95話 呪術師の行方と黒い霧3
クリスティーネとシャルロットを庭に残し、俺は一人屋敷へと向かう。近づくに連れ、屋敷はますますその大きさを増すようだった。
黒い霧が立ち込める中、ぼんやりと光る一区画が見えた。いくつもの窓が見えることから、あの光が灯っている部屋は大部屋なのだろうと見当をつける。
問題の部屋は二階だ。そこに行くにはどうすればよいだろうか。
この屋敷の規模である。中は相応の広さだろう。そうすると、馬鹿正直に正面から入ったところで、あの部屋へと辿り着くには時間がかかるだろう。
中を探るとしても、明かりは魔術で確保できるとして、内部の構造がわからない。下手を打てば屋敷の中で迷う可能性もある。
そうなれば、取る手段は一つだ。
俺は身体強化に回す魔力を強めると、思い切り地面を蹴って跳躍した。
中空へと身を躍らせ、四肢が風を切る。
浮遊感を覚えながら向かう先には明かりの漏れる窓だ。
衝突の寸前で剣を振るい、そのまま窓を突き破る。
破砕音と共に、俺の体は部屋の中へと吸い込まれた。宙で身体を操作し、軽い音と共に着地する。少し遅れて、割れた窓ガラスが雨のように床へと降り注いだ。
俺はすぐに身を起こし、周囲を確認する。
その部屋は大広間になっていた。大勢の人々が一度に踊れるほどのスペースがある。俺が侵入したのは、その部屋の角に当たる部分だ。
その部屋の中央の床には、魔法陣が刻まれていた。俺が両手を広げた三倍ほどの大きさにもなる、大きな魔法陣だ。ここまで大きな魔法陣を見るのは、初めてのことになる。
そもそも、冒険者は滅多に魔法陣を使用しない。魔法陣は魔術の効力を大きくするために使用されるものだが、いろいろと準備が必要なのだ。一般的には、魔術具の製作者や研究者が使用するものといったイメージである。
その魔法陣の上には、いくつもの魔術具らしきものや魔石が設置されている。それらは、魔法陣に必要となる魔力を供給するためのものだろう。これだけ大きな魔法陣を起動させるには複数人分の魔力が必要なはずだ。
その魔法陣の中心では、胡坐を組んで座る男がいた。
左目に眼帯をした男、オスヴァルトだ。
オスヴァルトは、まるで瞑想でもするかのように右目を瞑り、静かに座っている。
そしてもう一人、その部屋には先客がいた。
魔法陣から少し離れた、俺に近い場所に人が倒れている。俺がこの部屋に侵入したことにも、一切の反応を示していない。
その者の背中には、大きな純白の翼があった。
ピクリとも動かないその姿に、背筋が凍り付く。
「フィナ!」
駆け寄り、膝を付き、抱き起こす。
少なくともまだ温かい。
首筋に片手を添えれば、トクン、トクンと脈打つのがわかる。
顔を寄せれば、浅いながらも呼吸も確認できた。
その様子に、俺はほうと息を吐いた。
良かった、少なくとも生きている。
「ん……ジー、くん?」
フィリーネが薄っすらと目を開け、小さく声を発した。俺は「あぁ」と答えると、外傷の有無を確認する。傷はないようだが、包帯に覆われていないところにも黒い痣が広がっている。呪いの進行が進んでいるのだろう。
「大丈夫か?」
「ごめん、なさい……もう、動けそうにないの」
フィリーネは口を利くのも苦しいと言った様子だ。呪術の影響下から連れ出してやりたいが、それでは時間が掛かり過ぎる。何よりも、俺はここに来た目的を果たさなければならない。
「もう少しだけ、待っていてくれ」
俺は努めて優しく声を掛けると、その場にフィリーネを寝かせてやる。
そうして一歩、オスヴァルトへと足を進めた。
そこに来て初めて、オスヴァルトは反応を見せた。
目を開き、ゆっくりと立ち上がる。
「また一匹、鼠が入り込んだか」
そう言うと、腰から黒の長剣を抜き放つ。
そうしてオスヴァルトは、フィリーネへと嘲るような目を向けた。
「貴様、その女の仲間だな? その白翼を見て思い出したぞ。以前、俺が呪った有翼族だ。愚かにも呪いを解くために俺を探し、その結果こうして死んでいくというわけだ。大人しく田舎に篭っていれば、もう少し長生きできたというのに」
その言葉に、やはりか、と俺は思う。
何があったのかはわからないが、フィリーネは以前にオスヴァルトから呪術を受けたのだ。そして、その呪いを解くためにもフィリーネはオスヴァルトを追っていた。そうして辿り着いたのがこの街、オストベルクだ。
改めて考えれば、オスヴァルトを追う理由は呪術以外にないだろう。フィリーネが呪術を受けているのではないかと思い至るべきだった。
知りたいことは他にもあるが、すべてが終わった後でフィリーネから聞けばいい。今はそれよりも、事態の収束が先決だ。
「戯言に付き合う気はない。オスヴァルト、呪術を解け」
俺の言葉に、オスヴァルトは「ハン」と鼻で笑って見せる。
「断るに決まっているだろう。まさか、この期に及んで話し合いで解決できるなどと思っていないだろうな? 本気でそう思っているとしたら、とんだお笑い種だ。これは戦争なんだ。どちらかが死ぬまで続く、戦争だ。俺を止めたくば――」
オスヴァルトが剣を構え、身を低くする。
それに応じるように、俺も剣を握る手に力を込めた。
「――この俺を、殺してみろ!」
どちらからともなく駆け寄り、両者の距離が零となる。
同時に振るった剣と剣が衝突した。
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