物一匹につき……」
「一匹につき? ……ゴクリッ」
俺がわざと溜めをもって言葉を途中で止めると、スイレンさんは真剣な表情で俺を窺ってきて生唾を飲み込んでいる。
スイレンさんの場合だと、演技じゃなくて素でドキドキしているのだから、ちょっと可愛らしいんだよね。
「『守竜酒』の樽一つをお礼として進呈しましょう!」
どどーんとお礼を盛っていく俺だ。
まぁ実際俺らが火山島で戦っている魔物とかだと、冒険者ギルトの金ランクが複数パーティ合同で倒すレベルの魔物だったりするからな……。
普通は金貨十何枚とかそういう報酬になるはずだ。
なので俺のお礼はすっごく安いとも言える……。
ドワーフが最初につけた金額である銀貨500枚の価値で考えても……数樽分にしないといかんくらいなのだが。
「そんなに頂けるのですか! わー、わー、すごいですゼン様! ゴミのような魔物を無能のマーメイドに突かせるだけでそんなに! 弱い者を助けると良い事があるんですねゼン様!」
あ、うん……マーメイド達と仲良くなんて意識改革はまだまだ先かなぁ……。
あーそうだ、強さで見ちゃうからあれなんだ。
今度マーメイドの調理担当だけで飯を作らせて、ホムラやスイレンさんに食べさせてみるか。
美味い酒のツマミが作れる種族と思って貰えれば……うん、いける。
ルナにはそっち系の修練を、これまで以上にさせるように言っておこう。
ただちょっと、スイレンさんがお礼の品物に興奮し過ぎなので釘を刺しておこう。
「休みもなく沢山狩りをしたり、又は数日ぶっ続けでやったりしないでくださいね、竜と比べるとマーメイドの体力はちょっぴりしかないので」
少し前のホムラのレベリングとかすごかったもんな……。
スパルタかと思っていたんだけど、普通に俺らの体力やらを考慮出来てないだけだったという落ちだった……。
「ああ、そうですね……三日ほどぶっ続けで遠征すれば千樽はいけるかと思ったのですが……あの者達ってどの程度なら壊れないのでしょうか?」
「……一匹ずつゆっくりと倒していく感じでお願いしますね……死骸は俺のダンジョン領域にでも放り込んで頂ければと思います」
「むー、一匹ずつですか……弱すぎます……いえ、だからこそ鍛えるのでしょうか?」
「ああ、そう! そうなんですよ! スイレンさん、彼女らは弱すぎるので鍛える必要があるのです!」
おお、スイレンさんがマーメイドの事を一つ理解してくれた。
一歩前進だな。
「分かりました、ゼン様に頂けるお礼を楽しみに、あの者らを手伝ってあげる事にしますわ」
「ありがとうございますスイレンさん、困っていたのですっごく助かります」
わざと、俺が困っていたという事を強調して、お礼を言っておくことにした。
今までにも俺のレベリングを手伝って貰ったりもしているけれど、あの時は、困っているから助けてください的なお願いの仕方じゃなかったからな。
「……その……ゼン様?」
「どうしました?」
「貰ったお酒でその……ゼン様と一緒に、乾杯しながら飲んでも……良いですか?」
ああ、なるほど、一人飲みも好きなホムラと違って、最近のスイレンさんは一人で飲むより誰かと飲む方が好きになっているみたいなんだよねぇ。
まぁ誰かってのは俺やホムラなんだけど……。
「はい、それは楽しみですね、ルナにたくさんおつまみを頼んでおきますよ、スイレンさん」
俺が笑顔でスイレンさんとの酒宴を楽しみにしていると伝えると、スイレンさんもその和風美人な顔に満開の笑みを浮かべ。
「はいゼン様! では早速鍛えてきますね! 失礼します!」
ん?
いや待ってスイレンさん! 何かそのテンションは危険な気がするよ!?
「程々に! 程々にでお願いしますねスイレンさん!」
ちょっとテンション高めなスイレンさんに、大きな声で注意を促すも。
「はい、頑張ります! 行ってきますゼン様!」
おおう駄目っぽい……まぁ……そのうち落ち着くだろうし、マーメイド達も強くなれるなら多少の扱きは……。
……マリーにブレーキ役を期待するか……マーメイドに死人は出ないだろう、たぶん……。
……。
……。
――
翌日、ギルドへの綿パンツ納入を終えて拠点島に帰ってきた俺が見たのは……入り江の浜辺に打ち上げられた大量のマーメイド達であった……。
いや、亡くなった訳じゃなく、精根尽き果てて倒れているみたいだったけど。
一緒にレベリング狩りへと行っていたマリー曰く。
『火山島での修練の時はゼン様が程々で止めてくれるけれども、私達ではスイレン様を止める事が出来る訳もなく……おかげで一族の最低レベルが20を超えました……今日は皆このまま寝ます……おやすみなさい……』
だそうで……浜辺に寝転んでいる大量のトドだかセイウチだかのテレビ映像を思い出させる光景になった。
そういやマリーは最近、蛇竜様とか火竜様ではなく、名前に様付けするようになっているよな?
少しは心理的に近づいたって事なんだろうか。
お礼の『守竜酒』をスイレンさんに渡しつつも、ちょっとやりすぎだよと言っておいた。
俺のその言葉にシュンっとして下を向くスイレンさんが可哀想なので、すぐ一緒に乾杯の宴をする事にした。
次に同じ事をしないならおっけーだね、うんうん。
では、カンパーイ!
……。
――
ちなみにその狩りで魔物群の死骸の一部を持ち帰ってくれていて、ダンジョンでDPにしたら90万DPを超えていた……。
これで持ち帰ったのが一部かよ……と思った俺である。
ちなみにそのDPは全部綿パンツにしてギルドに追加で持って行きました。
三十万枚以上の女性用綿パンツを納入したら、数を数えてチェックする職員が泣きそうになっていた。
だがこの程度の数では、この世からノーパンを撲滅する日は遠い……頑張れ俺。
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