9話 素材採取1
冒険者ギルドを後にし、町の外へ出た俺とクリスティーネは、ネーベンベルクの町の南にある森へと向かっていた。
俺自身何度か入ったことのある森は、浅いところであればそこまで強い魔物が出ることもなく、駆け出しの冒険者にはお勧めの場所だ。クリスティーネの実力を測る意味でも丁度いいだろう。
そのクリスティーネはと言うと、町が見えなくなったところで自らに施していた魔術を解除し、隠していた翼と尻尾を現わしていた。
隠す際に言っていたように窮屈だったのか、両腕を天へと伸ばして思い切り背伸びをしている。
「そうだクリス、レベルとギフトを教えてもらえるか?」
森へと足を進めつつ、横目でクリスティーネへと問いかける。
レベルとギフトが冒険者の強さに直結するとまでは言わないが、少なくとも目安程度にはなる。これから共に冒険者として活動するにあたって、どういったことができるのかは予め聞いておいた方がいいだろう。
俺が尋ねるのに対し、クリスティーネは何かを思い出すように遠くを見つめ、顎先に指を当てた。
「えっとね、レベルは15だよ!」
「15か……意外とあるな。というか、俺と一緒か」
俺は内心で驚きながら小さく息を吐いた。てっきり一桁程度だと思っていたのだ。もちろん個人差はあるのだが、レベル15もあればそれなりには戦えるはずである。
もう少し様子を見てからの判断になるが、オーク一匹程度なら倒せてもおかしくはないレベルだ。正直、ちょっと安心である。
「それから、ギフトは『光龍』! 光の龍って書いて、『光龍』って言うんだ」
「『光龍』?」
聞いたことのないギフトだ。少なくとも、『剣士』や『魔術士』などのよく聞くギフトではない。もしや、半龍族のギフトは人族のギフトとは異なるのだろうか。
とは言え、俺は他人のギフトに関してはあまり深く考えたことがなかった。俺の知らないギフトくらい、この世界にはまだまだあることだろう。
では、『光龍』のギフトとはどのようなものなのだろうか。字面からは、光属性の何かだということが推察される。
「クリスはどんなことが得意なんだ?」
「えっと、光属性は中級魔術まで使えるよ! それから身体強化と光剣技、それに火属性と風属性の魔術が少し使えるんだ!」
「……思った以上に器用だな」
このクリスティーネという少女、想像以上にスペックが高い。まだ話を聞いただけだが、素質だけなら十分に冒険者としてやっていけそうだ。
少なくとも、他の職業に就くことと比べても、十分に冒険者に向いていると言える。
後は経験を積んで知識を身に付ければ、冒険者ランクもすぐに俺と同じDランクくらいまでは上がることだろう。
まずは何から教えていこうかと考えていると、クリスティーネがこちらを見上げてくる。
「そうだ、ジークのギフトは?」
「俺か? 俺のギフトは『万能』だな」
特に隠すつもりもないため、正直に答える。俺の答えに、クリスティーネは不思議そうな顔を見せた。
まぁ、俺のギフトも一般的とは言えないものだ。聞いただけでは、どんなギフトなのかわからないだろう。
そう思い、俺はより具体的に説明を続ける。
「今のところ使えるのは身体強化に初級剣技、それから全属性の初級魔術だな」
「全属性?!」
そう言ってクリスティーネが驚いたように目を丸くする。
確かに、全属性の魔術が使えるというのは珍しいことだろう。他に同じような例で言えば、それこそ『賢者』など希少で有名なギフトくらいのものである。
大抵の人間は使えたとしても一つか二つの属性だけで、三つ以上使えるのは『魔術士』のようなギフト持ちだけ、それでも全属性は使えないのだ。
クリスティーネの『光龍』もかなり優秀なギフトであるようだが、俺のギフトはそれに輪をかけて希少だと言える。
「ジークって、すごい人だったんだ!」
「まぁ、便利であるのは否定しないが……」
