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86話 依頼の合間1

 カン、カン、と何かを打ち鳴らすような不規則な音が周囲に鳴り響く。朝の冷えた空気の中、金属のぶつかり合う高い音は遠くまで響くようだった。

 俺達がいるのは、オストベルクの街にあるユリウス邸の広大な庭である。昨夜のうちに、早朝訓練など出来る場所はないかとユリウス家の執事であるセバスチャンに問うたところ、庭の使用許可をくれたのだ。


 そういうわけで俺達はユリウスの護衛依頼で到着した翌朝、早速とばかりに早朝訓練に励んでいるのである。ここ最近は護衛依頼で街と街の間の移動ばかりをしていたため、しっかりとした訓練に時間を充てるのは久しぶりの事である。

 初めに行ったのは、基礎体力作りだ。効果は地味だが、ここを怠るわけにはいかない。筋力も体力も、いくらあっても不足するということはないのだから。


 軽く汗を流して少しの休憩を挟んだ後、今俺は庭の丁度中心あたりで刃先を潰した訓練用の剣を構えている。対峙するのは緩くウェーブのかかった、透き通るような水色の髪を持つ少女、シャルロットだ。

 シャルロットは俺の持つものよりも少し小振りな剣を両手で構え、少し腰を落としている。訓練とは言え、その瞳は真剣そのものだ。


「やぁっ!」


 掛け声と共に、シャルロットが剣を斜めに振り下ろす。俺はその剣の軌道に合わせるように握った剣の刀身を動かす。剣と剣とがぶつかり合い、また一つ、金属音が辺りへと鳴り響いた。

 それから、連続的に剣が振られる。右へ左へと振られるそれらを、俺は的確に受け止めていく。そのまま打ち合いながら、俺はじりじりと後退していく。


 そうしてしばらく打ち合ったところで剣を弾くと、一度大きく距離を開ける。続いて、今度は俺から剣を振るった。右、左と交互に剣を振るえば、先程の裏返しのようにシャルロットが手に持つ剣で防いで見せる。

 共に無言で剣を打ち合うこと一時、何度目かの打ち合いを終えたところで、俺は剣を下ろした。


「よし、このくらいでいいだろう」


 このあたりが切り上げ時だろう。俺自身にはまだまだ余裕があるものの、シャルロットは基礎体力作り後の剣術訓練とあって、かなり疲れが溜まっていそうだ。


「はぁ、はぁ、ジークさん、どうでしたか?」


「少し間が空いたが、ちゃんと覚えているようだな。確実に良くなってるぞ」


 息を整えながら声を掛けるシャルロットに、俺は素直な感想を口にした。

 シャルロットがパーティに加わってからというもの、今日のような早朝訓練は頻繁に行っている。以前から訓練は行っていたのだが、そこにシャルロットの剣術指南が加わった形だ。

 久しぶりの訓練だが、シャルロットは以前教えたことをしっかりと覚えていたらしい。まだまだ発展途上の段階だが、確実に進歩が見られた。後は、ゴブリンを始めとした魔物相手に実戦経験を積むと良いだろう。


「本当ですか! えへへ」


 シャルロットがはにかんだような笑みを見せる。労うように頭を撫でれば、手の感触を味わうように目を細めた。うむ、シャルロットは今日も実に可愛らしい。


「ジーク、終わった?」


 少し離れたところで、一人素振りをしていたクリスティーネが駆け寄ってくる。俺がシャルロットの剣術指南をしている間、クリスティーネは今のように一人で素振りをしているか、剣術指南の様子を眺めていることが多い。


「あぁ。今日も手合わせするか?」


「うん、やろう!」


 シャルロットへの剣術指導の後は、俺とクリスティーネで手合わせをするのが恒例だ。シャルロットとしたような交互に打ち合うようなものではなく、軽く身体強化を使った実戦形式の試合である。

