83話 護衛依頼と襲撃者6
「何かわかりましたか、ジークさん?」
おずおずと言った様子で声を掛けてきたのは、緩くウェーブのかかった透明感のある水色の髪の少女。宝石のような水色の瞳にやや不安げな色を滲ませている小柄なパーティメンバー、シャルロットだった。
その手には、まだ湯気の立つ杯を持っている。どうやら、夕食後に振舞われた茶を手にここまで来たようだ。
俺はシャルロットが座れるよう、隣に土の魔術で椅子代わりの岩を生成する。そうして岩を軽くトントンと叩けば、シャルロットはその場へと腰を下ろした。
「やはり、あの黒い霧は呪術で間違いないだろうな」
俺は手元にある本を見下ろしながらそう口にした。昨夜にも目を通した、呪術に関して記載された本である。
今日の昼間、男達を襲った黒い霧を見た時点で、フィリーネからは呪術に間違いないという話を聞いていた。オストベルクでハイデマリーから聞いた、ユリウス家に連なる者たちを襲った男が操っていたという、黒い靄のようなものと同じものだろう。
呪術のような希少な力を持つ者が、そう何人もいるとは思えない。襲撃者の男達を殺したのは、間違いなくオスヴァルトだろう。
襲撃者達を殺した理由は、やはり口封じだろうか。状況から見ても、それ以外には考えられない。
「呪術ですか……怖い、ですね」
「そう、だな」
両手で茶の入った杯を抱えたシャルロットが、俯いて小さく溢した。俺はそれに、短い言葉を返す。
シャルロットの言う通り、恐ろしい力だと思う。あんな風に、自らの姿を現さないまま、容易く何人もの命をいとも簡単に奪ってしまうような力だ。そんな相手を敵に回しては、命がいくつあっても足りないように思えてくる。
しかし、関連書を読むことで、少しはわかってくることもあった。
「だが安心しろ、シャル。いくら呪術と言っても、人を殺すのはそう簡単なものじゃないみたいだ」
「どういうことですか?」
小首を傾げ、素直に疑問を口にするシャルロットへと、俺は軽く説明をする。
昼間、襲撃者が殺された時のように、姿も見えない遠隔から呪術で人を殺すのであれば、事前準備として先に術を掛けておく必要があるそうだ。その術を掛けるには、いろいろと手間がかかるらしい。
襲撃者の男達は、前もってその術を掛けられていたらしい。男達の最期の様子を見るに、そのことでオスヴァルトに脅されていたのではないかと言うのが俺の見解だ。例え脅されていたとしても、俺達の命を狙ってきた以上は返り討ちにしたことに後悔はないが。
どちらにせよ、ある程度気を付けていれば、突然呪殺されるということはなさそうだった。第一、簡単に呪い殺せるのであれば、襲撃者達と一緒に俺達も殺されていたことだろう。
だが、俺達は殺されなかった。そのことが結果的に、呪術で人を殺すには何かしらの条件があることを明示している。依然として警戒は必要だが、必要以上に怯える必要はない。
そのことをシャルロットへ告げれば、安心したように一つ息を吐いた。その小さな体からも、少し力が抜けたようだ。
「それなら、良かったです……あの、ジークさん」
「どうした?」
俺の問いに、シャルロットはやや躊躇いがちに上目でこちらを見上げてきた。
「私、お役に立てたでしょうか?」
自身なさげに発された言葉に、俺はたまらず微笑を漏らす。そうして軽く片手を上げ、シャルロットの頭へとゆっくり乗せた。
シャルロットは一瞬ぴくりと肩を跳ねさせ、きゅっと両目を瞑って見せた。それでも嫌がる素振りは見せず、またゆるゆると両の瞳を開く。
「もちろんだ。ユリウスさんを、よく守ってくれたな」
襲撃者が馬車の扉に手を掛けた際、俺からはまだ距離があった。他の私兵達についても、自分のことで精一杯だったはずだ。
シャルロットが氷壁で守らなければ、襲撃者の刃がユリウスまで届いていた可能性は十分にある。そのことを考えれば、シャルロットの行動は迫る襲撃者を打ち倒し、後続の追撃まで防いだのだから最適だったと言っていいだろう。
俺が出来るだけ優しく頭を撫でれば、シャルロットは俺の手の感覚を確かめるように目を閉じ、小さくその身を震わせた。
互いに少しの間、無言でいたが、しばらくしてシャルロットが再び口を開いた。
「でも、少しやりすぎてしまったかもしれません」
「ん、そうか?」
「はい、加減を誤ってしまったみたいで……あそこまで大きくするつもりはなかったんですが」
確かに、シャルロットの生み出した氷壁は馬車の高さにもなる大きなものだった。襲撃者の接近を阻むだけであれば確かにもう少し小さなものでよかったかもしれないが、俺としては攻守一体となった見事な魔術だったと思う。
「それに、人を吹き飛ばしてしまいましたし……」
襲撃者を空へと打ち上げてしまったことを、シャルロットは少し気にしているようだ。魔物と違って人間を相手にするのは、確かにあまり気分がいいものではない。俺達のように剣で相手をするより幾分マシかもしれないが、魔術で攻撃するのも気が引けるのだろう。
だが、冒険者が護衛依頼を受ける以上、こういった事態にはこの先も遭遇するだろう。冒険者でなかったとしても、盗賊などに襲われれば身を守るために反撃するのは当たり前である。
特に、氷精族であるシャルロットは他人に狙われる確率が普通の人間よりもずっと高いのだ。進んで傷つけろなどと言うつもりはないが、出来ればシャルロットには今回の事で委縮せず、自分の身を守るためにも人を攻撃することに臆さないようになってほしい。
俺はそのようなことを考えながら、殊更明るい声を掛ける。
「気にする必要ないぞ。シャルロットの魔術では死んでなかったんだし。第一、襲ってくる向こうが悪いんだからな」
「そう、ですよね」
口調では同意を示しているが、シャルロットはまだもやもやとしたものを抱えていそうだ。ただ、こればかりはシャルロット自身が割り切るしかない問題だろう。俺に出来るのは、シャルロットの話を聞いてあげることくらいだろうか。
しばらく静かに茶を飲んでいたシャルロットは、カツンと音を立てて杯をテーブル代わりの岩へと置いた。そうして、改まったように俺の方へと向き直る。
「ジークさん、呪術について教えてくれて、私のお話も聞いてくれて、ありがとうございました」
「話くらい、いくらでも聞くさ。と言っても、今日はそろそろ寝る時間か?」
気が付けば陽は落ち、周囲は大分暗闇に包まれている。今は旅の途中であり、街中と違って周りには灯りなどもないのだ。日の出と共に起床し、日の入りと共に就寝するため、見張り以外はそろそろ寝る時間だ。
「はい、明日もありますし……それではジークさん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
馬車の車内へと消えていく小さな体を、俺は静かに見送った。
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