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82話 護衛依頼と襲撃者5

「よし、これで大丈夫なはずだ」


「ありがとうございます」


 私兵からの礼に、俺は片手を軽く上げて応えた。たった今、襲撃者によって怪我をした私兵を光の魔術で治療し終えたところだ。

 黒衣の男達の襲撃では、幸いなことに俺達の中に死者は出なかった。重症だったのが俺の治療した私兵一名で、軽傷を負ったのが私兵三名、それにフィリーネだ。軽傷だった者達は、クリスティーネの手によって治療が施されている。


 俺自身もそうだが、クリスティーネも戦いの直後にもかかわらず、まだまだ体力が余っているようだ。それでも、運動して少々小腹が空いたのか、俺の隣でどこかから取り出した干し肉を齧っている。

 馬車の車内にいたシャルロットは、護衛依頼の依頼主であるユリウスと同様に、傷一つなく服装に乱れもない。今は俺の背中に隠れ、怖々と顔だけを覗かせている。

 襲撃者相手に少々苦戦を見せていたフィリーネは、クリスティーネの治療もあって今ではすっかりいつもの通りだ。眠たげな赤い瞳で、ぼんやりと空を見上げている。


 仲間達の様子を確認し、俺は正面へと向き直った。

 俺達の目の前には、縄で拘束された襲撃者達の姿があった。その数、全部で六名である。どの者も体のどこかしらに傷があり、肩で息をしている。手加減はしなかったし、当然のことながら治療など施していないため、戦いから少し経過した今でも、相当辛いはずである。


 他にも十名余りの襲撃者がいたのだが、何れも戦いの中で命を落としていた。相手も殺す気で来ていたのだし、襲撃者達を殺したことに後悔はない。もちろん、あまりいい気はしないのだが。

 命を落とした襲撃者達は、今は少し離れた場所に並べられている。後ほど、埋葬してやる必要があるだろう。こちらの命を狙ってきた者達だが、野晒しと言うのはさすがに可哀相である。


「どうだろう、ユリウスさん。この男達に、見覚えは?」


 俺は男達から、傍らに佇むユリウスへと目線を移し問うた。ユリウスは片手を顎に当て、やや前のめりになって男達の顔を注視する。端から端までゆっくりと眺めた後、ユリウスは静かに首を横に振った。


「いや、見覚えはないな」


 おそらく襲撃者達の目的であろう、ユリウス自身には心当たりがないらしい。まぁ、男達はどこにでもいる普通の人間に見えるので、例え顔を合わせたことがあったとしても覚えていない可能性はある。

 続いて、俺はもう一人の手掛かりへと目を向けた。


「フィナ、どうだ?」


 オスヴァルトの特徴として左目に眼帯をしていると聞いているが、外している可能性も十分に考えられる。それでも、オスヴァルトの顔を知っているというフィリーネであれば、この男達の中にオスヴァルトが含まれているか見極めるのは容易であろう。

 フィリーネはぼんやりと男達の顔を眺めた後、ゆるゆると左右に首を振り、その綿のような白い髪を揺らした。


「んん、いないの。もちろん、あの中にも」


 「あの中」と言ってフィリーネが指差したのは、命を落とした襲撃者達が寝かされている方向だ。少なくとも、既に殺してしまったということはないらしい。


「さて、どうするべきか」


 呟き、俺は腕を組む。

 男達の中にオスヴァルトはいないようだが、まだ無関係とは言えないだろう。オスヴァルトの関係者かどうかを問えばいいのだろうか。それとも、襲撃の目的を聞くのが先だろうか。


 第一、問うたところで素直に話すという保証はない。素直に話せば治療してやるとでも言えば、口を開くだろうか。

 いや、そもそも俺達の仕事は護衛であって、尋問までは入っていない。かと言って傍観するというのもどうなんだろうか、などと考えていると、セバスチャンが男達へと一歩踏み出した。そうして軽く膝を折り、男達と目線を合わせる。


「あなたたちの、襲撃の目的を教えてください」


 冷たさを感じさせる、平坦な声だった。口調は丁寧なものなのに、却って脅しているように感じる。

 俺の位置からはセバスチャンの表情は見えないが、男達ははっきりと目にしたようだ。顔を青褪めさせ、怯えたように体を仰け反らせている。


「い、言えねぇ!」


 男の一人が、そう口にした。他の男達も、それに同意するように首を縦に何度も倒している。

 セバスチャンは変わらない口調で「そうですか」と言うと、さらに告げる。


「では、オスヴァルトと言う男を知っていますか?」


 セバスチャンがその名を挙げた途端、男達は体を僅かに跳ねさせた。さらに、見るからに動揺した様子で落ち着きなく、ふらふらと目線を彷徨わせる。


「し、知らねぇ!」


 先程とは別の男が答えるが、何かしらの係わりがあるのはその様子からも明白である。

 セバスチャンは「ふむ」と顎に片手を当て、何事かを考えているようだ。俺は問答をセバスチャンへと任せ、その様子を見るに留めた。

 そうしてしばらく、セバスチャンが再び口を開く。


「では、こういうのはどうでしょうか。貴方達は貴族であるユリウス様を襲いました。通常であれば、死罪は免れません。けれど、すべてを話すというのであれば、命だけはお助けしましょう」


 それで良いのかと思っていれば、セバスチャンは「構いませんね、ユリウス様?」と問い、ユリウスはそれに了承を返すのだった。

 セバスチャンの言う通り、普通に考えれば男達は死罪となるところだろう。命だけは助けると言っても、犯罪奴隷となって過酷な労働が待っているはずだ。それでも、死んでしまうよりは幾分かマシだと思う。


 セバスチャンからの提案に、男達は迷いを見せた。どうするべきかと、互いの顔を見合わせている。

 それでも男達が口を割らないのを見て、セバスチャンは小さく「何なら、先着一名とでも付け加えましょうか」と呟いた。

 それを聞いてか、男達は俄かに騒ぎ出した。


「おい、もう言ってしまっていいんじゃないか?」


「だが、その後奴に何をされるか……」


「元より、奴に従う理由なんかないだろう! こいつらもある程度は目星をつけているようだし、俺は言うぞ!」


 そう言って、セバスチャンの目の前の男が意を決したように顔を上げた。


「俺達は――」


 そこから先の言葉は続かなかった。


 突如として、目の前の男達の体が黒い霧に包まれたのだ。


「何だ?!」


 驚きながらも、俺は即座に腰の剣を抜き放つ。それから護衛対象を守るべく動こうとしたが、そちらはいち早くセバスチャンがユリウスを黒い霧から遠ざけていた。

 それならばと、俺は先程から俺の後ろに隠れていたシャルロットを後ろ手で庇いつつ、黒い霧へと剣先を向けたままじりじりと後退した。


 男達の体を包み込んだ黒い霧は、そこから膨れるでもなく、その場に漂っている。その内側は完全なる闇で、中の様子を見通すことはできない。

 霧の正体がわからないため、無闇に近寄ることもできない。俺達はただ、遠巻きに警戒することしかできなかった。


 ゆっくり十ほど数えた頃だろうか。出現した時と同様に、黒い霧は何の前触れもなく霞のように消え去った。後に残されたのは、依然として縄で縛られた男達の姿だ。男達は目を見開いたまま、折り重なるようにして倒れている。

 尚も警戒を解かずに剣を構えたまま、俺は男達へと注意深く近寄った。男の一人を剣先で突いてみるが、何の反応も帰らない。

 顔を近付けて男達の様子を確認すれば、男達の瞳は既に光を映していなかった。

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