76話 白翼の少女4
俺は頭上に輝く満天の星空を見上げ、小さく息を吐いた。今はオストベルクから王都へと戻る旅の途中、その一日目の夜である。
オストベルクのクラウス邸で、俺達は王都にいるクラウスをオストベルクまで護衛するという依頼を新たに受注した。受注したと言っても、その場で話しただけでは口約束に過ぎないため、すぐに冒険者ギルドへと人が遣わされ、正式に依頼を受注することとなった。
その後、依頼を受けるのなら泊っていけばいいじゃない、というアンネマリーの一言で、俺達はクラウス邸で一夜を過ごすこととなった。
クラウス邸で頂いた夕食と朝食は、それはもう豪華なもので、ただひたすらに美味いという感想だった。正直、貴族の食事マナーなどわからない俺達の食事風景は見苦しい物だったと思うのだが、ハイデマリーは終始おっとりと笑みを浮かべていた。本当に、いい依頼主に当たったものである。
クラウス邸にある、大きな風呂も使用させてもらった。初めはクラウス邸の使用人を入浴に付けられそうになったのだが、言葉を尽くした結果、何とか一人で入ることを了承してもらえた。
大衆浴場で人と共に入浴することくらいあるが、他人に体を洗われるのは別である。こういうところは、やはり貴族との感覚が違うのだと思い知った。
そうしてオストベルクを出発した俺達は、馬車に乗って王都を目指している。この馬車は、王都からオストベルクへ向かった時に使用したのと同じ、クラウス家の豪華な馬車である。
それと言うのも、俺達だけで王都に帰ろうとしたところで、待ったがかかったのだ。諸々の説明のためにも、セバスチャンが同行する方が良いと名乗り出たのである。確かに、俺達だけで行くよりも、ユリウス家の執事であるセバスチャンが共にいたほうが、クラウスへの目通りは円滑に進むことだろう。
そう言うわけで、馬車の御者を再びセバスチャンが務め、馬車の両脇を馬に乗った二人の私兵が固めているというわけである。
俺が夜の星空から手元へと目線を移したところで、馬車の扉が開かれた。俺がそちらへと顔を向けると、中から現れたのは赤色の外套を身に纏った姿だ。鳥の頭を模したフードを被り、その綿のような白い髪を隠しているのは、旅の同行者の一人でもあるフィリーネだった。
そう、今回の護衛依頼には、フィリーネも同行しているのだった。本来であれば、アンネマリーの護衛を引き受けた俺とクリスティーネ、それにシャルロットがこの護衛を受けるはずだった。しかし、フィリーネが護衛依頼への同行を申し入れたのだ。
どうやら、詳しい事情は未だ伺っていないものの、フィリーネはユリウス家に連なるものを襲撃しているという男に心当たりがあるらしい。元々、フィリーネはその男を追ってオストベルクへと来たのだという。
今のところその男、フィリーネ曰くオスヴァルトについては、黒い霧のような術を扱う眼帯の男だという以外の情報がない。俺達もセバスチャン達も知らないオスヴァルトについて、フィリーネは顔がわかるということで同行することとなったのだ。
「ここ、座っていい? いいよね? ありがとう」
「まだ何も……いや、構わないが」
馬車から降りたフィリーネは、自己完結すると俺の隣へと腰を降ろした。その背から伸びる大きな白い翼は、今は折りたたまれている。
そうして両手を前方の焚火へと翳すと、俺の手元へと目線を落とした。
「んん、それ、もしかして呪術関係の本?」
「あぁ、そうだ」
その言葉が示す通り、俺の手元には一冊の本があった。フィリーネがわかるようにと、本を持ち上げて表紙を見せる。焚火の明かりだけでは心許ないので、光の魔術を使用して光源を確保し読み進めていた本だ。
本の内容はフィリーネの指摘した通り、呪術に関連したことが記述されている。ユリウスたちを狙っているというオスヴァルトなる男が、フィリーネの言う通り呪術を操るのであれば、事前に情報を仕入れておいた方が良いだろう。
「そんな本、良く持ってたの。ジーくん、意外と読書家?」
「まぁ、半ば趣味みたいなところはあるな」
感心したようなフィリーネに、俺はそう返した。俺は『万能』のギフトを有しているが故に、ありとあらゆる魔術を使用できる。その素質を十分に役立てるためには、普通の人よりも多くの本を読んで知識を習得する必要があったのだ。
そうこうするうちに、呪術関連の本を含めた希少な能力の本を集めることまでもが習慣となってしまっているのだ。もっとも、そういった本は買った際に一度全体をさらっと読んだきりで、後は鞄の奥底で眠ることになる。何せ、汎用的な魔術と異なり、使いどころが限られているのだ。
俺自身、それらの本はいつ買ったのかすら覚えていないほどだ。今回、呪術関連の本が俺の荷物の中にあったのは幸運だったと言える。俺の荷物からその本を見つけた時には、俺自身何故持っているのかと内心で首を傾げたほどである。
もっとも、本の内容はそこまで有用と言うほどではなかった。わかったのは、呪術というのは怪しげなまじないの類ではなく、れっきとした魔術の一種であるということである。話に聞いていたように、黒い霧のようなものを操り他者に呪いを掛けることが出来るそうだ。
呪いを掛けられた者は、体が重く感じたり、外傷がないにもかかわらず苦痛を感じるということである。術者の腕にもよるが、そのまま殺してしまうこともできるそうだ。極めて危険な能力だと言えるだろう。
「それで、何か用があったんじゃないか?」
俺はフィリーネへとそう問いかけた。わざわざ夜中に俺を訊ねたのは、何か用があったからだろう。日中、フィリーネはクリスティーネとシャルロットと馬車の中にいるため、車外にいる俺と話す機会はなかった。話せるとしたら昼などの休憩中か、今のような夜の見張り中くらいである。
「そうなの。お礼をね? 言っておきたいなって思って」
そう言って、白翼の少女は小さく笑って見せた。
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