93話 呪術師の行方と黒い霧1
「何があった、セバス。詳しく話せ」
ユリウスの真剣な表情に、「はい」とセバスチャンは答え言葉を続ける。
「街中で黒い霧が発生しております。その影響か、徐々に住民からは体調不良を訴える者が出始めております」
その言葉に、俄かに周囲がざわついた。
オスヴァルトの襲撃を退けたところに、街中で黒い霧が発生した。これまでに判明した情報を照らし合わせれば、その関係性は明らかである。
「オスヴァルトの呪術か……」
「間違いなく、そうでしょうな」
俺もユリウス達と同意見である。オスヴァルトが街中で呪術を使用し、それがオストベルクの住民にまで影響を与えているのだろう。
「範囲はわかっているか?」
「少々お待ちください」
ユリウスの問いに断りを入れると、セバスチャンは大きな紙を取り出した。それを近くのテーブルへと広げて見せる。ユリウスの後に続き、俺達もそちらへと近寄った。
テーブルに広げられた紙は地図だった。オストベルクの地図なのだろうが、生憎と俺達はオストベルクの地理に詳しくない。辛うじて、王都へと行き来する際に利用した街の出入り口がわかる程度だ。
「まず、こちらが現在地です」
そう言うと、セバスチャンは地図上の一箇所に印を付けた。ユリウスは自宅の位置など当然知っているはずなので、これは俺達に向けた説明だろう。どうやらこの屋敷は、オストベルクの街の中央付近、やや北寄りに位置するようである。
続いて、セバスチャンはそれより下、南側に大きな円を描いた。
「この辺りが、黒い霧の出ている範囲になります」
「……広いな」
想像以上の広範囲だ。街の一区画程にもなるだろうか。
しかも、セバスチャンの話では今もなお黒い霧の覆う範囲は徐々に広がっているらしい。やがては、この屋敷も包まれることになるだろう、と。
しかし、と俺は考える。呪術など使用したことなどないため想像に頼る他ないが、どのような術を使用するにしても魔力を消費するはずである。
このような広範囲に、しかも長時間に渡って術の影響下に置くことなど可能なのだろうか。
「ジークハルト殿はどう思う?」
「これだけでは何とも言えないな……」
例えマナポーションで魔力を回復していたとしても、この規模であれば回復よりも消費の方が多いと思われる。このまま時間が経過すれば、それほどの時間も掛からずにオスヴァルトの魔力が底を尽き、やがては呪術が解除されるということも十分に考えられる。
だが、そのように楽観的に考えるわけにはいかない。オスヴァルトは去り際に、最終手段だと言っていた。
おそらく、オスヴァルト個人が持つ兵力にも限界があるのだろう。それを、前回と今回の襲撃で使い切ってしまったのだ。旅の途中である前回の襲撃はともかく、今回の襲撃で兵力を温存する理由がない。
オスヴァルトの手に残ったのは、自身の呪術のみである。その力を用い、ユリウス達を狙ってきたのだ。
これは襲撃とは異なり、確実な手ではない。ユリウス達が黒い霧の届く範囲から出てしまうということも十分に考えられる。それでも実行したのは、それ以外に手が残っていないからだろう。
住民たちに被害を出すことで、領主であるユリウスに打撃を与えるという狙いもあるのかもしれない。そうすると、最悪の場合は街全体を黒い霧が覆い尽くすという可能性もある。
その他にもいろいろな可能性は考えられるが、どれも確証を得られるほどの情報はない。それでも、共通して考えられることがある。
このまま、オスヴァルトを野放しにするわけにはいかない。
「何にしても、オスヴァルトの身柄を抑えるべきだな」
「もっともな意見ではあるが、当てはあるのかね?」
ユリウスの疑問に、俺は腕を前へと伸ばす。そうして、セバスチャンが黒い霧の出ている範囲として示した円をなぞって見せた。
「フィナに呪術を放った時の様子を見るに、呪術も他の魔術同様に指向性は持たせられるのだろう。だが今、霧の広がっている範囲は円形だ。であれば必然的に――」
トン、と円の中心を軽く叩く。
「――円の中心に術者がいるだろう」
もちろん、地図上に手書きで範囲を書き込んでいるために正確ではないだろう。それでも、大体の位置は絞れるはずだ。
「なるほど……セバス、この辺りには何がある?」
ユリウスが問いかければ、セバスチャンは地図を覗き込む。
「そうですね……ここなど如何でしょうか? 庭付きの大きな屋敷で、以前はとある貴族が住んでいたのですが、今は空き家になっているはずです」
そう言って、一軒の屋敷を指差した。あくまで地図上での話になるが、ユリウスの屋敷よりは小さいものの、一般的には十分に大きい屋敷のようだ。
それに加えて、その他の候補となる場所を数ヶ所セバスチャンが挙げる。俺はそれを一つ一つ確認し、その場所を記憶した。
「よし、それなら俺達が確認してこよう」
俺の言葉に、ユリウスが勢いよく振り向いた。
「行ってくれるのか?」
「あぁ、誰かが行かないといけないなら、俺達が適任だろう。放っておくわけにはいかないからな」
ユリウス達が狙われている以上、ここの守りを薄くするわけにはいかない。十分な数の私兵を残す必要があるだろう。
そして、今から他の冒険者を雇い、事情を説明するような時間はない。それよりも、間違いなく黒い霧が広まる方が早い。
そうなれば、一番自由に動けるのは俺達だ。ここに残って私兵達と連携を取るよりも、個別に動く方が動きやすい。
「それに、フィナも心配だ」
オスヴァルトを追って飛び出したフィリーネは未だ戻らない。呪いを重ねて受けた体で、どれだけ無理をしているのだろうか。オスヴァルトの元には辿り着いたのか、もしくは道端で倒れているのではないか。どちらにせよ、早期の救出が必要だ。
「我々の問題に巻き込んですまない。よろしく頼む」
「任せてくれ。クリス、シャル、話は聞いたな? すぐに出られるか?」
俺はユリウスと握手を交わすと、後ろを振り返った。
「任せて、私はいつでも大丈夫! シャルちゃんも、準備はいい?」
「えっと、はい、大丈夫です」
クリスティーネからは力強い肯定が返り、シャルロットからも控えめな頷きが返った。二人とも準備は万端のようだ。
今も尚、黒い霧は広がっているのだろう。行動は早い方がいい。
俺達は後の事をユリウス達に任せると、屋敷を後にした。
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