113 非常時の訓練
「枝の重ね方はこんな感じでどう? ゼン兄ちゃん」
「ダイゴは結構慣れてるのな……」
「俺は姉ちゃんと二人で暮らしてたんだぜ? そこらの枯れ枝を拾って火を着けるのなんて毎日やってたよ」
あー、そういやそうか……ダイゴとセリィは……。
樹海ダンジョンの側にある冒険者街の柵の外に広がっている貧民街で暮らしてたんだもんなぁ。
「それならセリィとダイゴは料理なんかもお手の物か?」
「……沸かした水に、そこらで採れる野草を入れた物と黒パンだったよ……」
ああうん、母親が亡くなってから財産を切り崩して生活してたんだっけか……。
おっけーそれなら。
「ダイゴもセリィと同じくルナの野営料理教室に行ってきな」
「了解、行ってくるよゼン兄ちゃん」
野営用の焚火の設置を途中で終わらせたダイゴは、ルナが先生になってセリィが料理の勉強している所へと向かった。
今日は街道で野営の訓練だ。
俺の〈ルーム〉や便利な魔道具がないという設定でやっているので、焚火に着火するのも火打石でやらにゃいかん。
難しいと思っていたんだけど、ダイゴは余裕で出来そうだったから止めさせた。
「という事で料理教室から追放された二人に焚火の用意をお願いします」
俺は、ルナから追放を言い渡されたローラとアイリの二人を招待した。
料理ってさ、レシピ通りにやればそこそこ食える物が出来ると思っていた。
まぁ俺も、くっそ不味い焼きそばとか作った事はあったけどさ、あの後また試したら……食えなくはないくらいの物は作れたんよ。
……どうして味にオリジナルを求める人が出て来るのか……それが分からない。
「違うんですご主人様! 家ではお母さんが作ってくれたし、行商では保存食だったり泊まった村々で用意して貰うので、料理の勉強をした事がなかっただけで、やればきっと美味しい物が出来るはずなんです!」
「お菓子は甘いと美味しいのに、料理にお砂糖をいっぱい入れたら駄目なんですねぇ……ゼン様は甘いの嫌いですか?」
ローラとアイリの言い訳を聞くに。
まぁローラはじっくり教えれば多少マシになると思われる。
今回は料理の基本すら出来てないから放り出されただけなので。
ただし……。
「ローラは保留、アイリさんはアウトでーーす」
「ホッ……」
「なんでですか!? ケーキとか甘くて美味しいですよね?」
「肉を入れたスープを甘くしてどうすんねんアイリ」
「でもゼン様、ルナさんは黒い液体とお砂糖を準備していたんですってばぁ、だから間違ってはいないんですよ」
ああ……和風の味付けって砂糖を使うからな……でもアイリは入れ過ぎです。
アイリの失敗作を味見してみたけど、フルーツポンチか? っていうくらい甘くしちゃってたからな。
「アイリは味見をちゃんとしような?」
「……確かに味見をしたスープはちょっと甘かったですけど……次は頑張ります」
頑張ってオリジナルの味付けとかをやり出さない事を祈る。
メシマズ民がやりがちな事だからな。
「じゃぁそこの焚火に火打石で火を……ローラは慣れてる感じ?」
「あ、はいご主人様、小さい頃からやってましたね」
「ローラの家の家業は村々を渡る行商人だものな、じゃぁアイリに教えてやって」
「畏まりました、さ、アイリさんやりましょう」
「えっと、魔道具とかで火を着けちゃ駄目なんですか?」
うん、アイリの疑問ももっともだ。
「着火の魔道具って魔石を消費するし、魔道具そのものが大銀貨以上の値段がするのな、つまり使っている所を見られると、盗もうとか考えるお馬鹿が湧いてきます」
「えっと……ゼン様がいるし、影ちゃん達もいるから大丈夫ではないでしょうか?」
そう言ってアイリは自分のメイドスカートを少し捲り上げた。
そこにはシャドウファントムが潜んでいる訳だが……素足が見えて少しはしたないので、すぐスカートを元に戻させた。
「これはな、万が一何かがあって一人で野営する事になった時の練習でさ……まぁ正直言うとアイリとかローラは可愛いから、魔道具とか関係なく狙われちゃうんだけどな」
魔道具なんかより遥かに高く売れそうだしな、この二人は。
「かわ! ……ご主人様から見て私達は可愛いという事ですね……」
「言われ慣れている事でも、ゼン様に言われるとドキドキしますね……」
チャリンッ。
何故か二人共俺のポケットに大銅貨を入れてきた、うん? ああまぁ、ありがとう?
