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100 ホムラとドリル嬢

「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」


 貿易港タタンタの片隅にある、熊獣人のヒグーさんとマレーさん夫婦が営む宿屋の一階でそんな声が響く。


 普段の日は夜に食堂として開かれている一階部分だが、今日は貸し切りである。

 部屋の方も全室押さえてしまっているので、今この宿屋には関係者しかいない。


 ドリル嬢にホムラと飯を食わせたいと考えたこの宴、それをドリル嬢のお屋敷で言い出したら何故かドリル嬢の姉であるアイリーン様を救う事になってしまった……。


 あの後にもゴタゴタはあるだろうし、ドリル嬢も来られないかなと思いつつ一応お誘いをしたら、元気よく絶対に来ると宣言された。

 うん、それでこその守竜ガチ勢だね。


 そんな訳で今は、ホムラが座っているテーブルにドリル嬢も座っていて、幸せそうにホムラを眺めている。

 ルナとマーメイドで〈調理〉持ちの子も連れてきていて、今は厨房を借りて色々作ってくれている。

 タコ焼きも勿論作っているはず。


 熊獣人で宿の主人であるヒグーさんは厨房で調理の見学をして勉強中だ。

 あの人ってばルナの事を勝手に師匠呼びしているんだよね……まぁルナが嫌がってないからいいけどさ。


 ヒグーさんの嫁であるマレーさんと息子のアルク君は、マーメイドの長であるマリーとダイゴと一緒のテーブルでご飯を食べながら雑談している。

 マリーと親子は守竜祭で顔見知りになっているから問題はないだろうし、ダイゴはまぁ人見知りしないから大丈夫だろ。


 そしてメインテーブルにはホムラとドリル嬢と俺と……何故か来ているアイリーン様。

 しかもメイド姿で……護衛やなんかは店の外に出て貰って、執事さんはドリル嬢のナナメ後ろに立って控えているが……しっかりと酒は飲んでいる……。


 元々ドリル嬢を呼ぶつもりだったんで、この世界の酒をメインにしているからいいっちゃいいんだが、あんた護衛も兼ねてるんだろうに、それでいいのかよ……。


 セリィやローラは料理運びのお手伝い。


「ゼン様、私も給仕のお手伝いをした方がいいでしょうか?」


 俺とドリル嬢の間に座っているアイリーン様が、メイド服姿で働くローラやセリィを見ながらそう聞いてきた。


「アイリーン様はまだ病み上がりみたいな物なんですから座っていてください」

「アイリ」


 コポコポと俺のコップに酒をお酌してくれるアイリーン様、あ、どーも、ゴクゴク。

 そしてそのままニコニコと笑顔で、自分の事を呼び捨てろと圧力をかけて来るアイリーン様……。


「アイリ……様」

「……今はそれで……いつかきっとアイリちゃんって呼んで貰いますからね? ゼン様?」


 ふぅ……そりゃ〈光魔法〉で治してはあげたけどさぁ、懐かれ過ぎだよな。

 さらに追加のお酌をしてくれるアイリ様、どうもどうも、ゴクゴクゴク。


 テーブルの向こうを見ると、美味い美味いとたこ焼きを食いながら酒を飲むホムラがいて。

 そんなホムラを見つめながら果実ジュースを飲んでいたドリル嬢が、ふと俺の方を向く。


「そうだゼン、うちのお屋敷に泊まるのは嫌みたいだから、お屋敷の向いにある下級貴族用の家を準備したわ、この街に滞在する間は自由に使っていいからね? というかいつでも連絡が取りやすいように、そこを拠点にしてくれないかしら?」


