116 疑似デート
おおう……。
今俺の目の前には、清楚で可愛い感じのワンピースを着た女性がいる。
レース生地をふんだんに使った白っぽい奴で……もっとゴージャスになればそれこそ結婚式でお嫁さんが着るようなものになりそうな、と言えばイメージ出来るかな?
「すっごい可愛いです!」
俺が心を籠めてそう褒めると、彼女は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに体をモジモジとしだした。
「取り敢えず椅子に座って、お茶をしながらお話をしましょうか?」
俺の側にセッティングされたテーブルと椅子、そしてテーブルの上を彩るお茶菓子の数々。
俺は彼女の手を取って椅子まで移動をし、椅子を引いてどうぞとエスコートする。
彼女は申し訳なさそうに椅子に座ると、ペコリと大きく体を前に倒す事でお礼を伝えてくる。
そして俺は彼女のお茶の準備……はしないで、彼女の対面の席に座る。
まるで別荘地にある喫茶店の屋外テーブルでデートするカップルのようだね、ちょっと気恥ずかしい気がする。
本題に入る前にまずは雑談だと、旅の土産話を彼女に聞かせていく俺。
彼女はその内容に驚き、喜び、そして心配してくれる。
本当に話し甲斐のある女性だよねぇ。
……。
……。
俺はついついその楽しさに浸ってしまい、雑談時間が伸びてしまっている。
すでに俺のお茶のお代わりは5杯目になっていた。
「いつまで二人で話をしているのかな? ゼン殿?」
そこに、ルナが生首を持って現れた……間違った、リアのナビゲーターであるデュラハンのラハさんの頭を持って現れた。
俺はラハさんの質問には答えずにルナを見る。
すると。
「ずっと煩くわめいているから、リア姉様に邪魔だからあっちに持っていけと言われた」
ルナがそう答えてきたので、俺は遠くの触れ合い魔物園にいるリア達の方を見ると……。
今はルナがいないからなのかセリィを構っているリアと、チビッ子魔物達と遊ぶローラやアイリ達が見える。
……てかセリィはまだリアに慣れていないから、あんまり構い過ぎるなと言ってあるのにな……ルナがいる時はリアもそっちを優先するんだけどよ……。
まぁ、犬獣人のポメラ族であるセリィの、きっちりと手入れをしたモフモフは至高だと言わざるを得ないけどよ。
まぁそれはそれとしてだ。
「ルナよ、まだ体さんとのお話が済んでないから、ラハさんは向こうに持っていってくれるか? 煩いならチビ魔物達のボール遊びに加えてあげればいいんじゃないかな?」
「了解マスター、じゃぁ――」
「待った待った待ったぁー! おかしいですよねゼン殿? デラン商会の動きは指示を直接出している私の体に聞かないといけないから、というお話は理解したので待っていたのに……もう2時間以上二人でお茶してお菓子を食べながら会話していますよね? 遠目でもすっごく笑顔で楽しそうに見えたんですが? あれがお仕事のお話だったんですか?」
「訂正してください、お茶を飲んでたのも食べていたのも俺だけです、体さんは飲み食い出来ないじゃないですか、だから俺が味の感想を伝えていたんです」
「それはどうでもいい事ですよねぇ!? 問題の! 本質は! お仕事の話をしていたかどうかですよゼン殿!」
あ、ルナが面倒くさいとばかりに、テーブルにラハ生首を置いて帰っていきやがった……ぐぬぬ。
体さんとのまったり雑談会話の時間が……。
「まぁちょこっとお土産話が楽しくなりすぎて、お仕事というか情報を聞く話をするのは忘れていましたけど、これからする予定だったんですよ? ねぇ? 体さん?」
俺が体さんに同意を求めると、体さんは右手の人差し指と親指をくっつけて〇を形作り、肯定の意を示してきた。
否定する時は両手の人差し指でこうバッテンを胸元で作るんだけどさぁ……その体さんの仕草がすげー可愛いんだよな!
