80話 護衛依頼と襲撃者3
問題が起きたのは護衛依頼の二日目、その昼過ぎの事だった。
「ジークハルト様、少々よろしいでしょうか?」
最早定位置となった馬車の後部に腰掛け、足をぶらぶらさせていると御者を務めているセバスチャンから声が掛かった。
俺はその場に素早く立ち上がると、軽く両膝を曲げる。それを一気に伸ばして跳躍すると、軽い音を立てて馬車の屋根へと飛び乗った。車内の者達のためにも、出来るだけ音を立てないようにという配慮も忘れない。
そうして姿勢を低く前方へと目を向ければ、声を掛けられた理由はすぐに分かった。馬車の進む方向、街道の延長線上に、なにやら黒い人影らしきものがいくつも見える。このまま進めば、間違いなくあの集団に行き当たることになるだろう。
「あれか」
「えぇ、ジークハルト様であれば確認ができますね?」
「任せてくれ。『遠見』」
魔力を集めて光の魔術を唱えれば、遠くの景色がはっきりと目に入った。
前方にいたのは、二十人程の男達だ。揃えたように黒っぽい上下の服を身に纏い、手に手に武器を持っている。そして、全員が顔を隠すように、鼻から下を布で覆っていた。
明らかに、盗賊といった雰囲気漂う怪しげな風貌の集団である。狙いが俺達なのかは定かではないが、この見晴らしのいい平原で待ち伏せるようにいたのだ。警戒するに越したことはないだろう。
何かわかることはないかと端の者から見てみれば、集団の丁度中央あたりの人物がなにやら筒状の物体を目に当てているのが見えた。あれは、遠見の魔術と同じような効力を持つ魔術具のはずだ。
俺達があの集団に気付いたということは、あの集団からも俺達の馬車が確認できるという事でもある。あの魔術具を持っているのなら、馬車の様相から貴族が乗っているということは向こうもわかっていることだろう。
「これは、もしかしたら本命かもしれないな」
「ジークハルト様は、あの者達がオスヴァルトの手の者かもしれないと?」
「そう考えておいた方が、出遅れることもないだろう」
オストベルクの街で起こった被害について、規模だけで言えばどれも小規模なものである。そのため、オスヴァルトが単独で動いているのかとも思っていたが、複数犯と言うことも十分に考えられる。
もちろん、目の前の集団がオスヴァルトとは何の関係もない野盗ということも考えられる。集団を一通り眺めてみたものの、眼帯を付けたものは一人もいなかったのだ。とは言っても、警戒は必要な相手である。
「セバスさん、どうする? 迂回して、追ってきたとしても相手は徒歩だ。馬を走らせれば、追いつけない可能性もあるが」
「いえ、それはどうでしょう。身体強化によっては追いつく可能性も考えられます。それよりも、今は情報が欲しいところなので、出来れば何人か捕えたいところですが」
「あの人数だからな。相手をするとなると、骨が折れそうだ」
あちらの人数は、こちらの倍ほどになるのだ。もし戦うとなれば、一人につき二、三人を相手することになる。実力の程は分からないが、苦戦するのは間違いないだろう。
だが、迂回して逃げたところで、夜通し進むわけにはいかない。夜襲の危険性を考慮すれば、ここで叩く方が安全か。
「さて、馬鹿正直に突っ込む必要もないでしょう。この辺りで、相手の出方を待ちましょう」
セバスチャンはそう言うと、その場で馬車を停車させた。前方の集団までは、まだ十分に距離がある。街道が開けているがために、奇襲の心配をする必要がなかったのが幸いである。
馬車の脇を固めていた四人の私兵も、馬から降りて腰の剣へと手を掛ける。こちらから攻め込むのであれば、馬に乗ったまま突っ込む方が攻撃力の点だけで言えば上なのだろうが、護衛対象から護衛が離れては本末転倒である。護衛の点だけで言えば、馬から降りたほうが小回りが利くのだ。
そうして待ち構えていると、前方の男達に動きがあった。中央で魔術具を使用してこちらを見ていた男は、魔術具を懐に仕舞うと左右の男達に指示を出す。それから、男達は左右に広がってゆっくりとこちらへと向かってくる。
あちらは馬車を襲う気があるとみて間違いないだろう。俺は馬車の上から飛び降りると、車内へと続く扉を軽く叩いた。すぐに扉が開けられ、車内からクリスティーネが顔を見せる。
「ジーク、何かあった?」
「あぁ、盗賊か何かはわからないが、怪しげな集団が接近中だ。おそらく、戦闘になるだろう」
「わかったわ!」
言うが早いか、クリスティーネが車内から外へとその身を躍らせる。両足で着地し、思い切り背伸びをする姿からは緊張の色は見て取れなかった。そのいつも通りの姿に、却って安心する。
続いて、フィリーネも外へと歩み出た。いつも通り、その緋色の目を眠たげにやや細めている。
「フィナ、行けるか?」
「ん、ちゃんと働く。一人か二人くらいなら、大丈夫」
未だ体調は万全ではないというフィリーネだが、それでも多少の戦闘は出来るようだ。戦力はいくらあっても足りないので、素直に参戦してもらおう。
さらに、フィリーネに続いて車外に下りようとするシャルロットだったが、俺はそれを押し止める。押し止められたシャルロットは、困惑したような表情を浮かべた。胸の前で、きゅっと両手を結んで見せる。
「ジークさん? あの、私だって戦えます」
「わかっているさ。ただ、シャルはここでユリウスさんについていてもらえるか? 護衛対象の傍に、誰もいないというのは避けたい。それで、出来れば馬車の窓から魔術で狙ってくれると助かる」
「わ、わかりました、やってみます」
やや不安げな表情に決意を滲ませ、シャルロットが頷きを見せる。俺は安心させるように、ぽんぽんとその頭を軽く叩いた。
「ジークハルト殿、そうすると私も車内にいたほうがいいかね? これでも、少しは戦えるつもりだが」
車内に残る最後の一人、ユリウスが声を掛けてきた。己の手に持つ剣を見せつけるように、こちらへと少し持ち上げて見せる。
俺はそれに対し、片手を上げて掌を向けた。
「いえ、ユリウスさんは護衛対象なので、ここで待っていてください」
さすがに、護衛対象自ら戦わせるわけにもいかないだろう。戦闘が始まれば、ユリウスをフォローするほどの余裕が俺達にあるとは思えない。いくら怪我をしても魔術で治せるとは言え、怪我をさせないに越したことはない。
そうしてシャルロットとユリウスを馬車に残し、俺はクリスティーネとフィリーネを伴って馬車の前方へと歩み出た。馬車の周りは、セバスチャンと四人の私兵が固めている。後は、どれだけ馬車に近づかせないことができるかだ。
やがて、黒衣の男達が半円状に俺達を含めて馬車を取り囲んだ。
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