 ……確かにヒグーの宿をずっと貸し切りにするのはよくないかもだし渡りに船だな、お家賃タダだよね?。


「了解しました、では明日にでも皆でお伺いしますねドリル様」


 宿代がタダになるのは、ありがたいっちゃーありがたい……。

 ドリル嬢との会話の途中でも追加のお酌がアイリ様からくる、あ、どもども、ゴクゴクゴク。


「そのお屋敷は離れの客間扱いにするから、日中はうちから家事要員としてメイドを何人か行かせるわ、手を出しちゃ駄目よ?」


 そういう事か、お屋敷に泊まって待機するのは勘弁して貰ったしな……日中ならいいか、〈ルーム〉なら夜中に使えばいいよな。


 てかよ。


「お仕事しに来たメイドさんに手を出したりしないですよ? ドリル様は俺をなんだと思っているんですか……」

「会うたびにメイドがどんどん増殖していく有能商人って所かしら?」


 おうふ……反論出来ねぇ、ちゃうねん、商会員の制服がいつのまにかメイド服って事になってたんよ……。

 だが俺は負けない。


「メイドだけじゃないし、ほら、男の子もいるでしょう? それと年齢が近いからってダイゴに手を出すなら俺に勝ってからにしてくださいね? ドリル様?」


「出す訳ないでしょ! 思春期の子供を持つ父親か! 普通そういうのは女の子を守るために言うセリフでしょうに……」


「ダイゴは俺の身内だからな、ショタっ気のある女共から守ってやらんと!」


「ゼン……貴方酔っているでしょ……同年代というなら私にショタっ気というのは当てはまらないのでは? 勿論手を出す気なんてこれっぽっちもないけれど」


 いやいやまだそんなに飲んで、あ、また注いでくれてありがとうございますアイリ様、ゴクゴク。


「む、つまみがなくなった、追加はまだかのう……」


 ホムラはマイペースに飲んで食ってとしているが、確かに食い物が消えている。

 会話なしだと結構な速さで食うからなホムラ達は。


「守……私が厨房から受け取ってまいります! まかせてくださいまし!」


 俺との会話をぶったぎり、ドリル嬢がそう言いながら立ち上がる。


「おお、すまんな小娘、では頼むとしよう、ルナには辛目の何かを追加してくれと伝言も頼む」

「畏まりましたわー!」


 元気よくホムラに返事をしながら、スタタと厨房に駆け込んでいくドリル嬢。

 知ってるか? あの子って公爵令嬢なんだぜ?


「では、つまみが来るまでゼンが代わりをせい」


「は? つまみの代わりって何だよ」


「いつものように芸でもしろと言うておる」


 ああ、なるほど、じゃぁとっておきの一人漫才でも披露を――

「私はご主人様の歌が聞きたいです!」


 俺が立ちあがった瞬間に、素早く俺の後ろに回り込んでいたローラがそう言ってくる。

 ……君さっきまで厨房の側にいたよね? 瞬間移動した?


 えー? 今は一人漫才の気分なんだけどなぁ、え? お給料は使わずに溜めているので投げる準備おっけー?


 もう、しょうがねぇなぁ、これも従業員への福利厚生かね。

 ほれ、俺の席使っていいから給仕を一旦止めて座ってろローラ。


 ローラと席を変わって隣の空いているテーブルに腰掛けた俺、ローラのキラキラとした目に答えるように俺の横にザルを出してあげると、ガサッ!


 まだ歌っていないのに早速一枚の銀貨がザルに飛び込んできた。


 ローラから5メートルは離れているのに中々の投擲力だ。


 実はローラに付けた固定の〈投擲〉スキルなんだか、いつも銀貨を投げるせいか天然の〈投擲〉スキルも手に入れて……すでにレベル2になっているらしい。

 実戦で使う方がスキルレベルが上がるというけれど、投げ銭もローラの中では実戦みたいな物なのかもな。


 しかも固定でレベル1を持っているので、〈投擲レベル2+〉くらいの感じで固定のスキルと効果が重複するみたいなんだよね。

 なのでセリィやダイゴなんかの天然で得た戦闘スキルも重複で強くなっている。


「ではでは聞いてください、一曲目は――」


 ……。


 ……。


 ――


 チャリンッチャリンッとザルに硬貨が入っていく音がする。


 俺が歌いだしてから、厨房や給仕も一旦ストップしたので皆が聞いてくれていて気合が入るね。

 まぁホムラにはドリル嬢が大量につまみを持って来た後だから、しばらく持つだろう。


 そして俺と交換するように席に座ったローラなのだが、隣に座っていたアイリ様と何故か意気投合したようで、二人してキャイキャイ言いながら俺を応援しつつ投げ銭をくれる。


 そんな中アイリ様も執事からお金を受け取って投げ出した。


 けどまぁ彼女が投げた硬貨は全部ザルから外れていたので、俺が演奏しつつさらに歌いながらも、手や足で飛んで来た硬貨を弾いて軌道修正してザルに入れていった。


 その技に感心したドリル嬢までわざと変な方向に硬貨を投げてくる。

 やめてください! 結構神経使うんだからこの技!