なのでわざと体さんがバッテンをするような質問とかをしちゃう時があるんだよね、体さんは可愛い系のグラビアモデルとか出来るんじゃねーかなぁとマジで思うわぁ。
「つまり2時間も二人っきりで楽しいおしゃべりをしていた、という事は否定しないのですね……」
「あーまぁそうなりますか? 体さんの反応が可愛らしいのでついつい話し込んでしまいました」
俺の返答を聞いた体さんがモジモジと体を揺らす。
うむ、体さんはこう……わざとらしさを感じないんだよな……素で可愛いというか、計算をしていない可愛さがあるのよ。
「まさか……自分の体に裏切られるとは思いませんでした……」
ラハ生首が項垂れ……る事は出来ないので声質で判断する。
「裏切りですか?」
俺の疑問と共に体さんもハテナマークを首の切断面から出ている黒っぽいオーラで形作る……器用だね。
「そうですよ! 少し前にスイレン殿と浜辺でデートしたと聞きました」
「あーお休みの日にまったりと二人で、浜辺で乾杯しながら過ごした時の事かな?」
小説の代わりに昔話とかを話してあげた時の事だなたぶん。
「他にもクロ殿と二人でお昼寝デートをしたと聞きました」
「ん? ……ああ、マジョリーさんの研究の時か、緊急の要件が出来たとかでマジョリーさんがいなくなって、すぐ帰るって言ってたのに帰ってこなかった時の事かな?」
あの時はここと同じで天井にお日様が見えるフィールド部屋だったから、木陰で寝転んでたらいつの間にか寝ちゃってたんだよな俺、そして目が覚めたら仰向けで寝ていた俺のお腹に猫形態のクロさんが丸まって寝ていた時があったんだよな。
あの時はぐっすり寝ているっぽいクロさんを起こす訳にもいかず、どうしようかと困っちゃったっけか。
「しかもただの配下である単眼の魔女と、二人っきりで空を飛びながらデートしているし!」
「サイクロプス魔女のイクスさんか、あれは箒に二人乗りする飛行訓練ですってば、彼女は向上心があるのか今でも十分飛べるのに、まだまだ特訓を手伝ってくださいって言ってくるんだよね」
イクスさんはいまだに二人乗りに慣れないからと、会うたびに訓練を申し出てくるんだよな。
後は訓練日の休憩時に食べる、ルナ謹製のお弁当も気に入っているみたいだ。
いっぱい食べるから見ていて気持ちいいんだよな、イクスさんの食べる姿は。
「それならば、そろそろ私の番だと思うじゃないですか? それが……体を先にとは……一体私の何が気に入らないと言うのですか、こんなにも美人な生首だと言うのに、私に近づいたのは体が目当てだったんですね! 酷いです!」
「字面が酷いのでその言い方はやめてください、よく分からないけど、今度一緒にお昼寝したり空中を飛ばせばいいんですね?」
どれもこれもデートじゃないから勘違いなんだが、つまりラハさんは俺と一緒に寝たり飛んだりしたかったって事だよな?
「……何故でしょうかゼン殿の言葉が少し……具体的にどうしてくれるかを聞いても?」
「触れ合い魔物園の草原で生首を枕にしてお昼寝をしたり、チビッ子魔物達とするフライングディスク投げ遊びの時に、ラハ生首投げ遊びをすればいいのかな? って思っています」
「そうそう私は枕になったり空を飛びたい……ってなんで私だけそういうのなんですかー!」
「あはは、さすがラハさんナイス突っ込み、冗談はこれくらいにしてっと、ラハさんにもお土産があるんですよ」
ラハ生首弄りはこれくらいにしないとな。
「え? ……おおお! さすがゼン殿です、体へのプレゼントが可愛らしいレースのワンピースだったのに、私に何もくれないから忘れられているのかと思って心配してしまいました、やはりレースのリボンとかそんなのでしょうか?」
え? 装飾品の方が良かった? あー……まぁ予定していた物を出しちゃおうか。
ドサッっとテーブルの空いたスペースに荷物を出す。
「……あの……ゼン殿? これは一体?」
「スルメや貝柱等々、酒のツマミにぴったりな魚介類の乾物シリーズです! ラハさんは食べるの大好きでしょう? これなら絶対に喜んでくれるだろうなーっと思って港でラハさんの笑顔を思い浮かべながら購入したんですよ?」
甘い物も好きだけど晩酌も好きだって言ってからなぁラハさんは、それならこれしかあるまい! と沢山購入してきたさ。
「あ……はい……ありがとう……ございます……ゼン殿……」
む、お礼を言ってくれる割りにいつもの笑顔がないな……ん? 体さんがラハさんの視線から見えない位置で何かジェスチャーを……。
自分の服を詰まんで、それからラハさんのショートカットな髪の側に何かを形作るような仕草……。
えーっと……『私の服を生首に被せたい』かな? なんじゃそりゃ? 俺が首をひねっていると。
指先で空中に何かを表現している……ヒラヒラっと指を動かして……リボン?
ああ、さっき言っていた装飾品か、えーと……俺は何故か目が死んでいて遠くを見ているラハ生首を放置して、自分のコアメニューから商品を検索する。
そして一つの商品を購入した。
そうしてラハさんの前に差し出したのは……レースを使った飾りのついた、カチューシャってやつだ。
ラハさんは髪が短めだからな、髪留めとかリボンは難しいだろうからこれにした。
そして……どうせならって、体さんに買ってあげた超絶高い値段なレースのワンピースとまではいかないが、それでもそこそこ高い値段のカテゴリーから探したので、魔法効果がばっちり付与されていた。
体さんのワンピースには〈清浄〉〈気品+〉〈礼儀作法+〉〈防御+〉とか付与されていたんだが、ラハさんのは〈飛翔魔法〉とかついている……。
「……はっ! ……こ、これは? ゼン殿?」
「勿論ラハさんへのプレゼントですよ、魔法が使えるようになります」
そう言ってラハさんの頭に装着してあげる。
うん、シンプルなレースの飾りが、ショートカットで格好良い系のラハさんでも似合う感じがする。
ついでに卓上鏡をテーブルに出してあげた。
「おおおお中々に可愛くて……む? 付与されたスキルの情報が感じられる……ぬぬぬ、えい!」
フヨフヨとラハ生首が浮かび始めた……思ったより気持ち悪い見た目だな。
これは後で同じ製品を買って交換しちゃうべきか?
