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98話 呪術師の行方と黒い霧6

 俺とオスヴァルトとの戦闘は熾烈を極めた。

 オスヴァルトの振るう呪術に対し、俺も各種魔術を用いて対抗しているのだが、未だ有効打を与えられていない。それというのも、


「『呪刻剣』!」


 今もまた振るわれた、オスヴァルトの剣技が問題だった。

 呪いの性質を含んだ、呪剣技とでも言うべき剣だ。

 剣を一振りするたびに黒い霧が溢れ出し、こちらを包み込まんと殺到する。触れるのは悪手だとわかっているがために、俺は大回りして回避する他にないのだ。


「『光の槍(リヒト・ランツェ)』!」


「無駄だ!」


 回避しながらも、俺はオスヴァルトへと向けて魔術を放つ。しかし、それも黒い霧が波となって押し寄せ、中空で霧散してしまう。

 先程からこの調子である。いくら魔術を放ったところで、黒い霧の奔流に飲み込まれてしまうのだ。


 オスヴァルトの振るう呪剣技は、思わず反則だろうと言ってしまいそうな性能をしていた。範囲は広く、速度もあり、触れることすら出来ないと来たものだ。

 それが術である以上、限界はあるはずなのだが、この部屋の魔法陣を見る限り期待するわけにはいかない。この魔法陣に街を覆うほどの魔力があるのであれば、俺一人を相手にする魔力などあってないようなものだろう。


 また、オスヴァルトがどちらかというと防御寄りに身構えているのも問題だった。こちらの行動に合わせた対応を取るため、俺は攻めあぐねているのだ。

 オスヴァルトが防御寄りに身構える理由は一つ、相手もそれをわかっているのだろう。

 オスヴァルトは剣を構えながら、にやりと唇の端を持ち上げた。


「どうだ、そろそろ呪いが利いてきたころだろう? その身は鉛のように重くなり、引き裂かれるような痛みを感じるはずだ。時間と共に苦痛は増し、やがては指先一つ動かすことすら構わなくなる。さぞ恐ろしかろう?」


 奴は、俺が呪いで動けなくなるのを待っているのだ。屋敷の外と同様に、この部屋の中にも黒い霧は漂っている。むしろ、部屋の中の方が濃いほどだ。

 この中に長い間留まれば、俺も後ろで倒れているフィリーネと同様、やがては床に倒れ伏すこととなるだろう。

 だが――


「いや、そうでも……ないな! 『石の槍(フェルズ・ランツェ)』!」


 俺は素直な感想を口にすると同時、岩塊を放つ。

 今のところ、俺は自身の体に違和感を感じていない。いつも通り良く動くし、痛みだって感じてはいない。屋敷に入る前、クリスティーネとシャルロットが不調を訴えていたことを思えば、自身でも首を傾げてしまうほどだ。

 だがオスヴァルトはその言葉を強がりだと受け取ったようだ。


「減らず口を!」


 怒気を露わにしながら、黒の長剣を連続で振るう。

 その動きに合わせ、黒い霧が波となってこちらへと押し寄せた。

 眼前に迫る霧の奔流を、俺は左右に素早くステップを踏んで躱す。未だオスヴァルトには近づけないが、距離があれば躱すのはそこまで難しいことではない。


 その俺の動きを見て、さすがに違和感を感じたのだろう。オスヴァルトが憎々し気な表情を浮かべた。


「貴様、何故まだそれほどまでに動ける?!」


「さあね。なんでだろう、な!」


 質問に答える義理はないし、そもそも俺だって理由を知らない。

 それよりも、オスヴァルトが攻撃の手を緩めた今が好機だ。

 一気に距離を縮めて、接近戦で勝負を決める。

 俺はそう決意すると、身体強化をより一段と強くして床を蹴った。


 その瞬間、足元の感覚が消失した。


「げっ!」


 体が斜めに傾き、俺は体勢を崩す。

 目線を斜め下へと移せば、何が起きたかは明白だ。

 俺の右脚は、床を踏み抜いていた。


 考えてみれば当然である。屋敷の中で、身体強化を思い切り掛けて床を蹴ることなど、想定されているはずがない。

 空き家となってどれだけ経つのか知らないが、元々多少は古くなっていたのだろう。俺の脚はそれはもう見事に床に穴を開け、その中に体を沈みこませていた。

 その隙をオスヴァルトが見逃すはずがない。


「『呪刻剣』!」


 オスヴァルトの大振りで、黒い霧が押し寄せる。

 体勢を整える暇も、魔力を練り上げる時間もない。

 俺は回避も迎撃も不可能なことを悟った。

 後は、その一撃を受けても体が動くことを祈ろう。

 それでも、せめてもの抵抗として、ただ魔力を込めて剣を上段から振り下ろした。

 そして、その結果に俺自身が目を丸くすることになる。


 黒い霧が、左右へと切り裂かれた。


「はっ?」


「なっ?!」


 二つに分かれた霧は、俺の体を避けるように走ると中空で力を失う。

 その様子に、オスヴァルトは剣を振り切った態勢のまま絶句していた。

 俺自身、驚きに己の手に握る剣をまじまじと見つめてしまう。一体いつから、俺の剣はこんな芸当ができるようになったというのだろうか。

 鍛冶屋で購入した安物――とまでは言わないが、普通に販売されていた剣にこんな力が隠されていたとは驚きだ。


 だが、これは好都合だ。

 黒い霧が斬り払えるのであれば、接近戦が挑める。大きく回避するしかなかったところへ、自由に動ける選択肢を得た。


「馬鹿な、俺の呪術を斬っただと?!」


 俺は穴から足を引き抜くと、改めてオスヴァルトへと向けて疾走する。

 オスヴァルトはその行く手を阻むように二度、三度と剣を振るい黒い霧を放つ。だが、それも俺が剣を振るえば容易く道を開けた。

 そうしてついに、俺はオスヴァルトの眼前へと辿り着いた。ようやく、俺の剣の届く距離だ。


「何なんだ、貴様は!」


 オスヴァルトが怒りのままに剣を振るう。

 俺はそれが振り切られる前に、己の剣で外へと弾いた。


「言っただろう? ただの冒険者だ!」


 淀みない動きのままに、俺は剣を振り上げる。


「『重剛剣』!」


 両手に全力を籠め、一直線に剣を振り下ろす。

 俺の剣がオスヴァルトの長剣の腹を打つ。

 黒の長剣はバギンという音を立てて根元から折れ砕かれた。


「馬鹿な?!」


 オスヴァルトが砕けた己の剣に視線を落とし、大きく目を見開く。


「終わりだ、『火炎剣』!」


 止めとばかりに、俺は剣に炎を纏わせ、斜めに切り上げた。

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