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109 商人って奴は

「で、では、このゴミだと思っていた石が?」

「ええ、鯨石なんて呼ばれる、鯨の魔物から排出される結石と思われます、香料として使われる事もありまして、私は今までそれを商った事がありませんので、このあたりでの値段は知らないのですが……まぁ鯨石の半分の重さの銀貨で良いなら買取しますよ」


 漁をする事の出来なくなった漁村の村長宅で、鯨石の説明をする俺。

 ルナは村の中で情報収集中……という名の散歩をしているはずだ。


「それは! ……非常にありがたいのですが、私共が見逃していた只の石ころですし、商人殿がご自分で拾えば売買する事もなく自分の物になったのではないでしょうか?」


 いやそうだけどさ、こんな状況でそれをやったら、情けも何もない人間になっちまうだろうに……。

 俺達をだまし討ちしようとしたり、または麻痺毒の仕込まれた食事に誘ったとか、そういう事をされたら……まぁ話は別だけどさ。


 この村長さんには、ただ普通に、奴隷を買ってくださいと交渉されただけだものな。


「村長さん、そりゃそうかもしれませんが、俺がそれをやったとして、後でその事を知った貴方は俺の事をどう思いますか? それに最初に身分を示すのに公爵家のサインの入った書類を見せているのですよ? 貴族様の名を使わせて頂いたからには、あまりさもしい有様を見せる訳にいかないのですよ、さきほどの買取値でも俺の国元では十分に利益が出るし、なんなら街の香水屋や錬金術師やらに持ち込んでみたらいい、値段が違うかもしれないからね」


 一応理由らしき物を添えておけば裏もないと理解してくれるだろうと、最初に見せた公爵家の人物保証の書類の事を持ち出してみた。


「……ありがとうございます商人殿……うぅぅぅ……」


 村長さんが俺に頭を下げながら少し泣いているようだ。


 俺の地元で売れば利益になるという言葉は嘘ではなく、ダンジョンオークションに出せばDPの価値的に利益が出るような買取値段を言っているから、そこまで感謝とか感激する必要ないんだけどなぁ……。


 人間社会での流通値がマジョリーさんからの情報のみだし、もしかしたらここらではもっと高いのかもしれないしな。


「それでどうしますか? 村長さん、村民と相談が必要ならしばらく時間を空けますけど」

「……グスッ……そうですな……少し相談したいと思いますが、私としては最低でも半分は商人殿に差し上げるつもりです」


 中年男の泣き顔はあんまり需要ないなと思って見ていたら……へ?


「いやいや、買取するって言っているじゃないですか村長さん、俺の国に帰れば利益は出るんで大丈夫ですよ?」

「いけませんよ商人殿、情報にはしかるべく対価が必要です、うちの村にはお金がないので、教えて貰った品で払うという事しか出来ぬのが心苦しいのですが……これは絶対に受け取って貰いますぞ!」


 金というか価値のある物を俺に渡す方が譲らないというのは……珍し……あれ?

 いや……俺の周りの女子からだと結構普通にある事だな、じゃ普通だね。


「じゃご厚意はありがたく受け取りますよ村長さん」

「ええ、そうしてください商人殿、もう半分をどうするかも村民を集めて相談するのでしばしお待ちください」


 ふむ、人を集めるのなら少しお返しをしておくかな?


「それなら村長さん、俺にお返しをさせてください」

「お返しですか?」


「ええ、村の広場での炊き出しを許可して頂きたい、鯨石の半分を貰うなら少しくらいのお返しはいいですよね?」

「それはありがたいですが……女や子供や老人が中心とはいえ、それなりの人数がいますので……」


 ん? ああ、俺の荷馬車は幌付だけど中が見えない訳じゃないからな、木箱や樽は乗っているけど、そこまで荷物が多いようには思えないか。


「空間拡張の施された箱ですから」

「ああ! ご安心を、今聞いた事は忘れますぞ」


 はは、律儀な人だねぇこの村長さんは。


「よろしく、では許可を頂けると言う事で?」

「ありがたくお願いします、毎日魚や貝ばかりで皆も飽きていますから、普段なら内陸から野菜や肉やパンをある程度買い入れているのですが……」


「了解ですよ村長さん、じゃぁ肉と野菜で何か考えます、では村の広場の一角を借りますね」

「よろしくお願いします商人殿」


 村長さんが深く深く頭を下げてきた……いや……だから利益の出る取引のお返しだと言っているのに……。

 俺は村長さんとの話を終え、ルナを探しに村へと繰り出した。


 ……。


 ……。


 ――


「という訳でなルナ」

「なるほど……丁度昨日作った火角牛のバラ肉の醤油煮が沢山あるから……米を炊く」


「昨日のあれに米という事は……牛丼か?」

「自信作」


「それ絶対に美味いやつじゃんか! 火角牛のヒレカツやローストビーフも美味かった記憶があるし……昨日の味見でも中々美味しかった……ジュルリッ、俺も食おう! でもここで生卵は……やめておくか」