「まさか私だけで移動が出来るようになるなんて……しかも私に似合っていて可愛いし……」
「喜んで貰えたなら良かったですよラハさん」
酒のつまみも良い土産だと思うんだけどなぁ、装飾品が良いあたりに、ラハさんも女性なんだなって思った。
ただの生首だと思っていたのは訂正しよう。
フヨフヨと空中を浮かぶラハ生首が急に涙目に? ちょっとホラーを感じる。
「うう、私はゼン殿に蔑ろにされているのかと勘違いしていました……やはりゼン殿は私を……これはもう最大限のお礼をしませんと、とりゃぁ!」
気合の声をあげたラハ生首が俺の顔に向かって飛んでくる。
しかもムチューと唇をタコのように突き出しながら、これはやばい、避けようとしたら……。
ガシッ!
空中のラハ生首は、すごい勢いで立ち上がった体さんに掴まれていた。
その素早い動きは俺のスキルレベルだと確認しきれずに、残像がちらっと見えたくらいだった。
やべぇ、やっぱ強いなぁこの人。
「痛い痛い痛い、ちょ、どうした私の体! 今私は心が通じ合っていたゼン殿との熱いベーゼをだな、イタタタ、力を籠め……ああ! なぜそのカチューシャを外すのだ!」
俺にまで聞こえるギリギリとした頭蓋骨が軋む音。
そして体さんはラハさんからカチューシャを外すと、いつものように自分の片手にラハ生首を置くのだった……。
ギャイギャイとラハさんが体さんに文句を言っているがそれは放置するとして、なぜ体さんはあんな手荒い動きを……。
……んーと……。
ああ! そうか! ラハ生首は自分が持ち運ぶというプライドが体さんにはあったんだな!
そっかぁ……それは申し訳ない事をした……それなら。
「ごめんなさい体さん、そのプレゼントは同じデザインで別の魔法付与の物と交換しますね、まさか体さんがそこまでのプライドをお持ちとは知らなかったので、申し訳ない事をしました」
そう言って体さんに頭を下げて謝罪していく俺。
「だから私が貰ったものを返せと! ……ゼン殿? 急に何を意味の分からない事を?」
!?!?
言い争いをしているラハさんと体さんが俺の謝罪を聞いて、不思議そうな表情と、体の動きをしている。
あれ?
「えっと、頭部分は自分が運ぶという事に体さんが誇りを持っているからそのカチューシャを取り上げたんでしょう?」
「いやゼン殿……どう見てもさっきのは私の体が嫉――ムームー」
急にラハさんの口を左手で押さえて、そのまま生首を左手のみで持った体さん。
バスケットボールを片手で掴んでいるプロ選手みたいだ。
そして空いた右手でカチューシャを俺に差し出してくる。
それを受け取った俺は、早速同じデザインの物を買って魔法付与ガチャにチャレンジ!
……。
うむ、〈舞踊+〉スキル効果が付いた物を渡しておいた。
体さんは俺の説明を聞いて、安心したのかホッっと……した体の動きを見せつつ、ラハさんの頭にカチューシャを装着させていた。
「うん、やっぱり似合っていますねラハさん」
似合っていて可愛いので、そうやってラハさんを褒めていく俺だ。
「……ゼン殿に褒められて嬉しいのに……反面嬉しくない私もいるのですがそれは……踊りが上手くなるとか体のない私でどうしろと?」
んー?
「ラハさん、異世界の踊りにはヘッドスピンという踊りの技がありましてね……」
そうやってブレイクダンスの情報を教えていく俺だった。
……。
……。
そんなこんなで。
体さんに俺が出したホムラのウロコを買い占めた件の意図を聞くのは、かなーり後回しになったのは言うまでもなかった。
まぁ結局俺が商業ギルドで語った予想が外れてなかったので問題はなかったんだけども、体さんとの疑似デートは楽しかったから良し。
ちなみにしばらくしたら、ヘッドスピン専用の帽子をカチューシャの上から装備したラハ生首が、テーブルの上で上下反転した状態でクルクルと上手い事駒のように回ってみせた。
……想像以上に気味の悪い見た目で、これが薄暗いお化け屋敷での出来事だったら悲鳴を上げたかもしれないと俺は思った。
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