78話 護衛依頼と襲撃者1
オストベルクを発って三日目の夕方、俺達は王都へと帰り着いていた。道中では特筆すべきトラブルなどは何もなく、時折商人と思しき馬車と擦れ違うことがあったくらいである。
王都へと辿り着いた俺達は、御者を務めるセバスチャンの進めるままにユリウスの屋敷を訪れていた。一刻を争うというほどの緊急性はないものの、話をするのは早い方が良いだろう。そのまま、王都を発つまでは屋敷に泊まるようにと言われている。
セバスチャンは屋敷の正面で門を守る私兵と少し言葉を交わし、馬車はそのまま屋敷の裏手へと回っていく。数日前に王都を発った時のように、裏手に馬車を止めるのであろう。
俺は馬車の後部で揺られながら屋敷へと目を向ける。何度見ても大きな建物だ。外観にこれといった変化はなく、門での私兵の対応を見るに、特に大きな問題は起きていないようである。
裏門から敷地へと入り、屋敷の裏口付近で馬車が止められる。俺は馬車の後部から地面へと降りると、大きく一つ伸びをした。こうも連日馬車に揺られていると、体が固まってしまいそうだ。
御者台から降りたセバスチャンはやって来た屋敷の者に馬車を任せると、俺達を先導して屋敷を進み始めた。その途中、擦れ違った屋敷の者へと何やら言付けていた。そうして進むことしばらく、一つの扉へと辿り着いた。
セバスチャンが手で軽く扉を叩けば、中から声が返る。続いてセバスチャンが名を告げれば、中からは了承が返ってきた。その声に従い、セバスチャンは扉を大きく開け放つ。
部屋の中には、屋敷の主であるユリウスがいた。執務机に腰掛け、ペンを片手に書類に向き合っている。
部屋へと一歩進んだセバスチャンは胸に片手を当てると、丁寧な礼をして口を開いた。
「旦那様、ただいま戻りました」
「あぁ、良く戻った……と言いたいが、戻る予定ではなかっただろう? 何かあったのか?」
「はい。そのことについて、詳しくお話いたします」
そう言うと、セバスチャンは右手を示した。そちらにはテーブルを挟んで黒色の大きなソファーが置かれている。どうやら、そちらで今回俺達が戻った件に関して話をするようだ。
ソファーの片側へとユリウスが腰掛け、その反対側へとセバスチャンに促されるままに俺達が腰掛ける。セバスチャンはどうするのかと思っていれば、机の傍へと佇んだままである。どうやら、当人はソファーに腰掛けるつもりがないらしい。
そうこうしているうちに、屋敷の者がティーセットを運んできた。先程、廊下ですれ違った際にセバスチャンが言付けていたのはこのことなのだろう。瞬く間に、俺達の前へと紅茶の入ったカップが行き渡る。
そうしてユリウスが紅茶へと手を伸ばすのを見計らったように、セバスチャンが口を開いた。
「まず初めに、お嬢様は無事、オストベルクの屋敷へ送り届けました」
「そうか。それを聞いて安心したが……それでは、何故戻ってきた?」
紅茶を置いたユリウスが、わからないといった様子で首を捻る。対してセバスチャンは一つ頷きを見せると、続きを口にした。
「そのことなのですが、旦那様の元に奥様からの手紙が届いておりませんか?」
その言葉にユリウスは顔を上げ、少し遠くを見つめるような表情を浮かべた。
「あぁ、来ていたな。確か、我が家を狙う不届き者が現れたという内容だったか」
「左様でございます」
どうやら、ハイデマリーの送った手紙は間違いなくユリウスの元へと届けられたようだ。内容にもしっかりと目を通しているようで、ユリウスもある程度の状況は把握しているようである。
もっとも、手紙を送った当時からはある程度、状況は動いているはずで、そのあたりのすり合わせは必要だろう。
「オストベルクへと戻ったら対策を考えようと思っていたが……いや、そうか、わかったぞ。戻るまでの護衛と言う事だな?」
「御明察です」
短いやり取りだが、ユリウスはそれだけで俺達が戻ってきた理由を把握したらしい。狙われているのがユリウス家の周辺と言うことがわかれば、ユリウス自身が狙われていると考えるのは難しいことではない。俺達冒険者を伴ってセバスチャンが戻ったとなれば、オストベルクへの護衛だろうと見当もつくというものだ。
ユリウスはセバスチャンから俺達へと視線を移した。その顔には少々、苦笑のようなものが滲んでいる。
「ジークハルト殿達には、少々手間をかけてしまったな」
「いえ、こちらは依頼を受けていますから」
今回の護衛にあたっては、オストベルクから王都へ戻るのも含めて依頼として引き受けている。それに見合った報酬は得られるため、俺達にとって損はないのだ。さすがに、無償で引き受けるほどには俺はお人好しではない。
ユリウスの言う通り手間ではあるし、馬車の移動ばかりで体も鈍るが、冒険者にはこんな期間もあるだろう。休養と言うわけではないが、これを機に少し体を休ませてもらおうと思っている。
「それで、セバス。どこまでわかっている?」
「そちらのフィリーネ嬢によると、ユリウス様を狙っている者の名はオスヴァルト。呪術と言う珍しい力を持つ、左目に眼帯をした男だそうです」
セバスチャンの説明に、ユリウスは顎に手を当てて考え込む。おそらく、自分が狙われた理由に覚えがあるか、記憶をさらっているのだろう。
しかし、思い当たる節はないようで、その顔は難しいままだった。
「オスヴァルト……記憶にないな。それに、フィリーネと言うのか? そちらの女性は前回いなかっただろう。どういった成り行きで行動を共にしているんだ?」
ユリウスが、訝しむような表情でフィリーネへと問いかける。俺達へアンネマリーの護衛を依頼した時から一人増えているのだ、気にもなろう。
セバスチャンから説明がなされるかと思ったが、それよりも先にフィリーネが口を開いた。
「フィーはオスヴァルトを追ってオストベルクに向かっていたところを、ジーくん達に助けてもらったの。ジーくん達がオスヴァルトを相手にするなら、力を貸したいの」
「フィリーネ嬢はオスヴァルトの顔を知っているようなので、ご協力を頂いております」
あまりにも簡潔なフィリーネの説明に、セバスチャンが捕捉を付け加える。それを受けて、ユリウスは思案するように両腕を組んだ。
「なるほど、事情は把握した。たまたま知り合った者が今回の件について知っているというのは、少々偶然が過ぎるようにも思うが……いや、追っていたからこそ、か。それに、セバスが言うのであれば問題ないだろう」
ユリウスは少しの間考え込んでいたようだったが、一つ頷くと顔を上げる。ひとまず、フィリーネについては納得してもらえたようである。
実際、偶然のようには思えるが、フィリーネがオスヴァルトを追って来ていたのだから、何れはどこかで知り合っていたことだろう。そう考えれば、俺達が出会ったのは必然だったのかもしれない。
「こちらの仕事も、もう少しで終わる。明日というのは無理だが、明後日には王都を発てるはずだ。それまで、我が屋敷でゆっくりと過ごしてくれ」
「わかった、世話になる」
そう言って、俺は頭を軽く下げる。屋敷の主人の了承も得られたことで、俺達は王都を発つまでの間をユリウス邸で過ごすこととなった。
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