88話 貴族令嬢の誕生日パーティ1
ついに、アンネマリーの誕生日パーティの日がやって来た。その日は朝からユリウス家の者達が慌しく、基本的には部外者の俺達はただ大人しく部屋で待つのみである。
そうして、パーティの時間が近づいた。俺はユリウス家のメイド達に手を借り、宛がわれた部屋でパーティ用の正装に着替えている。
俺に用意されたのは、帯剣していても不自然ではないような騎士風の正装であった。黒を基調とした騎士服は、今までに着たことのないような高級そうな質感をしていた。今までの服との違いに、少々落ち着かない気分である。
体を左右に捻り、肘や膝を曲げ伸ばしして体の動きを確認する。騎士服は俺のために設えたかのように体にぴったりとフィットしており、いつも通りの動きが出来そうだ。余計な飾りなども付いておらず、剣を振るうのにも支障はないだろう。
俺はメイド達に礼を言うと、部屋の外へと続く扉を開ける。そうして目に入るのは、正面の扉だ。そちらの部屋の中では、女性陣三人が俺のようにパーティ用の服に着替えているはずである。
扉をノックすれば、中からメイドの声が掛かる。どうやら、三人とも着替えは済んでいるらしい。そっと扉を開き、部屋の中へと足を運ぶ。
目に飛び込んできた光景に、俺は思わず息を呑んだ。
そこには三者三様の美少女が揃っていた。
クリスティーネが身に纏っているのは、薄灰色のドレスである。ドレス姿でも出来るだけ動きやすいようにと言う配慮からだろう、後ろは通常のドレスのようにくるぶしあたりまでの丈があるのに対し、前側は膝より少し下までの丈しかないというデザインのドレスだ。これなら、普通のドレスを着るよりも足を動かしやすいことだろう。
胸から下しか布に覆われていないために、普段は隠されている二の腕や鎖骨が剥き出しである。輝かんばかりの白い肌が、室内の明かりに照らされていた。
いつもの活発な印象が陰り、その美貌も相まって本当の貴族のお嬢様のように見える。この様子なら、パーティに潜り込んだところで冒険者だとバレることはないだろう。
それに対し、シャルロットが身に纏っているのは、前側もくるぶしあたりまでの丈がある通常のドレスだ。青色を基調とした、ゆったりとしたドレスである。クリスティーネの物と異なるデザインなのは、シャルロットが魔術主体で戦うためだろう。
そもそも、精霊石の事もありシャルロットは胸のあたりを見せるわけにはいかない。少し心配していたが、上手く誤魔化したようだ。
綺麗という印象を受けるクリスティーネに対して、シャルロットは可愛らしく纏まっている。普段に輪をかけて冒険者には見えない様相だ。
そして、最後がフィリーネだ。ドレスの色が白色である以外は、デザインはクリスティーネのものと同じである。いつも緋色の外套を身に纏っていたために、余計に受ける印象が異なる。
少なくとも、見た目は深窓の令嬢のそれである。眠たげな瞳も、見る者には儚げな印象を与えることだろう。実際には、どこかぽやっとしている以外は普通の少女なのだが。
そして今になって、フィリーネが体の複数個所に包帯を巻いていることに気付いた。普段は外套に覆われている個所だ。
俺やクリスティーネが治癒魔術を使えることはフィリーネも知っており、治療を頼まなかったところを見るに怪我をしていると言うわけではないのだろうか。
三人とも、さすがにドレス姿で剣を持つというわけにはいかない。それでは余りにも目立つだろう。三人の剣は、あらかじめ会場に設置されたテーブルの下に隠してもらう手筈になっている。俺達は基本的に、そのテーブルの周囲から動かない方針だ。
「ジーク!」
部屋に入った俺に気付き、クリスティーネが駆け寄ってくる。当然のことながら、所作は普段のクリスティーネそのものである。あまりにも貴族らしくないため、もう少し取り繕わなければ、パーティ会場で不審に思われるかもしれない。
「どうかな、ジーク? 似合う?」
「あぁ、よく似合ってるぞ。すごく綺麗だ」
「本当? 良かった!」
クリスティーネの問いに対し、俺は素直な感想を口にした。似合っている以外の感想が思いつかない。
俺の答えに、クリスティーネはぱっと顔を綻ばせた。それだけで、一段と雰囲気が華やかになる。しかし、これはこれで注目を集めそうで少し心配だ。
クリスティーネはその場でくるりと一回転して見せた。そうすると、輝かんばかりに露わになった背中が目に入る。
「ただ、背中を見せすぎじゃないか?」
「そう? でも、翼が必要になることもあるかもしれないし」
「……それもそうか」
確かに、クリスティーネが翼を出せるようにと考えれば、ドレスの背中は開いていた方がいいだろう。
気を取り直し、俺はクリスティーネの隣へと目を移す。
「シャルも、良く似合ってる。可愛いぞ」
「えへへ、ありがとうございます」
クリスティーネに続いて近寄ってきたシャルロットに声を掛ければ、はにかんだような笑顔を見せた。眺めていると、何となく癒される気分である。
シャルロットはそのままでも、いいところのお嬢様に見えそうだ。この三人の中では、一番お嬢様らしいと言えるだろう。
最後に近寄ってきたフィリーネが、見せつけるようにポーズをとる。
「ジーくんは私の事も誉めるべき。持てる語彙の限りを尽くして私の事を褒め称えるべき」
「そう言われてもな……」
「本物の騎士様なら、それくらい言ってくれるはずなの」
そう言われてみれば、そんな気もしてくるから不思議だ。会場に入るまでに、気持ちだけでも作っておくべきだろうか。
フィリーネを見てみれば、眠たそうな瞳に幾分かの期待の色が見て取れた。仕方ない、あまり柄ではないが、それらしく振舞って見せるとするか。
俺はその場に跪くと、フィリーネの手を取った。
「あぁ、フィリーネ殿。貴方の白糸の髪は美しく、その深紅の瞳はどのような宝石の輝きにも勝るでしょう。その白い肌は活力に満ち、身に纏う純白の衣は貴方の魂の清らかさを表していると言えるでしょう。実に良くお似合いです」
我ながら、歯の浮くような台詞である。自分で言っていて鳥肌が立ちそうだ。あまり、慣れないことはするものではないな。
「えっと、その……さすがに恥ずかしいの」
そう言ってフィリーネは恥ずかしそうに目線を逸らした。その頬には、少々赤みが差している。
「褒めろと言ったのはフィナだろう」
手を放し憮然として言えば、フィリーネは口元に手を当ててクスクスと笑い始めた。意外にも、その笑い方はお嬢様らしいと言える。
そうして腕を持ち上げたことで、腕に巻いた包帯が目に入った。
「それよりフィナ、その包帯は? 怪我をしているなら治療するぞ」
指摘をすれば、向き直ったフィリーネが反対の手で包帯を巻いた腕を抑えた。
「これは……何でもないの。乙女の秘密なの」
「……まぁ、言いたくないなら無理に言わなくてもいいが。治療してほしい時は言うんだぞ?」
「わかったの。その時は甘えるの」
どうにも歯切れが悪い答えだが、フィリーネが言いたくないのであれば無理に聞き出すこともないだろう。本当に助けが必要な時は、きっと自ら話してくれることだろう。もしかしたら、有翼族特有の事情があるのかもしれない。
そうして正装に着替えた俺達は、パーティ会場に足を運ぶのだった。
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