 ……。


 ……。


 ――


「ご清聴ありがとうございましたー」


 俺のその言葉と共に宿屋の食堂に拍手が溢れ、ルナ達は調理の続きをしに厨房に戻った。

 セリィは料理が出来るまでの時間は休憩とばかりに、ダイゴの隣でヒグー家族と一緒にご飯を食べ始めている。


「良い歌と技だったわゼン、商人だけじゃなく吟遊詩人か大道芸人としてもいけるんじゃないの?」


 ドリル嬢が楽し気にそう語りかけてきた。


「ゼンの歌は中々の物じゃからのう、酒のつまみには丁度いいんじゃ」

「その通りです守……ゼンの歌は素晴らしかったですわぁ」


 ドリル嬢はホムラの言葉に即座に肯定の意を添え、俺との会話はぶった切った……彼女はいつも通りの守竜ガチ勢だな……。


 それに比べて……俺はチラッっと、いまだに隣同士に座っているローラとアイリ様を見てみる。


 そこでは。


「分かっていたただけますか! アイリ様!」

「ええ、ええ、ゼン様の歌は素晴らしいですわね……公爵家に来た吟遊詩人なんか目じゃないくらいに素晴らしかったわ……私聞き惚れてしまいました」


「そうなんです、ご主人様の歌ほど素晴らしい物は聞いた事がないんです、さすが私の最推しと言えます、はぁ……もっと投げたかった……」

「なるほど、つまり、この相手を敬い敬愛する心を『推し』と言うのですね?」


「ええそうです、アイリ様も……ご主人様を推して行きますか?」

「この胸の高鳴りがゼン様を推せと言っています……そうだローラさん」


「はいアイリ様」

「私にも投げ銭を上手く投げるコツを教えてください」


「ええ、勿論です、新たに誕生した同推し仲間、あまりに投げ方が下手過ぎるとご主人様の歌の邪魔になってしまいますからね」

「確かにその通りです、でも……足でこうシュパッと空中の硬貨を蹴ったりしてザルへと導くゼン様も格好良かったですけどね……はぅ……思い出すと胸がドキドキしてきました、また病が発症してしまったのでしょうか……」


「何をさせても推しは素晴らしいのですが、やはり歌が最高です、それとアイリ様」

「なんでしょうかローラさん」


「その胸のドキドキは推しを尊いと思う事で起こっている物で、私もその症状を患っているのでご安心ください」

「なるほど! 確かに病の時の苦しさはありませんし、胸がポカポカと暖かくなって気持ちいいです……」


 ……仲良くなっているみたいなので、二人は放置する事にした……。


 ……。


 ……。


 ――


 それからも宴は続き、夜中の手前あたりで幕を閉じた。


 眠くなりかけていたドリル嬢だが、またこういう機会があれば必ず呼んでくれと念押しをしてから帰って行った。


 アイリ様ははしゃぎすぎて疲れたのか途中で寝てしまったので、執事が抱えて馬車に乗せていた。


 ちなみにアイリ様のご飯は、ルナが特別に、消化も良く刺激は少ないが美味しくて栄養バランスの良い物にしていた。

 言うなれば美味しい病院食みたいなイメージだ……言っておいてなんだがイメージしづらいなこれ。


 ホムラやマーメイド達も帰り、厨房のお片付けを手伝っている時にルナと雑談をしたのだが。

 俺の歌に効果がどうたらって話があったが、ドリル嬢にはまったく効いてなかったし、その効果は眉唾じゃね? って話をね。


 そうしたらルナが。


「あのドリルの推しはホムラ姉様だから」


 という一言を返してくれた。


 あーつまり俺の歌は良かったけどファンにはならなかったって事?

 うーむ……まぁ俺に不利益がある訳でもなし、深く考えても仕方ないか。


 宴会場のお片付けも終わったし、ザルごとインベントリに仕舞ったお金の整理でもするかね。


 ひ、ふ、み、よ、いつ……え……銀貨や銅貨だけじゃなく大銀貨が入っているんですけど……。

 ……ありがとうございます、俺は感謝の言葉を唱えてから整理の続きをしていくのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。


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