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97話 呪術師の行方と黒い霧5

 女は軽い調子で己の両足を繋ぐ氷の枷へと剣を振るった。対して力を入れていないように見えるが、結果として氷の枷は容易く割り砕かれる。その衝撃は全体へと広がり、氷の枷は粉々に砕け散った。

 女が自由の身になったことで、先の一撃よりも苦戦することは必至だろう。それでも、女の身を拘束するためには挑まなくてはならない。私は剣を握り直すと、再び女へと向かい駆ける。


「『氷の槍(アイス・ランツェ)』!」


 後方から、シャルロットの放った氷の槍が私の体を迂回し、ローブの女へと疾駆する。


「『残光剣』!」


 それと同時に、私は光剣技を繰り出した。光の粒子を散らしながら、私の振るった剣は正確に女の肩へと向かう。

 魔術と剣術の同時攻撃だ。角度の異なるそれらは、片方が防がれたとしても、もう片方が女の身へ届くだろう。そう思われた。


「ふふっ」


 ローブの女は笑みを見せると、この日初めて身構えた。片足を引き、やや体勢を低くして剣を腰だめに構える。

 そのまま、鋭く剣を一閃させた。

 その一撃で私の剣とシャルロットの魔術、その両者が纏めて弾かれる。その威力に、私はまたもや後方へと吹き飛ばされることとなった。

 すぐに体勢を立て直し、再びローブの女へと挑む。


 それからは、拮抗しているというよりも遊ばれているような時間が過ぎていく。私とシャルロットが休む間もなく剣や魔術をどれだけ繰り出しても、時には弾かれ、時には躱され、女の身には届かない。

 どれだけの時間が経っただろうか。私はすっかり肩で息をしていた。呪いの影響を随分と受けてしまったのか、体が鉛のように重い。剣を持つ腕も、もうしばらくすれば上がらなくなるだろう。


 それに対し、ローブの女の様子には変わりがない。呪いの影響を受けていないとみていいだろう。どのような理屈かはわからないが、オスヴァルトと行動を共に出来るのはそのためだろう。

 最早、正攻法で女を捉えるのは不可能だ。時間が経てば経つほどこちらが不利になる。かと言って、この状況を打開するような妙案もない。

 内心で歯噛みする私の前で、ローブの女はふと屋敷の方を振り返った。


「さて、そろそろ潮時でしょうか」


「潮、時?」


「えぇ、向こうの決着がつく頃でしょう。私はそちらに向かわせてもらいますね」


「行かせない、よ……ジークの、邪魔だけは、させない!」


 女を捕えることは叶わなくとも、この場から易々と逃がすわけにはいかない。女はオスヴァルトの元へと向かうつもりのようだ。そうなれば、今戦っているであろうジークの障害になることは明白だ。

 重い体に鞭を打ち、私は剣を振るう。それでも、その速度は随分と減衰していた。

 鋭さの陰った剣が女に届くはずがなく、いとも簡単に受け止められる。


「放っておいても追ってこれそうにはありませんが、ここは確実にいきましょうか」


 その言葉と同時に、腹部に強い衝撃を受けた。体が宙に浮き、ぶれる視界の中、女の蹴撃を受けたことを悟る。

 肺の中の空気をすべて吐き出し、受け身も取れないまま地面を転がる。手の中の感触が消えたことから、剣を手放してしまったことがわかった。

 そのまま激しく咳き込む。早く動かなくてはと思うのだが、思うように体に力が入らない。


 女の攻撃に、全く反応が出来なかった。今までは手加減をされていたのだろう。

 完全に女の実力を見誤った。

 それでも、私達は女を捕えるために動かなくてはならなかった。

 痛む腹部に手を翳し、治癒術を施す。


「クリスさん! 『氷の槍(アイス・ランツェ)』!」


 シャルロットが魔術を放つ。シャルロットも呪術の影響で苦しいのだろう、膝に手を当て肩で息をしている。

 魔力によって放たれる魔術は体力の影響を受けないが、それでも今まで通用しなかった魔術がローブの女へと届くはずがない。

 女は飛来する氷塊を剣の一振りで軽々と割り砕いた。


「まずは、そちらのお嬢さんから」


 そう口にした女は、瞬きの間にシャルロットへと肉薄した。突然目の前に現れた女にシャルロットは目を丸くするが、それでも迎撃のためにと行動に移した。


「『氷撃剣』!」


 ジークハルト直伝の氷剣技だ。流れるような動作で繰り出されたそれは、日頃の訓練のたまものだろう。

 この戦いが始まって以来、始めてシャルロットが見せた剣技だ。至近距離で放たれたそれは、もしや女の意表を突いたのではないか。

 そんな期待が浮かぶが、女はフードの向こうで笑みを浮かべた。


「まだまだ未熟ですね」


 女はあっさりとその身を躱すと己の剣を振るい、シャルロットの剣をさらに上から叩きつけた。ガシャンという氷の破砕音と共に、シャルロットの剣が地面を叩く。その剣に引かれるように、シャルロットの上体が前へと揺らいだ。

 シャルロットはバランスを崩し、身を躱した女へと無防備な背中を晒す形だ。

 そこへ、上方からの衝撃が襲い掛かった。


 それを成したのは、女の片腕だ。

 ローブの女は剣を持たない空手の腕で、シャルロットの背を勢いよく叩き潰した。

 シャルロットは悲鳴すら上げられず、その小さな体躯を地に叩き伏せられる。


「シャルちゃん!」


 地に倒れたシャルロットは動かない。剣で斬られたわけではないので死んではいないと思いたいが、今のはかなりの衝撃だったはずだ。

 未だ呼吸は整わないが、身体強化を強く掛ければ動くことは叶う。地面に手を突き立ち上がり、左手をローブの女へと向ける。

 そうして魔術を放――


「あなたも、眠っていてね」


 ――とうとしたのも束の間、女の顔が目の前にあった。フードの向こうで、紅玉の瞳が怪しく光る。

 再びの衝撃。

 体が後方へと打ち飛ばされ、胃がひっくり返る。

 それでも歯を食いしばり、涙の滲む視界で前を見据えれば、女がこちらへと高速で接近するのが目に入った。


 大きく振り上げられた腕は、次の瞬間には私の体へと振り下ろされるのだろう。それでも目だけは閉じまいと、反射を示す体を意志の力でねじ伏せる。

 その時、女の跳躍に合わせて風が吹いたことで、ローブの女のフードが大きくめくれ上がった。

 その向こうに隠された、女の素顔が明らかになる。


「あなたは……」


 女の顔に見覚えがあったわけではない。それでも、驚くに足るほどの特徴が、そこにはあった。

 それを口にする前に、私の体を三度目の衝撃が襲う。

 その一撃で私の意識は消――

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