 例に及ばず、この世界での生卵さんの活躍は見る事が出来ない。

 俺は異世界産の卵をコアメニューから買って食べているけど。


 この世界なら魔法で浄化とか出来ると思うんだけどね、わざわざやる人もいないっぽいのかねぇ。

 ゲテモノ食いのカテゴリーになるんだって……卵かけご飯を食う俺を見ながらセリィが教えてくれたっけか……。


「マスター、野菜は作り置きのコールスローにしよう」

「了解だ、じゃまぁ始めるか」


 そうして俺とルナは、何処の村にも祭りや会合で使うために中央あたりに広場があるのだが、そこの一角を借りて米を大量に研ぐ事から始めるのであった。


 その広場では村長が大人の村民を集めて話し合いをしている。

 そこで俺の事も話されたのか感謝の視線を送って来る人が多いので、ちょっと恥ずかしいな。


 そんで子供らはまったく気にせず俺らの周りをうろちょろしている。


「こらそこのチビッ子! 竈の側は危ないから近寄るな! そこのチビッ子! もうすぐ食えるからつまみ食いしようとするな! ああもうそっちのチビッ子、オトイレは大人に連れていって貰いなさい!」


 子供は何処の世界でも遠慮がなくて元気だよな。

 まぁ元気が残る程度にはぎりぎり食えていたって事だろう。


 ……。


 ……。


「はい、深めの器とスプーンなんかは自前でお願いしますねー、まずこの白い穀物を食べられる量だけよそって貰って、そしてこの牛の醤油煮を上からドーンと乗せる! 野菜も食えって事でそっちのコールスローも適当に自分でよそってね」


 ある程度セルフサービス的な感じにしてやって貰う予定だが、最初に説明だけはしっかりやる。

 村民は男共が出稼ぎでいないけど、それでも100人以上はいるからね、全員に俺とルナがよそっていくのは辛い。


「そうそう、そんな感じでよそってスプーンで食べて、って美味いのは分かったから! 順番に列を作って行儀よくやって! 並べって言っているだろーに!」


 むぅ……列を作る習慣があんまりないのかな……順番に並べるだけで一苦労したわ……。


 ……。


 なんとか村民皆に行き渡り、広場で飯を食い始めている。

 椅子やテーブルなんかは、お祭り用のを並べているっぽい。

 俺もルナのいるテーブルに自分の分を持って移動した。


「マスターお疲れ様」

「誰かが説明しないといけないからな、本当に疲れたぜ」

「ありがとうございます商人殿、ご一緒してもよろしいか?」


「ああ、どうぞ村長さん」


 そこに俺の事を手伝ってくれていた村長さんが合流する。

 村長さんが怒鳴っても子供とか聞きやしねーからな、お互い大変だったよね……。


 ……。


 しばし牛丼を食べる音のみがテーブル上を支配する。

 モグモグ、やっべぇ昨日の味見の時より美味くなっている……さすがルナだ。


 ……。


「いやはや商人殿、こんなに美味い肉は初めてです」

「そりゃ良かった」

「お代わりに行く人の量が多い……追加を作ってくる」


 自分の分を食べ終わったルナは、そう言って竈の方に歩いて行った。


 ああほんとだ、山盛りあったサラダとか、もうここからだと皿しか見えないじゃん……。

 やっぱ魚介類ばっかり食べていたから、体が野菜や肉を求めているのかもね。


「本当にありがたいです商人殿」

「もうお礼はいいですよ、俺も鯨石を貰って儲けたんですから」


 すでに村民らの手で浜辺にあった鯨石は全て回収され、その半分を村長さんから受け取っている。


「その件なのですが、村民の意見を元に、今ある分は全て商人殿にお売りする事にしました」

「ありゃま、街ならもっと高いかもですけど……いいんですか?」


「ええ、元々気付いてなかった物ですし、そのうちまた流れ着くでしょうから」


 あーまぁそうかもね、潮の流れのせいか知らんが、あの岩場に鯨石も流木とかもたくさん流れ着いていたしな。


 それとさ、その元々気付いてないって話なんだけどさ……。


「なぁ村長さん」

「なんでしょうか商人殿」


「いやさ、商人ってのは目ざとい物でさ、こんな金になる物が放置されてたって話がどうにも信じられなくてな……今まであれを見つけたり、そういう物があるって話を持ち込んだ商人はいないのか?」

