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89話 貴族令嬢の誕生日パーティ2

「それでは皆さん、よろしく頼む」


「あぁ、任せてくれ」


 パーティ会場へと足を運ぶ前に、俺達はユリウス達の元へと足を運んだ。普段とは異なる正装に身を包んだユリウスは、威厳が二割り増しほどに見えた。


「あぁ、そうだ。アンナさん、この度は誕生日おめでとうございます」


 俺はユリウスの隣に立つアンネマリーへと祝いの言葉を口にした。

 本日のアンネマリーはパーティの主役と言うことで、俺達以上に着飾っている。フリルをふんだんにあしらった桃色のドレスは、アンネマリーの可愛らしさに磨きをかけていた。

 俺に続き、クリスティーネ達が三者三様の祝いの言葉を口にすれば、アンネマリーは花が咲いたような笑顔を見せた。


「ありがとうございます。皆さんも、是非パーティを楽しんでいってください」


「あぁ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 二人に別れを告げ、俺達はパーティ会場となるユリウス家の庭へと向かう。

 会場はすっかりと飾り付けられ、多くのテーブルに様々な料理が並べられていた。来客者は既にそれなりの数が見えるが、もう少し増えると聞いている。今は、セバスチャンをはじめとしたユリウス家の執事たちが来客者の対応をしているようだ。


 俺達四人は一塊となり、さりげなさを装って事前に指定されたテーブルへと近寄った。ここからなら、主催となるユリウスやアンネマリーの様子もよく見える。少し距離はあるが、不審な者が近づかないかを見張るには、絶好の場所だろう。

 俺は周囲の様子を気にしながら、こっそりとテーブルクロスを持ち上げた。テーブルの下には予定通り、クリスティーネ達の剣が運び込まれている。これなら何かあったとしても、すぐに武器を取り出せるだろう。


「それでは皆さん、ごゆるりとお楽しみください」


 しばらくして、ユリウスとアンネマリーからパーティ開催の宣言があった。ユリウスとアンネマリー、それにアンネマリーの母親のハイデマリーは揃って会場となる庭の屋敷近くで来訪者の対応をするようだ。

 来客者が次々とアンネマリー達の元を訪れ、挨拶の言葉を交わす。来客者の付き人からユリウス家の執事へと、贈り物が手渡される様子が見て取れた。


 ここからが俺達の仕事である。俺はゆっくりと招待客達の様子を眺めていく。今のところ、一目でわかるような不審者と言うものは見つけられていない。まぁ、あからさまな不審者が紛れていれば、他の招待客達の間でも騒ぎになることだし、他の私兵につまみ出されるだろう。

 招待客達は当然ながら、皆が正装をしている。その中には、俺のような騎士服を身に纏っている男性もいた。また、少数ではあるが人族以外の異種族の姿も見られる。その様子からは、領主であるユリウスの繋がりの広さが窺えた。


「シャル、少し落ち着け。そんなんじゃ、最後まで持たないぞ」


 俺は傍らのシャルロットへと声を掛ける。パーティが始まってからというもの、シャルロットは落ち着きなく周囲をきょろきょろと見渡していた。おそらく、慣れないパーティと言う場で、さらに護衛依頼中ということもあって緊張しているのだろう。

 俺の声に、シャルロットはこちらを見上げ、困ったように眉尻を下げて見せる。


「ジークさん……すみません。えっと、こういう場は慣れていなくって、その、どうしたらいいんでしょう?」


「まぁ、気持ちはわからないでもないが。俺もこんな場は初めてだからな」


 俺自身、こんなパーティに参加するのは初めてのことだ。まさか、自分が貴族の主催するパーティに参加する日が来るとは思わなかった。


「だが、出来るだけ堂々とするんだ。俺達も貴族ってことになってるんだからな」


 このパーティに俺達の知り合いなどいるはずがないが、他の招待客に話しかけられる可能性はゼロではない。もし他の招待客に話しかけられた時のために、俺達には簡単な設定が設けられていた。

 クリスティーネ達女性陣三人は、アンネマリーの友人の貴族と言うことになっている。年齢も近いし、見た目だけで言えば三人ともお嬢様っぽいので傍から見ればそれらしく見えるはずである。

 そして、俺に与えられた役目は付き添いの騎士である。自分ではわからないが、三人が口を揃えて似合っているというので、きっと悪くはないのだろう。


「堂々と……クリスさんみたいにでしょうか?」


 そう言って視線を移すのに釣られ、俺も隣へと目を向けた。


「美味しい! あ、これも美味しい! おぉっ、こっちも美味しい!」


 そこには、テーブルに乗った豪華な料理に舌鼓を打つクリスティーネの姿があった。周囲の様子には目もくれず、次から次へと料理に手を伸ばしている。非常に楽しそうではあるが、目的を忘れてはいないだろうか。

 その隣では、クリスティーネほどの速度ではないものの料理を口に運ぶフィリーネの姿があった。


「クーちゃんは食べすぎなの。でも、確かにこれはおいしいの。これはデザートも楽しみなの」


「クリスはともかく、フィナ。オスヴァルトの顔を知っているのはフィナだけなんだ。頼むぞ」


 そう声を掛ければ、フォークを口に咥えたままのフィリーネが振り向いた。そのままむぐむぐと口を動かし、コクンと喉を鳴らして見せる。


「心配しなくても、ちゃんと見てるの。今のところ、会場にいる人の中にはいないから、安心するの」


 ぼうっとしているように見えたが、一応は役割を忘れていなかったらしい。俺の目から見ても怪しげな人は見つからなかったし、今のところは安心していいだろう。それでも、これから現れるという可能性もあるため、油断は禁物だ。


 そうして警戒する中パーティは恙なく進行し、やがて無事に終わりを迎えた。俺達も他の招待客に何度か話しかけられることがあったが、何とか上手く誤魔化すことが出来た。

 パーティ自体は一段落を迎え、徐々に招待客が帰り始める。いくらかの招待客は、もう少し歓談を楽しむようだ。アンネマリー達も、主催として最後まで残るらしい。俺達の仕事も、残すところあと少しのようだ。


 そんな時、不意にクリスティーネが食事の手を止めた。顔を上げ、きょろきょろと周囲を見渡している。

 その様子を不審に思った俺は、クリスティーネへと声を掛けた。


「クリス、どうした?」


「ジーク……えっと、ちょっと嫌な感じがして」


「嫌な感じ?」


 その言葉に俺も顔を上げ、会場の様子を見渡す。だが、特に先程と変わった様子は――いや、その光景に、俺は内心でどこか違和感を覚えた。

 どのあたりを妙だと感じたのだろうか。俺はもう一度、会場の隅々まで視線を巡らせる。そうして、違和感の正体に行きついた。


 入口の門から少し離れたところを、二人の人物が歩いていたのだ。両者とも、闇に紛れるような黒色の衣を身に纏っている。

 一人は、ローブ姿の細身の人物だ。その姿に、どこかで見たような既視感を覚える。フードを目深にかぶり、男なのか女なのかもわからない。


 そしてもう一人は、外套を身に纏った男だ。腰には剣を吊り下げ、身に纏う服には年季が滲んている。周囲の招待客達が正装を身に纏っているため、その姿はどこか浮いて見えた。

 周囲の様子を気にもせず、正面を見据えて堂々と進むその姿は、まるでこの場の支配者のようだった。

 そして最大の特徴として、男の左目は眼帯に覆われていた。

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