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96話 呪術師の行方と黒い霧4

 ジークハルトを送り出し、私はシャルロットと共にローブの女へと向き直る。私と彼女との距離はそれほどでもない。一呼吸もあれば、肉薄するには十分な距離だろう。

 目の前の女は、先程からどこか掴みどころがない。ジークハルトを素通りさせるあたり、その目的はどういったものなのか。私が剣を向けているというのに、どこか余裕を見せ無防備に佇んでいる。


「それで、あなたは大人しく捕まってくれるつもりなのかな?」


「まさか、でございましょう」


 ローブの女は口元に袖口を当て、クスクスと笑って見せる。黒い霧が周囲に漂い、この緊迫した状況下において、ローブの女の平然とした様子は却って不気味に感じた。


「悪いけど、力尽くで行かせてもらうよ! シャルちゃん、援護をお願い!」


「はい、クリスさん!」


 シャルロットに声を掛けると同時に前へと距離を詰める。その勢いのまま、女の肩を目掛けて剣を振り下ろした。

 それは呪いを受けた身でありながらも、決して鈍い攻撃ではなかった。少なくとも、私は手加減をしたつもりはない。それでも女はフードの向こうで紅玉の瞳を怪しく光らせると、迫る剣の刀身にそっと片手を添えた。

 そのまま軽く押しただけで、私の剣の軌道が逸らされる。そのまま、私の剣は女の隣の空間を切り裂いた。私は自らの剣が空を切ったのを見て目を見開き、素早く女から距離を取る。


 その動きを助けるように、後方から氷塊が飛来した。シャルロットの放った魔術だ。

 それは私の体を避けると、ローブの女へと多方向から向かっていく。

 当たるかに思えたそれを、女はくるりとその場で身を回すことで、いとも簡単にやり過ごした。その最小限の動きは、魔術の軌道を完全に見切っているものだった。


 今の一瞬のやり取りだけでも、女の実力の一端が垣間見えた。私の放った一撃にもシャルロットの魔術にも、彼女は容易く対応して見せた。その余裕のある態度も、無駄のない動きも、その実力の表れだろう。

 すぐに後を追うとジークハルトには言ったが、これは遅くなりそうだ。


「おやおや、無手の私に対して、迷いのない剣ですね」


「大丈夫! ちょっとくらい怪我しても、後で治してあげるから!」


「これはこれは、見かけによらず怖いお嬢さんだこと」


 ローブの女は面白そうに笑みを漏らす。

 だが、仕方がないのだ。相手を無傷で捕えられるほど、私は体術に優れているわけではない。

 もちろん、それなりに鍛えているので武器がなくてもそれなりには戦えるだろう。街の暴漢程度であれば、無傷で潜り抜ける自信はある。


 だが、今目の前にいる相手の実力は未知数だ。今の一当てでもわかったが、全力を尽くす必要があるだろう。それなら、慣れた剣で相手をした方がいい。

 それに、何と言っても私は治癒術が使える。多少乱暴な考えだが、死なない程度に痛めつけて捕まえるのが、多分一番早い。相手はあのオスヴァルトに協力しているような者だ、遠慮など必要ないだろう。


「そうですね、折角ですし、私も剣でお相手しましょうか」


 その言葉の反面、ローブの女は剣など持っていないように見える。剣で相手をするとは、いったいどういう事だろうか。

 短剣でも隠し持っているのかと訝しむ私の前で、女は片手を頭上へと掲げた。

 次の瞬間、空間が裂けた。

 女の掌の上、中空にぽっかりと穴が空いたのだ。

 そこから一振りの剣が現れ、女の手に収まった。


 どこか禍々しさを感じる剣だ。全体が漆黒で彩られており、柄の部分には宝石だろうか、赤い輝きが見える。細身の女に似合わないような、無骨で大きな両刃の剣である。

 その剣が現れた途端、私の全身の毛が逆立つのを感じた。


「それ……なに?」


「おやおや、時空間魔術が珍しいですか?」


 女の言う時空間魔術とは、何もない中空から剣を取り出して見せたものだ。それはそれで珍しいものではある。適性を持つ者が滅多に存在しない、希少な魔術だ。

 その効力は今、女が見せたように固有の時空間から物を出し入れするものである。使い方によっては、巨万の富を得ることも可能だろう。

 その他には、ジークハルトがやって見せたようにマジックバックを作ることも可能だ。ジークハルトも、何れは女がやって見せたようなことも出来るようになるだろう。


 だが、私が気にかかったのはそのことではない。


「そっちじゃなくて、その剣。なんだか、危ない感じがするね」


「これはこれは、良くお分かりで。この剣が何かは……秘密にしましょうか」


 そう言って、女は口元で指を一本立てて見せる。元より、答えを期待していたわけではない。

 とにかく、あまり時間を掛けてはいられない。私達はこの女を捕縛し、ジークハルトの後を追わなくてはならないのだ。少し嫌な予感はするが、前へと進まなくては。

 私は再び剣を構え、ローブの女へと迫る。


「『氷結掌(アイス・グライフェン)』!」


 シャルロットの掛け声とともに、魔力が収束する。

 生み出されたのは氷の枷だ。

 それはたちまちのうちにローブの女の足を掴み、その両足を固く結びつける。

 剣術と言うのは全身運動だ。その両足を封じてしまえば、攻撃力は半減どころではないだろう。


「シャルちゃん、ありがと!」


 後ろへと声を掛けつつ、私は剣を上段から振り下ろす。それに対し、ローブの女は軽い調子で横薙ぎに剣を振るった。

 脚を動かせず、体重も碌に乗っていない剣だ。それに対し、私の剣は十分な速度を威力へと変えている。

 私の剣は女の剣を押し返し、その身へと届かせる、そのはずだった。


 ガツン、という音と共に強い衝撃が返る。

 そのあまりの圧力に、私は後方へと吹き飛ばされた。何とか転倒を避け、足裏で地を滑りながらも体勢を整える。直接打ち合った私の腕は、剣を取り落としそうなほどに痺れていた。

 いったいどれほどの力だというのだろうか。単純な腕力とも、身体強化とも異なるような印象を受ける。これも、この女の持つ特殊な剣の力だろうか。


 一筋縄ではいかないとはわかっていたが、これは想像以上に厳しそうだ。

 冷汗が流れるのを感じながら、私はゴクリと喉を鳴らした。

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