「ふむ、いや特にそんな話は……いや……もしかして?」


「心当たりあった?」

「ええ……少し前までこの村には、とある有力商人の商会長がよく遊びに来ていたんです、うちは特に何もない普通の漁村ですが、心穏やかに過ごすのにはいい場所だって事で小さな別荘まで建てて」


「ほほう……それで?」

「その商会長なのですが、この村には極少数で季節ごとに来ていまして、よく商会長一人で浜辺を散歩していたのです、奇麗な海を見ると心が落ち着くとかなんとか……」


「ははん……なんとなく分かっちゃった、それで?」

「はい……私が子供の頃の数十年前からその商会長はここに来ていて、この村との商売のやりとりはその商会だけにする契約を私の父が結びまして、代わりに物資がそこそこ安めで安定的に買えていたんです、それでですな……私が子供の頃にその当主があのクズ石を……いや鯨石を拾っているのを見たのです……」


「あ、はい……どうぞ話を進めてください」

「……かの当主、いや、その頃は商会の跡継ぎでもない三男坊とかだったのですが、彼曰く『心の故郷である、この浜辺を奇麗にしたいから掃除しているんだよ』……とかそんなような事を言われた覚えがあります……」


「……その商会とその商会長は今どうしているの?」

「その三男坊な商会長は5年程前に亡くなったと聞いております、そしてうちの村との取引も利益が薄いからと、後を継いだ者に契約を打ち切られたのですが……これは……そういう事だったのですね……」


「ああうん……村への商人の出入りを制限して情報を封鎖し、さらにその商会長になった三男坊だけが鯨石の情報を握っていたのでしょうね、その利益を使い商会の実権を握ったのかな? そして今の跡継ぎがそれを知らんのは……事故か何かで亡くなって情報の引継ぎに失敗したのかもしれませんね」

「そうなのでしょうか……村民には言えませんな……」


「えーと……何故か聞いても?」

「この何もない漁村を心の故郷とまで言い、そして物資を安定価格で提供してくれていた商人だったので……年嵩の者は彼を尊敬して身近に感じているのです、彼が亡くなったと聞いた時は我々も泣きましたし……」


「それはまた何とも……黙っているのがいいかもです、思い出は美しいままで……村長さんは、海の波風が煩い日にでも海に向かって、そいつの名前を言いながら大きな声で馬鹿野郎とでも叫べばいいですよ……」

「そうします……はぁ……」


「この浜辺が鯨石の流れ着きやすい場所だってのは内緒にするか……御領主あたりと結託しておくのをお勧めしますね」


 情報の流れ方次第では盗賊とか呼びこむかもだし、とはいえ放置していてもいずれバレてただろうけど。


「……そうですな、まぁあまり良い領主ではありませんが……物語に出て来るような極悪な貴族と言う程でもありませんし……利益のいくらかを渡せば、後ろ盾になってはくれるでしょう……」


 強欲じゃない貴族だといいね……、何かをすれば何かが変わる、一方的に救われる話なんて早々ないんだなと思っちゃうね。


 施しをするなら一方的に与えるのではなく、稼ぎ方を教えろとは良く言うけれど。

 その稼ぎが大きすぎるとあれかぁ……漁場が元に戻れば鯨石なんて使わずに、いざって時の手段に出来るから情報の秘匿もしやすい……ああ、そうか。


「村長さん」

「はぁあのクソ×××め……あ、はい、なんですか商人殿」


 村長さんが誰かの名前を呟いていたが、例の商会長の名だろうか……まぁそこは放置してあげる。


「実は俺、冒険者でもあるんですが、漁場を占拠しているイカ魔物の退治を俺に依頼しませんか?」

「へ?」


 村長さんは理解が及ばなかったのか、ちょっと気の抜けた声を出した。

お読みいただき、ありがとうございます。


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