111 交渉
「いやいや商人殿、それはありえません」
「でもよ村長さん、相場って物があるんだってば」
「それを受け入れたら、私は村民達に怒られてしまいますよ」
「だからさ……くそー頑固だなぁ」
今俺はクラーケンを倒した後に、あの村の村長さんと交渉している。
冒険者としての報酬とか細かい部分を決めてなかったなーと思い立ってさ。
それがさぁ……まさかここまで強情だとは思わなかったよ。
「はぁ……鯨石の買取値の全部が報酬となると、ちょっと高すぎるんだってば! あの大きさのクラーケンだと冒険者の金ランクパーティに依頼ってくらいだと思うんだが……報酬を差し引いたとしても、俺が村に買取値のうち、いくらかを払うべきなんだよ」
「商人殿、いえ冒険者でもあるのでしたな、ややこしいですな……商人殿でよろしいか? では……私共は商人殿のおかげで救われたのです、あのままなら村の若い者らを何人も売る必要すらあったのですよ」
「だーかーらー……例えギルドを通さない現地での依頼とはいえ、相場を余りにも無視した報酬だと、それが後でばれた場合に俺の冒険者ギルドでの評価が下がるんだってば」
「むむ、それは困りましたな……いやしかし……ふむ……」
困っているのは俺もなんだが、村長が何かいい事を思いついたとばかりに、晴ればれとした表情を向けてくる。
「ん? 村長さん、報酬との差し引きで、余った買取値段分を受け取ってくれる気になりましたか?」
「商人殿の活躍と施しを見ていた娘っ子達がですな、何人か買われる事を希望していまして、嫌々ではなく貴方様の元に行きたがっているので、売買ではなく持参金として考えるのはいかがですかな? 商人としてお金も減らず、尚且つ、よく働く嫁が増え、そしてうちの村人も気に入った男性の嫁になれる、という訳でお互い得をしますな」
なんでやねん……。
は! まさか最初からこの話をぶっこむために、俺から鯨石買取分のお金を受け取るのを渋っていたのかも!?
そりゃぁさ、あの美味い牛丼を百人以上に提供できるだけでも商人としての格が分かるだろうし……。
そして冒険者としての強さも見せたから……良い結婚相手として娘っ子達にロックオンされた可能性はあるかもだが……。
さすが田舎村の娘だねぇ、こういう世界の田舎だと、結婚相手としてロックオンしたらすごい積極的になるっぽいしな……。
たぶんあの時、村長の後ろに並んでいた女の子達だろうから、素朴で可愛いとは思うんだけども……正直受け入れないといけない事情もないからちょっとな……。
あの子らなら男なんぞなんぼでも捕まえられる愛嬌はあったしよ。
となると……あ、そうだ。
「なら、俺が倒したクラーケンの素材を買い取ったって事にしてくださいよ、村長さん」
「くらーけんとはイカ魔物の事ですかな?」
「この村の特産はイカ魔物の干物なんでしょう? 今は干場もカラッポだし、あれで特産品を早く作るべきですよ、冒険者への依頼金は要らなくなったかもですが、壊された網や小舟を揃えるためにお金は必要でしょう?」
「それは……確かにそうですな……」
俺への感謝の事とか娘っ子達の事とかを考えすぎて、復興資金の事を忘れてたなこの村長……。
すでに何人かの村人が、出稼ぎの男共に知らせるべく内陸の街に向けて出立しているし。
領主の元へも、事が終わった事を報告する人間を出しているっぽい。
それで出稼ぎの男共が帰ってきても、小舟の数が少ないと仕事にならんだろうしさ。
「特産品といえども長い間流通が途絶えたら後々の商売で困るでしょうし、今は干場を埋め尽くすくらいイカ魔物の干物を作っておきましょうよ、ね?」
「それは……ありがたいお話ですが、娘っ子はいりませんか?」
「いりません」
「はぁ……よい嫁入り先が出来たと思ったのですが……残念です」
「なんでまたそんなに娘っ子達を推したんです?」
「……実はうちの村は男女比が偏っていましてな、おなごが多いので他の村にいかせるにしても金がかかるのです、すでに妙齢の男共はみんな二人の嫁がいますし……いりませんか?」
「いりません」
「……仕方ありませんな、では沢山干物を売って彼女らの結婚資金を稼ぐとしますか、商人殿よろしくお願いします!」
「へいよ」
そうして、俺は村の作業場にクラーケンの身を出しにいく。
全て終わって村を出る瞬間に、村長にお金も少し押し付けていこうっと。
……いやね、実際に差し引きすると、ちょっと鯨石の買取値が高すぎるねん。
……。
……。
「こりゃ素晴らしい身の色だねぇ……」
「そうじゃのー、こりゃ美味い干物になるじゃろうて、ありがたいありがたい」
「いつものイカ魔物より弾力が違うね」
「怪我しないように切り分けるのよ?」
「商人さんが新品の包丁をくれたから大丈夫! すっごい切れ味で楽ちん」
「前に使っていた包丁より良い物よね……で、村長への直談判は?」
「駄目だったみたい……断られちゃったんだって……」
「やっぱり夜這いをするべきじゃ――」
「でも側にいるのがあの美少女じゃ――」
「小さい子の方が? なら妹を――」
「もう少し引き留めて――」
「男なんてオッパイを押し付ければ――」
「意外に隙がないんだよ、あの商人さん――」
「わしゃが30歳くらい若かったら、旦那を捕まえる方法を実践しつつ教えてやれるんじゃが……」
「「「「「50歳若かったらの間違いでは?」」」」」
うん、女性だけの仕事場って……姦しいというか……騒がしいよね。
いくつか聞かなかった事にしたい話もあるが、俺は離れているので聞こえないと思っているんだろうなぁ……。
彼女らの作業場から少し離れた場所で、俺は子供らと一緒にクラーケンの身を洗ったり、皮を剥いだり、吸盤の堅い部分を外したりしている。
そんな事をしながらも〈聞き耳〉が仕事をしてしまうんだよな。
まぁ商人の財産を狙って、俺の命をどうこうする的な意味の相談事じゃないからいいけどさ。
……過去に通過した場所ではそういう村もあったしな……。
まぁ別な意味で狙われているっぽいので、上手く逃げるとしよう。
夜這いとか……結婚もしていないのに、そういうのは駄目だろう!?
……俺の爺ちゃんもそう言ってたしな。
それで、ルナは今何しているかっていうと……村民全員の希望で食事係だ。
イカフライとイカのお好み焼きを大量に作ると言っていた。
村民はイカを食べ慣れているみたいだけど、そのまま焼いたり煮たりが基本らしく、油で揚げたりするって事はした事がないって言ってたんだ、
なので、イカフライという新しい食い方のお披露目だ。
まぁイカフライは油を大量に使うので、油をあんまり使わない調理法として、イカのお好み焼きは村人でも再現出来るだろう。
残念なのは、クラーケンが大きすぎるのでイカリングは無理だろう、って所だよな……。
あ! 折角だし中濃ソースのレシピも披露しておくかな?
ミキサーがないと難しいかな?
いやでも、すりこぎとすり鉢を提供すればなんとか……香辛料が難しいか?
後でルナと一緒に、このあたりで取れるハーブやらを村民から聞いて、なんとか出来ないか考えようかね。
ここらで取れる海藻類に、干して出汁が取れそうな物とかもありそうだったし。
……ちょっと考えてみるかねぇ。
施すなら釣り方を、いや、美味い食い方を教えるべきだ! って事でさ。
鯨石も、利権を領主に奪われる可能性とか十分にあるしな。
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