73話 依頼の完了と新たな依頼1
陽が沈むには今しばらくの時間がある頃、俺達はオストベルクの街へと到着していた。俺は馬車の後部に腰掛けたまま、馬の歩みに合わせてゆっくりと街の門へと近寄る。振り返り馬車の前方へと顔を向ければ、御者を務めていたセバスチャンが門番と二言三言、会話を交わすところだった。
特に引き留められるようなことはなく、俺達は街へと踏み入る。そのまま、大通りを真っ直ぐに進んでいった。馬車が一目で貴族のものとわかるほどに豪華なためか、それとも馬車の両脇を馬に乗った私兵が固めているためか、擦れ違う住民たちはやや遠巻きにしながらこちらへと視線を向けてくる。馬車の後部に腰掛ける俺としては、少々居心地の悪い思いだ。
馬車は大通りを進み続け、やがて一つの屋敷の前で停車した。俺は後ろを振り返り、馬車の車体から顔を出して前方に目を向ける。
そこにあったのは、大きな屋敷だった。王都で訪れたユリウスの屋敷と同じか、それよりも少し大きいくらいだろうか。その屋敷を見るだけで、住人の権力が窺い知れるような規模である。
セバスチャンは門の脇に立つ私兵と少し言葉を交わすと、屋敷の敷地には入らずに門に沿って馬を歩かせ始める。広々とした屋敷は、外周を歩くだけでも時間を要した。そうして二度ほど角を曲がり、屋敷の裏側へと回った。
そちらにも門が設えられており、私兵が配置されている。再びセバスチャンが何事かを話すと、私兵の手により門が開けられ、馬車は中へと入っていった。
馬車はそのまま少し進み、屋敷近くで停車する。どうやらここが終点のようだ。
「皆さま、長旅お疲れさまでした」
御者台から降りたセバスチャンが馬車の扉を開きつつ声を掛ける。馬車の中からはアンネマリーが、セバスチャンの手を借りつつ下りてくる。その後ろからクリスティーネ、シャルロット、それにフィリーネが続いだ。
俺も馬車の後ろから地面へと足を付け、そちらへと近づく。クリスティーネは大きく伸びをしており、シャルロットは周囲をきょろきょろと見回していた。フィリーネは相変わらずに眠たそうな目でぼんやりと屋敷を見上げている。
これで、護衛依頼は完了である。後は、依頼票にサインを貰えれば終了だ。この場合、アンネマリーかセバスチャンのサインを貰えれば良いだろう。さて、なんと切り出したものかと考えていると、セバスチャンの隣に並んだアンネマリーがくるりと体全体を回してこちらを振り向いた。
「皆さん、ここまでありがとうございました。お礼にお茶をご馳走しますわ。いいでしょう、セバス?」
「もちろんでございます、お嬢様」
どうやら、もてなしてくれるらしい。後の予定は今日の宿を探すくらいなので、茶を御馳走になるくらいは問題ないだろう。折角の行為を無碍にする必要もあるまい。
「さぁさぁ、こちらへ。もちろん、フィナさんもご一緒ですよ」
そう言って、アンネマリーが先導を始め、セバスチャンがそれに付き従う。
俺とクリスティーネ、シャルロットは護衛として雇われていたが、フィリーネはたまたま同行することになっただけである。それでも、一日と少々で大分打ち解けたようだ。
「ありがたいの。厚かましいとは思いながらも、お茶の誘惑には勝てないの」
フィリーネは口の端を少し持ち上げ、笑みを浮かべている。一人だけ仲間外れと言うのも可哀相だし、アンネマリーがフィリーネを誘ってくれてよかった。フィリーネも楽しみにしているようだ。
そうしてアンネマリーに案内され、屋敷の一部屋へと案内された。広い部屋の真ん中には大きなテーブルと、それを囲むように何脚もの椅子が置かれている。俺達は促されるまま、アンネマリーの対面へと腰かけた。
しばらくして、ティーセットを乗せたワゴンが運ばれてきた。ユリウス邸のメイドの手により俺達の前に紅茶が注がれていくのだが、給仕などされた経験がないため少しむず痒い気分である。
さらに、紅茶と共に運ばれた茶菓子をアンネマリーから勧められる。率先して手を伸ばしたのは、やはりというべきかクリスティーネだ。瞳を輝かせるその様子からは、多少遠慮をするよう言うことすらも憚られた。その様子を見たアンネマリーもニコニコと微笑んでいるし、好きにさせてよいだろう。
それからしばらく、女性陣がガールズトークに花を咲かせる。俺としては、女性陣の会話には少々混ざり辛いところだ。その間に、俺はセバスチャンから依頼完了のサインを頂く。
サインを貰った依頼票を仕舞い紅茶を味わっていると、扉が開けられ一人の女性が部屋へと入ってきた。自然と、俺の視線はそちらへと引き寄せられる。
一言で言うと、綺麗な女性だった。歳は二十代前半くらいだろうか。背丈は平均よりもやや小柄で、ウェーブのかかった金髪がよく目立つ。深い青の瞳も顔立ちもアンネマリーによく似ており、一目で血縁だとわかった。アンネマリーの母にしては若すぎるし、姉と言う線が一番高そうだ。
とりあえず挨拶はした方がいいよな、などと思っていると、部屋へと入ってきた女性に気付いたアンネマリーが勢いよく立ち上がった。
「お母様!」
そう言うが早いか、女性の方へと駆け出していく。
アンネマリーの母親にしては若すぎるように思ったが、アンネマリーがそう言うのであればそうなのだろう。俺は内心の驚きを見せないよう、態度を取り繕う。相手は貴族なのだ、失礼な態度を取るべきではないだろう。
アンネマリーは母親へと、半ば飛びつくように抱きついた。対して、母親の方も軽く膝を折り、その両腕でアンネマリーを抱き締めた。
「お久しぶりです、お母様!」
「あぁ、アンナ、無事でよかったわ」
そうしてしばらくの間、抱き合っていた親子はどちらからともなく手を放す。それから、アンネマリーは母親の袖を引き、俺達のいるテーブルの方を示す。
「お母様、折角ですからお茶をご一緒しましょう」
「そうね、いろいろとお話も聞きたいですし、頂きましょう」
アンネマリーの勧めに従い、女性も俺達の向かいへと腰掛けた。メイドの手により、すぐに紅茶が準備される。
アンネマリーとは多少話をして打ち解けていたために、それほど緊張することもなかったが、その母親ともなると話は別である。粗相をしないよう気を付けようと、俺は背筋を伸ばした。
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