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75話 依頼の完了と新たな依頼3

「最初の事件は、十日ほど前の事だったでしょうか」


 そう語るハイデマリーは、少し遠くを見るような表情を浮かべた。何やら真面目な話が始まるようだと、さしものクリスティーネも茶菓子へ伸ばす手を止め、背筋を伸ばして紅茶を飲みながらハイデマリーを注視している。


「うちの関係者が、襲われるという事件が起こったのです」


 最初に被害にあったのは、ここユリウス邸に出入りする配達人だという。人通りの少ない夜間に、突如として襲われたそうだ。幸い、騎士が通りかかったために事なきを得たそうだが、襲われた配達人の体には黒い痣のようなものが残り、未だ原因不明の体調不良を訴えているそうだ。

 初めはただの通り魔だと思われたのだが、その事件を皮切りに被害者は出続けているらしい。しかも、その被害者は何れもユリウス達の関係者だということだ。そうして、ユリウス邸を守る私兵にまでも被害が出たのが、つい昨日のことだという。


 もちろん、ユリウスの代わりに街を預かるハイデマリーとしても、何もしなかったわけではない。関係者には通達し、巡回の騎士を増やすなどしているのだが、今のところ結果は芳しくないそうだ。

 ユリウスへも事の次第を綴った手紙を送ったそうだが、俺達とは行き違いになったらしい。丁度今頃、ユリウスの元に届いているそうだ。


「被害は街の中だけですから、アンナは大丈夫だとは思っていたのですが、やはり心配で……本当に、無事でよかったわ」


 そう言ってアンネマリーを見るハイデマリーの目には、安堵の色が見えた。街で関係者ばかりが襲われるとなれば、娘の無事を祈るのもわかると言うものだ。実際、状況を聞けばユリウスの関係者、ひいてはユリウス自身が狙われているのは間違いなく、その娘であるアンネマリーが狙われないわけがない。

 オストベルクへの旅の道中で狙われなかったのは、アンネマリーがオストベルクの街へ向かっていることを知らなかったのか、街中だけで動いているかのどちらかであろう。どちらにせよ、途中で襲われなかったのは運が良かった。


「後は、ユリウスも無事に帰ってこられれば良いのですが……」


 その言葉に、ユリウスから護衛依頼を引き受けた時のことを思い出す。故あってアンネマリーをオストベルクへと送り出したユリウスだが、自身も王都に残した仕事を片付けた暁には、オストベルクへ向かうと言っていた。

 当然、その時にはアンネマリーの時と同様に、俺達のような護衛を雇うのだろうが、それでもハイデマリーは心配なのだろう。連日、関係者が襲われるとあって、不安が積み重なっているようだ。


「それならお母様、ジークさん達に護衛をお願いしましょう!」


 話を聞いていたアンネマリーが、いいことを思いついたとばかりに両手を合わせた。その言葉に、ハイデマリーは窘めるように言葉を掛ける。


「いけませんよ、アンナ。ジークハルトさん達は、この街についたばかりでしょう? お疲れでしょうし、私達が無理を言っては……」


「いや、依頼と言う形をとってもらえれば、俺達は構わないが……」


 どのみち、翌日からも仕事をするつもりだったのだ。護衛依頼と言う形であれば、受けるのには何の問題もない。移動ばかりになるため、少々腕が鈍りそうだがもう数日であれば大丈夫だろう。

 俺の言葉に、アンネマリーはますますの笑顔を見せる。


「ほら、ジークさんもこう言ってくれていますし。お母様、お父様の護衛をお願いしましょう!」


「そうですね……皆さんが良ければ、お願いしてもいいですか?」


 やや戸惑ったような表情で告げるハイデマリーに対し、俺は安心させるように力強く頷いて見せた。


「えぇ、お任せください。二人とも、それでいいな?」


「任せて!」


「えっと、頑張ります」


 クリスティーネとシャルロットにも異論はないようだった。少々慌しいが、明日の朝にはオストベルクを発ち、王都へと引き返す必要があるだろう。

 具体的な案を詰めようと考える俺の視界の端で、先程までは静かに話を聞いていたフィリーネが注目を集めるように片手を上げていた。俺は考えるのを中止し、そちらへと視線を向ける。


「襲ってきたという男の、特徴は?」


「フィナ、どうかしたか?」


 フィリーネは、俺の問いには答えず、真っ直ぐにハイデマリーを見つめている。その瞳はいつもの眠たそうなものではなく、真剣そのものである。

 問われたハイデマリーは少し驚いた様子だったものの、「そうねぇ」とおっとりと頬に片手を当てた。それから、何やら思い出すような仕草を取る。


「体形は中肉中背で、闇に紛れるような黒いコートを着ていたという話を聞いています。黒い剣を右手に持っていて、左手では黒い靄のような霧のような、不思議な術を使うらしいわ。それから――」


 ハイデマリーは一度言葉を切り、己の左目を指差した。


「――左目を、眼帯で覆っているらしいの」


「左目に、眼帯か……」


 外見的には、一目でわかるような大きな特徴である。もちろん、眼帯を常につけていない可能性もあるため、それだけを頼りにするわけにはいかないが、眼帯を付けている人を見たら要注意と考えておいてよいだろう。

 それから、黒い霧のような術というのが気にかかる。水属性の魔術であれば霧を発生させるようなことも可能だが、それは決して黒くはない。何か、珍しい術を操るとみて考えていいだろう。未知の術なら、よくよく警戒する必要がある。


「その男、フィーは知ってる」


 ぽつりと呟かれたその声に、俺は勢いよく顔を向けた。声の主は、もちろんフィリーネだ。


「本当か、フィナ?」


 確認するように掛けた俺の声に、フィリーネはこくりと頷きを見せた。それから、真剣な眼差しで俺の事を真っ直ぐに見返してくる。


「その男は、『呪術師』オスヴァルト。呪術……呪いを扱うことが出来る。私は、その男を追ってここに来た」

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