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90話 貴族令嬢の誕生日パーティ3

 それは異様な光景だった。

 目に入る光景に、俺はしばらく呼吸をするのも忘れていた。明らかに怪しげな人物がそこにいるというのに、周囲の招待客達は彼らが目に入っていないかのようである。

 一瞬、俺は自分の目を疑うが、彼らは確かにそこに存在している。その男達の歩く先にはユリウス家の屋敷、そしてアンネマリー達がいる。

 何はなくとも、確認が必要だ。俺は傍らでぼんやりとしているフィリーネを手招きした。


「フィナ、あれがオスヴァルトで間違いないか?」


「ん~、どこ?」


「あれだ」


 そう言って、男達を指差す。その先を追ってフィリーネが目を細めるが、しばらくして首を傾げた。

 どう見ても周囲から浮いている彼らを見逃すはずがない。だが、フィリーネはわからないといった様子である。まるで――


「まさか、見えていないのか?」


 そうとしか考えられない。フィリーネだけでなく、周囲の招待客も彼らがいないように振舞っていることから、同じように見えていないという可能性がある。

 俺自身、最初は彼らの事が認識できていなかったのだ。どこか違和感を覚え、目を凝らしてようやく彼らの姿を認めたのだった。


「ジーク?」


 クリスティーネの疑問の声を背中に受けながら、俺は駆け出していた。

 あまりにも奇妙な光景に、初動が遅れたのが悔やまれる。男達は、すでにアンネマリーの目と鼻の先だ。

 男はアンネマリーの前で立ち止まると、すらりと黒の長剣を抜き放つ。その光景にも、周囲の者達は気が付いていない様子だ。

 俺は身体強化を全力にし、アンネマリーの元へと駆ける。その様子に周囲の招待客が何事かと目を向けてくるが、気にしている暇はない。


 男が剣を振り被る。

 テーブルを回り込む暇がない。

 俺は一息で跳躍すると、テーブルを一つ飛び越える。

 その勢いのまま、身を低くし地を蹴る。

 そして、男が剣を振り下ろした。


 硬質な音と共に、衝撃が腕を伝わる。

 俺の目の前で、男の剣が止まっていた。男の剣を止めたのは、俺の右手に握る剣だ。

 俺はアンネマリーを左手で抱き寄せ、アンネマリーと男との間に半身をねじ込んだ形である。


「むっ?!」


 俺の前で、男が眉を顰める。まさか邪魔が入るとは思っていなかったという様子だ。尚も男は剣に力を籠めるが、俺の剣が押し込まれるほどではない。


「えっ? えっ?」


 アンネマリーは何が起こったのかわかっていない様子だ。俺の腕の中で、落ち着きなくきょろきょろと周囲を見渡している。そして、目の前に迫る剣を見て、その身を小さく震わせた。


「おい、どうなっている? 気付かれないはずではなかったのか?」


 眼帯の男が声をあげる。それは、男の傍らのフードを被った者へと向けた言葉だった。

 フードを被った人物は、おっとりとローブの袖口を口元へと当てた。この状況にもかかわらず、その仕草からは焦りが微塵も感じられない。


「そうそう見破られることのないはずの術でしたが、『万能』の君がいるのであれば致し方のないことでしょう。ご機嫌よう、『万能』の君。よもやこんなに早く再開することになるとは思いませなんだ」


「……あんたか。俺も、また会うとは思ってなかったよ」


 ローブの者の言葉に、俺は思い出した。この者は、二日前にオストベルクの街でぶつかった女性だ。

 どうしてこんな場所にいるのかはわからないが、眼帯の男と共に来たのだから、その協力者であろうことは明白だ。眼帯の男がアンネマリーの命を狙ってきた以上、俺達にとっての敵である。


「おい、お前がオスヴァルトか?」


「何?! 貴様、どこでその名を!」


 男の特徴とこの状況下から、半ば確信を持って問いかける。問われた男は、その目に警戒の色を強めた。やはり、この男がオスヴァルトで間違いないようだ。


「貴様こそ、何者だ!」


「ただの冒険者だ」


「くっ、やはり護衛を雇っていたか。しかし、まさか隠蔽の術に気付かれるとは」


 オスヴァルトは憎々しげに呟いた。

 一応、護衛を雇っていることは想定していたらしい。まぁ、オストベルクへの移動中にも護衛を付けていたのだから、そう考えるのは当然だろう。だが、その護衛に邪魔をされるとは思っていなかったという様子だ。


 おそらく、オスヴァルト達は闇属性の魔術を使用していたのだろう。闇属性の魔術の中には、他の者たちから気付かれなくなるといったものがある。

 道理で、フィリーネや他の招待客達が反応を示さないわけである。その術があれば、護衛がいたところで関係ないと思っていたのだろう。

 俺が気付けたのは、何故だろうか。可能性としては、俺自身にも闇属性の素質があるためだろう。闇属性の素質を持つ者は少ないと聞くが、俺は『万能』のギフトを持つが故にあらゆる魔術の素質がある。


 俺は腕に力を籠め、オスヴァルトを押し返す。オスヴァルトはその勢いに圧されるように後退すると、ローブの女の隣へと並んだ。

 この頃になると、周囲の招待客達も俺達のやり取りに気付いたようだ。こちらへと目を向け、水面に波紋が広がるようにざわざわと騒ぎが大きくなっていく。


「オスヴァルト、やっと見つけた。もう逃がさない」


 声と共に、俺の隣へと並んだフィリーネが双剣を構える。その視線は鋭く、いつものぼんやりとした様子が微塵も感じられない。

 少し遅れて、同じように剣を持ったクリスティーネとシャルロットが横へと並んだ。


「おやおや、困りましたね。オスヴァルト殿、ここは手筈通りに」


「くっ、娘を人質に取るはずが……だが、ここまで来て退けと?! 手の届く場所に、奴らがいるのだぞ!」


 ローブの女の言葉に、オスヴァルトは反発しているようだ。奴らというのは、ユリウスたちのことだろうか。今までの行動からは、そう推察する他ない。

 だが、オスヴァルトとユリウスたちの間、アンネマリーの前には俺達がいる。騒ぎを聞きつけたユリウス家の私兵達も集まってきているため、オスヴァルトとローブの女の戦闘力がどれほど高かったとしても、辿り着くことは不可能だろう。


「ほらほら、早くせねば引くことすら出来なくなりますよ?」


 ローブの女がオスヴァルトを急かす。その間にも、庭の周囲に配置されたユリウス家の私兵達が集まってきていた。

 オスヴァルトは集まりつつある私兵達へと左右に素早く目線を走らせると、懐へ片手を忍ばせた。


「ちっ……已むを得んか」


 そうして何かを取り出したかと思うと、勢い良く地面へと叩きつけた。

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