117 下着
「ゼンさん、本当にこれを売っちゃうんですか? ……扱い方次第では、すごいお金になりますけど……」
「ええ、というかこんな感じでして」
俺はハーフエルフで仕事中はお団子髪が可愛らしい、可憐なカレンさんの問いかけに対し〈インベントリ〉から追加の模写本を出して見せる。
「同じものが何冊も……なるほどぉ、それなら確かに……でもそうなると逆に出品時にそれを告知しておかないといけないので、お安くなってしまいますが?」
「かまいません、というかすでに様々な場所に出品される手筈になっているので」
むしろ安くするのが目的だしな。
「そうなのですか? それならまぁ商業ギルドは仕事をするのみです」
「ありがとうございますカレンさん」
軽く頭を下げてお礼を言う俺だ。
カレンさんは早速とばかりに、俺が出した本を確認している。
その本達は、俺が新しく作った古文書で……新しく書いた古本と言った方がいいか?
いやまぁ〈偽造〉とか〈偽装〉とか〈模写〉とか〈書記〉とか、諸々そういう系のスキルを覚えてから作った、ぱっと見はちょこっと古く見える本達だ。
内容はずばり! ……調味料のレシピだ!
一冊で一つのレシピという薄い本な訳だが……別にえっちぃ内容じゃない。
ほら、前にちょっと漁村でソースのレシピを流しちゃった事があるじゃん?
その件で魔女のマジョリーさんにも相談したんだけど、あの漁村を保護はするけども、情報そのものを陳腐化してしまおうという話になった。
最初は反対していたドリアードのリアも、マヨネーズが世の中に出回るという話をしたら賛成してくれた。
火竜のホムラ? あいつはまぁ細かい事は一切気にしない奴だから……。
そして例えば醤油のレシピでも、同じ内容の古文書が大量に複製されているとして売り出すので、一冊のお値段はかなーり安くなるだろう。
しかも商会や個人相手でも入札に特殊ルールを設ける事で、レシピの買い占めは難しくする予定だ。
尚且つ近隣諸国でも売り出される事を、事前に告知してしまう。
実際にマジョリーさんやリアのコネを借りて、この国とあっちの国の各街で似た様な売り出し方をするので嘘にはならん。
世の中に様々な調味料が流れれば、そこらの屋台の飯なんかも、もっと美味くなるんじゃないかな。
タレの焼き鳥とか好きだから、そんな屋台も増えて欲しいんだよなぁ。
「ゼンさん、この設定でどうでしょうか?」
カレンさんが本を出品する際の値段や告知文を考えてくれたので、一通りチェックしていく……うん。
「問題ありません、これでお願いします」
「はい、承ります、ではここにサインを」
サラサラサラっと、おっけー、書類をカレンさんに渡す。
「それでカレンさん、一昨日出した諸々の出品物はどうなっていますか?」
乾物やら何やらをたくさん出したからなぁ、評判を知りたい俺がいる。
「ああはい! あれはもう大変好評でして! 乾物は短い期間で順番に細かく出していますが、全て予想通りか、もしくはそれ以上の値段で競り落とされています、ゼンさんも売り上げを期待してくださいね」
「あーそれは良かった、はるばる隣国の港町まで行った甲斐もあります」
「……ゼンさんは貿易港タタンタに行って来たのですよね?」
「そうですよ、さすが商業ギルド員ですね、隣国の港町というだけで名前が出て来るんですね」
「ええまぁ、あそこは貿易港として有名ですし……それでですねゼンさん、あそこにいたというのなら……『守竜酒』と言う物はご存じですか?」
おっと……情報がもうここまで流れているのか、さすが商業ギルド。
「ええ知っていますよ、今は公爵家が管理しているはずですが、それが?」
「さすがゼンさん! 情報をお持ちでしたか、いえ、珍しい物が好きなのは貴族の常でして、最近沢山出品された品の出所が貿易港タタンタだと気づく人もおりまして、ならば『守竜酒』も持っていたりしないか? という問い合わせがありまして」
「なるほどねぇ……俺があの港町を出る時に公爵家が継続的にオークションに出すと宣言していましたから、そのうち流れてくると思いますよ」
「そうなんですか? その情報はまだ知りませんでした、いまゼンさんがおっしゃった事を上司に正式に伝える代わりに、情報料が貰えたりしますがどうします?」
ギルド間で細かい情報のやり取りはしないのかねぇ?