冒険者を続けるにあたって、この『万能』のギフトはこと戦闘以外では特に役立っている。
なにしろ魔力さえあれば飲み水に困ることはないし、火を起こすための道具も必要ない。
風属性の魔術で周囲の音を拾えば索敵だってできるし、土属性の魔術で椅子や作業用の台だって作り出せる。
たとえ怪我をしたとしても、光属性の魔術を使えば自身を治せてしまうのだ。対応力としてはかなりのものである。
戦闘に於いても、初級魔術が役に立たないというわけではない。昨日オークと戦った時のように、視界を奪ったり隙を作ったりは出来るのだ。
後は身体強化と初級剣技を利用した剣でとどめを刺せばいい。
自分に出来ることを確認していると、ふとギルドを追放となった時にギルドマスターであるヴォルフに言われた言葉を思い出した。
『万能』ではなく器用貧乏だと言われたのは、俺自身否定できないとは思っている。中級剣技や中級魔術を使えなければ、冒険者として上に行くことはできないだろう。
それでも俺は、一流の冒険者になるという夢を諦めてはいない。まだまだ俺はこれからだ。
「中級剣技か中級魔術が使えるようになれば、また話は変わるんだがな」
中級剣技は初級剣技よりも威力のある剣技が使用できる。オークですら、縦に両断できることだろう。
上級剣技にもなると、斬撃が飛ぶとか飛ばないとかいう話だ。最早そこまで行くと、魔術と区別がつかないように思う。
中級魔術は、初級魔術のような補助を目的としたような魔術と異なり、それだけで戦闘の主力にもなり得る魔術だ。オークくらいなら、しっかり狙えば一撃で倒せるだろうな。
多くの冒険者はレベルが10を越えたあたりから使えるようになるという。しかし、適性が多くある者ほど、習得レベルが高いと言われている。
全属性に適性がある俺は、そのせいで未だ中級魔術が使えないでいるのかもしれない。レベルさえ上げれば、俺にも使えるようになると思いたいな。
「それじゃ、たくさん頑張らないとね!」
クリスティーネのやる気は十分なようだ。冒険者になったばかりで張り切っているようだが、怪我をしないようによくよく見ておいた方がよさそうだ。
冒険者がその命を落とすのは、初日が結構多いのである。一人で森などの奥地へと入っていき、そのまま帰ってこないことがよくあるという。
もちろん、俺がついている以上はそんなことにはさせないが。
そうしてクリスティーネと二人で歩いていると、前方に木々が立ち並んでいるのが見えてきた。南の森に着いたらしい。
森と平原の境界線に立ち、奥を見通すように目を細める。針葉樹と広葉樹が混在しているが、どちらかというと広葉樹の方が多いだろうか。
まばらに木の生えた森の中を、木漏れ日が照らしているのが見て取れた。森の中はやや薄暗いが、見えないというわけではない。探索に支障はないだろう。
俺は一度クリスティーネへと目を移す。俺もクリスティーネも、森の中を歩くのには適した長袖の外套に膝下まで覆うブーツだ。
二人とも武器として腰に剣を差しているし、素材を持ち帰る背負い袋も背負っている。
魔術が使用できないような状況に備えて、傷を癒すライフポーションもあるし、マナが尽きた時用にマナポーションもある。森に入る準備は万端だ。
「よし、それじゃ今から森に入るぞ。クリス、覚悟はいいな?」
「もっちろん! ジークに私の実力を見せてあげるわ!」
クリスティーネの様子に緊張は見えない。もう少し注意した方がいいと思うのだが、今日のところはその分俺が警戒するとしよう。
俺は手始めに風の魔術を使用し、周囲の音を拾う。魔物がいれば足音なり、息遣いなりですぐにそれとわかるはずだ。
しかし、魔術の届く範囲には魔物はいないようだった。これは事前に予想していたことである。まだ森の入口であるし、魔物と遭遇するのはもっと奥に行ってからだろう。
それでも十分に周囲を警戒しながら、俺は森の中へと足を進め始めた。