101 借り物の家
「ドリル様が貸してくれた貴族を泊めるための家なのに、そんなに大きくないんですね?」
「高位貴族は本館に泊まりますし、こういった施設は随伴の下級貴族用ですので、騎士爵とかの滞在用ですね」
「なるほどなぁ……それでアイリ様」
「なんですかゼン様?」
「今更だけど、なんでアイリ様がここにいるの?」
「ゼン様にこの家を貸し出すにあたって最後の調整や清掃にきました、ついでに説明役でもあります」
公爵令嬢でドリル嬢の姉のアイリーン様は、メイド服姿でそんな事を言ってきた。
「でも掃除してくれているのは、他のメイドさん達ですよね」
「まさかゼン様は、病み上がりの私にも働けと?」
「いや……そういう訳ではないんですけど……」
病み上がりと主張するのなら、お屋敷で大人しくしていないでいいのだろうか?
「ゼン様が理解のあるお方で良かった、それでさきほど説明した通りに、この家を御貸ししますね」
「ありがとうございますと、ドリル様にお伝えください」
「それで私の部屋なのですがゼン様、二階の南向きの部屋でいいですか?」
「良い訳ないですよね? 冗談も大概にしてくださいアイリ様」
「また発作があるかもしれないと思うと……怖いんです! 怖くてご飯も喉を通らなくて……なのでゼン様のお近くにいれば安心出来るかなって……クスンッ」
「さっきルナの作った病人向けのお昼を完食してお代わりまでしていましたよね……ウソ泣きも下手過ぎます」
「……」
「……」
「そうなんです、ゼン様から頂くお薬と、指示されたご飯を食べながら回復魔法を受けると、細かった手足なんかも人並みになるし、体は良く動くし……さすがゼン様ですね!」
薬ってか栄養剤な、手の平ドリって来たよこのアイリーン様。
うーん、俺が思っているよりも〈光魔法〉の回復効果は理不尽なのかもしれない。
アイリ様が日に日に元気になって行く姿を見るとちょっと怖い。
まるで病人が一年くらいの時間をかけて回復していく姿を早送りしているかのごとくで、痩せて細かった手足も今は……プニっとしているしな。
「はぁ……遊びに来るくらいなら良いですから……」
「それは! ありがとうございますゼン様!」
「でも部屋を確保したりお泊まりは駄目です、公爵家のお嬢様を自分の家に泊めたとなると俺の首が飛びかねません」
「ここにいる私はメイドの『アイリちゃん』なので大丈夫です、アイリーンお嬢様は今もドリエール様のお屋敷で療養中です、お労しい、ヨヨヨ」
泣きまねをしながら妙な演技を始めるアイリーン様だった。
「15歳でちゃん付けはどうなんでしょうか?」
「え、駄目ですか?」
「というか、お貴族様だとそろそろ婚約とか結婚を意識する年齢じゃないんですか?」
「うぐっ! ……私はメイドですからー? お貴族様の事は知りませーん、ふゅーふゅー」
口笛が吹けてなかった。
「まだご実家から連絡はないのですか?」
「私はメイドなので詳しくはないのですが、ドリエール様のご実家からはまだ連絡がないみたいです、送ったのが三日前ですから、急ぎでも到着までもう少しかかりますでしょうか?」
ああ……自分だと〈ルーム〉とかホムラ便とか魔女タクシーが使えちゃうからあれだが、普通なら移動に時間がかかる物なんだったな……。
そしてあくまでメイドだと言い張るのか……ならばメイドとして使ってやろうじゃないか。
「それじゃメイドのアイリさんや、俺は一階の応接室で仕事してるからお茶でも淹れてきてくれ」
そう言ってアイリ様から離れようと……。
「ほわ! あ、はははい! 頑張りま……あの……お茶ってどうやって淹れたら?」
ずっこけた。
そりゃ公爵家の虚弱令嬢だもんなぁ……下手するとドリル嬢より物を知らない可能性がある?
「ルナと一緒に厨房の整理をしているセリィかローラにでも聞いてくれ、じゃよろしくアイリ」
こうやって呼び捨てられるのが嬉しいのだろうと思い、その願いをかなえてあげたのだけど。
「ぅっ!」
アイリ様が胸を手で押さえ、顔を伏せて身を縮めた。
ええ!?
「ちょ! 大丈夫ですか? 発作!? まだ脚気が治ってなかったって事か? いや、でもあの時魔法をかけた感触だと」
俺が右往左往していると。
「ごめんなさいゼン様」
アイリ様が顔をあげ、俺を見ながら謝ってきた……苦しそうな表情ではないけれど……大丈夫?
「どうしました? てか一応回復魔法をかけておきましょうか」
俺はアイリ様に手を伸ばし魔法を……。
「男の方に愛称で呼び捨てされて、こう……胸がキュンキュンしてしまいまして……これがローラさんの言っていた『推し』の力なのですね」
伸ばしていた手は回復魔法を使わずに引っ込めた。
「ああうん……まぁ俺は応接室に行くから……」
「はい……お茶は少し待ってください、私は一度帰る用事が出来ました」
ありゃま、まぁ帰るなら帰って貰った方が安心だけども。
「お気をつけてお帰りくださいアイリ様、道を渡るだけですがお送りしましょうか?」
「いえ、護衛は付いているので大丈夫です」
そうだね、一緒に来ているメイドのうちの一人が護衛っぽいし、後は借りた家の周囲にも護衛が何人も隠れているもんね。
味方とはいえ包囲されているみたいで落ち着かないから、護衛を連れて帰ってくれるならそれはそれでありがたい。
「ではアイリ様、また明日、回復魔法をかけにいきますので、よろしくお願いします」
「いえ、ちょっと投げ銭用のお小遣いをドリーちゃんに貰ってくるだけなので、すぐ戻ってまいります、失礼しますゼン様」
そう言ってさっと身を翻したアイリ様は、護衛らしき人々を連れて道向かいのお屋敷に帰っていく。
……妹にお小遣いをねだりにいくの?
……。
……。
――
仕事と言っても、何か交易するのにお手頃な品物を港の露天市やらで見つけなかったかっていう話を皆とするくらいなんだけども。
帰ってきたアイリ様はその話合いをする俺達の……俺の横顔が素敵だったと言って投げ銭をくれた。
……どうやらローラ二号が誕生したようだ。
うんまぁ、こういう事は昔からよくあったし、驚きはしないので貰っておく、あざーっす。
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