一応タタンタでは出品者の名前を出さない方式のオークションにしたんだけど。
守秘義務はあるはずなのにドリル嬢とかは知っていたし、情報管理もザル……とまでは言わないが、穴があるっぽいから、そのうち俺の名も流れて来るんだろうな……まぁその時はその時だ。
「いや、いらんです」
どうせすぐ出回る情報だし、今俺の名前を出す方が嫌だ。
「分かりました、この話は噂話という事でこの場で留めておきます」
「ほいほい、じゃぁそろそろ帰ろうかな」
「あ、待ってください、お仕事の話が一件あるんですよゼンさん」
立ち上がりかけた俺を慌てて引き留めて来るカレンさん。
俺はソファーに座り直すのだが……お仕事?
「なんでしょ? 買い付けた物で売れそうな物は全て出しちゃいましたけど……」
「いえ、前にゼンさんが出品してくれた、他所の大陸産男性用下着の件でして」
「むむ? 不良品でも出ましたか?」
あれは比較的安い部類の物だけど〈清浄〉も付与されていて良い物だったんだけどな。
ちなみにメニューで下着を購入した時の魔法付与ガチャで、変な効果がついた物は俺が使っている……〈味覚+〉とかさ……パンツにそれがついてどうするねんって奴な……。
「いえ、あれを購入した貴族の方々が大変満足されたそうで、その……もっと商品がないのかというお話と……」
ああ、追加購入したいって話か、確かパンツとインナーの長袖Tシャツを30枚ずつ売ったんだっけか。
ってあれ? 今カレンさんは『お話と』って言ったか?
「……と?」
「……男性物なのにすごく良い手触りと伸縮する素材に驚いた、その……貴族の女性陣がですね」
「男物のパンツを履きたいと?」
まさかそんな話になるとは……。
「いえいえ! 違いますよ! ……ゼンさん……分かっていて茶化しましたね? つまり、あの技術力で作られた女性用の下着はないのか? というお話でして」
うぐ……やべぇ、男性は着られれば何でも良いって奴が多いし、あんまり商業として旨味がない部分だから参入したのに。
気に入ればいくらでも金を出すご婦人方を相手にするのは……新人商人だと危険だからってやめたんだよな。
「あははは」
「ゼンさんが笑ってごまかそうとしている時点で、女性用下着も存在する事が私にはバレてしまうのですが……」
くぅ……困った時は愛想笑いの術も効かないとは、なんて手強い相手なんだ!
「いやほら、女性用って利権とかありそうで……」
「へ? 利権って何がですか?」
ん?
「いやほら、女性って服にお金をかけるから、大商会とかが、がっちり利権を握ってそうで怖いんですよね」
「えっと……それは確かに洋服ならそうなのですけど、コルセットやドロワーズではあまり聞かないですよ? 制作する職人の数も多くありませんし」
んん?
「ブラとかショーツとかシュミーズとかはどうなんです?」
「? なんですかそれ?」
おっとぉ?
あれ? うーん……あれ?
ルナの教育は光る繭の中で基礎情報が書き込まれるから、その辺はあんまり詳しく教えなかったが……セリィの服とかをルナが買ってあげた時に、下着ってどうしたんだろうか?
ローラは? アイリは?
……これは一度皆に聞いておいた方が良い気がする。
「えーと、じゃぁ俺は急ぎの要件を思い出したので失礼します?」
「なんで疑問符なんですか……ゼンさん、もしかして……女性下着の画期的なデザインの商品をお持ちなので――」
「ああしまった! 今日はルナ達との約束もあったんだ! 失礼します! えっと出品する古本は全て出してある、サインもおっけー……よし! さようならですカレンさん」
「あ、待ってくださいゼンさん! それは商売に関係なくすっごい興味があるんですけど! ちょ、ま! うわ! ゼンさんの動きが高位冒険者並みに!? って待ってー……」
さささと廊下に出て、スササと周囲のギルド員にお辞儀をしながら、タッタカとギルドから逃げ出した。
まぁカレンさんの事だから、この情報を勝手に吹聴したりはしないだろう。
まずは家に帰ってこの世界生まれの子達に、下着事情を聞く事から始めよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
そして誤字脱字報告も本当にありがとうございます、すごい助かってます。
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