87話 依頼の合間2
俺達は今、オストベルクの街中を歩いている。特に目的があるというわけではなく、今回は単純な観光である。
ユリウス家で朝食を頂いた俺達は、この後どうするかと話し合った。ユリウスから依頼されたアンネマリーの誕生日パーティの護衛は明後日である。それまでは自由に過ごして構わないということで、今日と明日の二日間は丸々空いているのだ。
護衛依頼に支障が出ない範囲で、簡単に狩りにでも行こうかと考えていたところ、クリスティーネが声を上げた。
「ねぇジーク、街を見に行こうよ!」
元々、いろいろなところを見るために半龍族の里を飛び出したクリスティーネだ。それが新しい街に来たとなれば、興味もそそられるものだろう。前回訪れた時は、王都までとんぼ返りしたこともある。
そんなわけで俺とクリスティーネとシャルロット、それにフィリーネも加えて街へと繰り出していた。一応フィリーネにも声を掛けたところ、快く同行を申し出たのだ。
一人で屋敷にいてもやることもないし、街に出ればもしかしたらオスヴァルトを見つけ出すことが出来るかもしれないというのが理由の一端だったようだ。相変わらず体調は芳しくないらしいが、歩けないというほどではないということだった。
「美味しいね、シャルちゃん!」
「本当ですね、甘くて美味しいです」
二人の感想は、手に持つ揚げ団子に対したものだ。俺も食べているそれは、先程クリスティーネが目聡く見つけた屋台で購入したものだった。外側には胡麻があしらわれカリカリとして香ばしく、中はモチモチで中心には餡子が入っている。
俺にとっても甘すぎるということもなく、丁度いい美味しさだ。これならもう一つくらい買ってもよかったかもしれない。
「でも、お昼ご飯が入らなくなっちゃいそうです」
「シャルちゃんはもっと食べないと、大きくなれないよ?」
そう言うと、クリスティーネは新しい揚げ団子にかぶりついた。これで一体何個目になるのだろうか。常人であれば明らかに食べすぎではあるが、クリスティーネなら昼飯もぺろりと平らげてしまうのだろう。
その様子を見て、フィリーネは小さく溜息を吐いた。ちなみに、今日のフィリーネはクリスティーネ同様、背中の翼を隠している。半龍族と異なり有翼族は少数ながら街で見かけることもあるが、フィリーネほど見事な純白の翼は珍しいためだ。
「シーちゃんはそのままでいいの。クーちゃんの基準に合わせたら、お腹がいくつあっても足りないの」
「そう? いっぱい食べられる方が美味しいのに」
クリスティーネは最後の一欠けらを口に放り込むと、両手を軽く打ち払う。
それから突然立ち止まったかと思うと、匂いを嗅ぐように鼻をひくひくと動かして見せる。
「どうした、クリス?」
「いい匂いがする!」
そうしてきょろきょろと周囲を見渡すと、右手方向を見て動きを止めた。さらに魔物を目の前にした時のように目線を鋭くしたかと思うと、カッと両目を見開いた。
「屋台だ! シャルちゃん、行こう!」
言うが早いか、クリスティーネはシャルロットの腕を掴むと、屋台へと猛進を始めてしまう。たった今揚げ団子を食べ終わったばかりと言うのに、何が彼女を駆り立てるのだろうか。
慌てる羽目になったのは、腕を掴まれたシャルロットである。
「わわっ、クリスさん、待ってください!」
「そんなに急がなくても、屋台は逃げないの」
その二人をのんびりとした足取りで追うのはクリスティーネだ。
今日はこのまま、クリスティーネ主導の食い倒れとなりそうだ。依頼をこなすばかりの日々では息が詰まるし、たまにはこんな日があってもいいだろう。
先を行く三人の後を追って俺が踏み出したところで、横から軽い衝撃があった。どうやら、人とぶつかってしまったらしい。
相手は俺よりも少し背の低い、長いローブを着てフードを被った人物だ。衝撃に少しよろけたところへ、咄嗟に手を差し出すことで転倒を防ぐ。
「すまない、大丈夫か?」
「えぇ、お構いなく」
相手は俺の腕を掴み、体勢を整えた。そうして顔を上げたところで、目が合った。
性別は女性だった。引き込まれそうな深紅の瞳を持つ女性だ。フードで大分隠れているが、そこから零れた黒い髪が目に入った。
目が合った女性は、その少し怪しげな印象を与える深紅の瞳を大きく見開いた。
「あら、あなたは……」
「え?」
まじまじと見つめられ、俺は内心居心地の悪さを覚える。じろじろと見られるほどに特徴的な顔をしているつもりはないのだが、何か気になることでもあるのだろうか。
先程食べた揚げ団子のクズでも付いているのかと袖口で口元を拭っていると、目の前の女性が体を起こした。
「すみません、なんでもありませんわ」
「そ、そうか……」
両者の間に、気まずげな沈黙が流れる。女性は口元を袖で隠し、観察するような目を俺へと向けている。
「貴方、この街には何をしに?」
「え? あ、いや、一応仕事で」
「そうですか」
依然として、女性はこちらをじっと見つめてくる。どうにも、その探るような視線が苦手だ。なんとなく目の前の女性から、何か異様な雰囲気を感じるような気がするのは、俺の気のせいだろうか。
「ジーク、早く~!」
遠くから呼びかけられたクリスティーネの声で我に返る。そうだ、三人を待たせていたのだった。俺は吸い寄せられそうな女性の瞳から、強引に目を逸らす。
「すまない、もう行かないと」
「えぇ、それではまたお会いしましょう」
「あ、あぁ」
内心、もう会うことはないだろうがと思いつつ、俺は女性へと軽く頭を下げてその場を離れた。
向こうは何となく俺の事を知っていそうな雰囲気だったが、俺達は初対面のはずである。少なくとも、俺には以前会ったような覚えはない。
それにしても、と三人の方へと足を運びながら軽く俺は首を傾げる。あの女性は、何故俺が別の街からやって来たことを知っていたのだろうか。それを知っているのはユリウス達、依頼の関係者だけのはずである。少なくとも、屋敷の中であの女性にあったことはなかった。
少し気になって後ろを振り返るが、先程の女性の姿はどこにもなかった。
「まさか、ここで彼に会うことになるとは」
独り言ちながら、私は背後を振り返る。人混みの向こう、先程別れたばかりの彼の姿が小さく見えた。
彼と会うのは、もっと先になるはずだった。彼と今日出会ったことがこの先、吉と出るか凶と出るか。それはまだ誰にもわからない。
「まずは、目先の仕事に集中しませんと」
いずれまた、彼とは会うことになるだろう。すべてはそこからだ。
私は前方へと顔を戻すと、頭に被った軽くフードを直すのだった。
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