 クリスティーネは冒険者となる以前から半龍族の里で剣術を覚えていたために、俺と張り合うくらいには腕が立つ。それでも実戦での経験の差か、今のところは俺が勝ち越していた。冒険者の先輩として、クリスティーネに負けるわけにはいかない。


 そうして、俺とクリスティーネは庭の中心あたりで向かい合う。シャルロットは邪魔にならないよう、少し離れた場所で待機だ。

 お互いに剣を構え、どちらからともなく駆け寄り剣を振るう。両者の剣がかち合い、先程の剣術指南の時よりも大きな音があたりに響く。

 そこから先の打ち合いは、完全なる即興だ。


「やっ!」


 先に仕掛けたのはクリスティーネだった。彼我の距離を瞬時に詰めると、右手で鋭い刺突を放つ。クリスティーネの振るう剣速は、日に日に鋭さを増しているように見える。

 狙いは俺の左わき腹だ。身体強化もあるし、訓練用の剣なので刺さりはしないだろうが、当たればものすごく痛いだろう。

 当然、無防備に受けるわけにはいかない。俺は右手の剣を掬い上げるように振るい、迫る剣を上へと弾く。


 弾かれることも想定済みだったのだろう。クリスティーネは弾かれた剣を瞬時に引き寄せると、今度は横薙ぎに剣を振るった。

 剣を振り上げていた俺は、そのままの体勢で剣を振り下ろし、身に迫る剣を叩き落とす。クリスティーネの剣は地面へとめり込み、大きく体勢を崩すこととなる。


 その隙を狙い、今度は俺が横薙ぎに剣を振るった。届くのではないかと思われた剣は、クリスティーネの強引なバックステップにより空を切ることとなる。身体強化がなければできない芸当だ。

 それでも、さすがにクリスティーネはバランスを崩していた。そのふらつく体へと、俺は地を蹴り低く迫る。


 そこから先は剣と剣との応酬だ。段々と、互いの剣速が加速する。どちらかというと俺の攻め手が優勢だが、小さな隙間を縫ってクリスティーネも斬り返してくる。

 力で優っている俺は、最小限の足捌きだ。大きく動かず、その場にどっしりと構えて剣を振るう。

 対するクリスティーネは、細かなステップを踏んでこちらを翻弄してくる。多角度的に振るわれる剣筋は、どれも対処が難しい。


 しばらく攻防は拮抗していたが、徐々にクリスティーネに疲れが見えてきた。元々の体力にも差があるが、俺が最小限の動きに止めているのに対し、クリスティーネは大きく動いているのだからそれも当然である。

 少し動きの鈍ってきたところで剣を大きく弾き、今日一番の鋭さで以て首筋へとピタリと剣を突きつけた。


「取った」


 一言告げ、小さく笑う。

 勝敗は決した。


「う~、また負けた~」


 クリスティーネは脱力すると、その場に腰を下ろして足を投げ出した。後ろ手で体を支え、息を整え始める。


「クリスティーネも強くなってるが、それは俺もだからな」


「むぅ、次は負けないんだから」


 クリスティーネは唇を尖らせている。クリスティーネも日に日に強くなっているのだが、俺にも男としての意地がある。簡単に負けるわけにはいかない。


 俺も息を整えていると、屋敷の扉が開いて中からセバスチャンが姿を現した。そのまま、こちらへと歩み寄ってくる。


「おはようございます、皆さん。そろそろ朝食の時間ですが……その前に、汗を流されますか?」


「おはよう。そうだな、風呂場を借りられるとありがたい」


 訓練を切り上げるのにも丁度良い時間である。この薄汚れた姿で、貴族の朝食の席に着くのは不味かろう。いつもなら体を拭くくらいで済ませているが、湯を借りられるのであればそのほうがいいだろう。

 そう考える俺の前で、先程までの不服そうな顔はどこへやら、俄かに目を輝かせたクリスティーネがいた。


「ご飯の時間!」


「そうだな、だがその前に風呂だ」


 そう言うと、俺はクリスティーネが立ち上がるのに手を貸すのだった。

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