二人はモジモジとしながらも焚火の準備を始めていく。
「そうそう火打石の火花で火を着けるから、まずはそれを受けるタネを用意して、綿毛草とか――」
「なるほどぉ、確かに燃えやすい物じゃないと、例えばどんな――」
ちゃんと教えているようで安心だ。
このあたりに結構生えている、油を含んだ綿毛草とかは火種にしやすいし、今日は乾燥しているから上手くいくだろうさ。
カチンッ! カチンッ! カチンッ!
火打石を鳴らす音が響いて……。
ガヂッ!
「いたっ! ……うぅ、指に叩きつけちゃいました」
あらま、レベルを上げてるから怪我はしないだろうけど痛みはあるよな。
「アイリ、ちょっとおいで」
俺が呼ぶと指先を摩っていたアイリが、丸太椅子に座っている俺の前に来てしゃがむ。
「どうしましたゼン様」
「ぶつけた指を見せてくれアイリ」
アイリは、指先がちょこっと赤くなっている左手を差し出してきた。
俺はその手をそっと下から支える感じで包み込むと、〈光魔法〉スキルの治癒を使うという意思を籠めて。
「癒しの光よ」
とまぁ治癒の力を使っていく。
ちなみに呪文は何でも良く、スキルを使うという意思が大事だ。
そんな意識を強くするために簡易的な呪文を唱えているけども、無詠唱でも出来なくはない。
だけども言葉によるトリガーがあった方が安定して発動するので、簡易的な呪文を使う事にしている。
「ほい、これでおっけーだよアイリ、気をつけてな」
治療も終わったので、アイリの奇麗な手を離してあげる。
「あ、ありがとうございますゼン様、では着火作業に戻りま――」
ガヂッ!
焚火の方でさっき聞いたような音が響く、俺がアイリの後ろの焚火方面を覗くと。
自分の手を押さえたローラが俺の方へやってくる。
そして、俺に手を差し出して……。
「私も火打石を使うのを失敗してしまいましたご主人様」
ああうん……慣れているローラが失敗しちゃったのか? 火打石の形が悪いのかなぁ?
まぁ癒やしてあげるか。
俺はローラの手をそっと下から包み込むように握ると。
「癒しの光よ」
問題なく治していく。
ふぅ……あれ? でもなんでローラが火打石を使ったんだ?
ローラは何故かうっとりとした表情をして……俺の手に指先を乗せたままの姿勢でいる。
……もう治っているよね?
もう一度ローラの指先を確認してから、問題なさそうなので手を離した。
アイリはそんなローラの行動を見て、ハッ! と何かに気付いたように作業へと戻っていった。
ローラでも失敗するのなら私も気をつけないと、とか、そんな事に気付いたのかねぇ。
……。
ガヂッ!
また火打石を使った鈍い音が聞こえてくる。
そしてアイリがそそくさと俺の前に来て、手を差し出してくる。
アイリの顔の頬が少し赤いな……それだけ痛かったのだろうか?
早く治してあげないと……俺はアイリの手を優しく包み込むように持ち。
「癒しの光よ」
うん、指先の赤い部分は消えたね。
そしてアイリの手を離した時には、再度ローラが焚火の側に向かって歩いていく……。
そこにはルナが立っていて、焚火用の枝やらの前でしゃがんでいたローラの頭にチョップを加えていた。
そして。
「真面目にやらないと、今日のご飯もマスターの歌もなし」
そう言ってから竈に帰っていくルナだった。
……不真面目にやってたから失敗しちゃってたの?
「よく分からんが、真面目に? やろうなローラ」
一応俺も注意しておいた。
「はい……私は一回だけしか……」
「頑張りますねゼン様!」
ローラは一旦俺の側に来て俺のポケットに銀貨を入れると、アイリを連れて焚火の側に帰って行った。
ちなみにアイリも銀貨を俺のポケットに入れていった……。
歌ってもいないのに投げ銭がくる事があるんだよな……。
……ま、よくある事か。
俺は気にしない事にして、作業の監督に戻る事にした。
誤字報告本当にありがとうございます、毎回すごく助かっています。
そして、そんな誤字だらけな作品をお読みいただき、ありがとうございます。
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