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72話 月下の授業2

 俺とアンネマリーとの間に少し間が出来たところで、アンネマリーは焚火に翳した手と手を擦り始めた。風邪をひかないようにと差し出した毛布に身を包んでいるものの、やはり体の末端は少し冷えるようだ。


「寒いか? 茶でも沸かそう」


 俺は傍に置いた背負い袋を再び引き寄せると、中から小鍋を取り出した。そうして、焚火とは別の場所に薪を置き、炎の魔術を使用して着火する。

 小鍋の底を支えられるように土魔術で石を生成して並べ、設置した小鍋に魔術で水を張る。背負い袋から取り出した小さな缶に入った粉末状の茶の素を入れれば、茶の用意は万全である。


 俺が茶の缶を背負い袋へと戻していると、ふと隣からの視線を感じた。そちらへと顔を向ければ、何やら感心した様子でアンネマリーが小鍋を眺めている。


「茶を淹れるところが、そんなに珍しいか?」


「え? いえ、そうではなくて、魔術の方です」


 アンネマリーの言葉に、俺は納得を示す。基本的に、街中では攻撃的な魔術を使用することは禁止されている。普段の生活の場でも、魔道具が増えたために魔術を目にする機会は以前よりずっと減っている。

 それを思えば、俺が立て続けに使用した魔術は、アンネマリーの目には物珍しく映ったことだろう。熱心に眺める気持ちも、わからなくはない。


 とは言え、俺が使用したのはどれも初級の魔術である。素質さえあれば、誰でも使用できる範囲のものだ。


「アンナさんに、魔術の素質はなかったのか?」


 俺の問いに、アンネマリーは緩やかに首を横に振った。


「いいえ、いくつかの素質はありましたが……貴族の、しかも女性には必要ありませんから」


「そういうものか……」


 庶民である俺からすると、貴族の世界と言うのはよくわからない。冒険者にとって魔術を目にすることなど日常茶飯事だが、身の回りの世話のほとんどを他者に任せる貴族からすると、魔術に触れる機会などそうそう無いのだろう。

 しかし、折角素質があるのに魔術を使用しないというのは、少し勿体ないのではないだろうか。少しお節介かもしれないが、俺は一つ提案をしてみることにした。


「アンナさん、魔術を使ってみるか?」


「魔術を、ですか?」


「あぁ。俺は全属性の魔術が使えるからな。どの属性でも教えられるぞ?」


「やってみたいです!」


 俺の提案にアンネマリーは瞳を輝かせ、前のめりの体勢になる。やはり、魔術には興味があるようだ。

 小さな火を灯す魔術や、ただ水を出すような魔術であれば、それほど時間をかけることもなく使えるようになるだろう。一度使用して魔術を使う感覚を掴めれば、後は同じようにすれば他の魔術も使えるはずだ。


 後は、どの属性を使用するかだ。もちろんアンネマリーが使える属性にもよるのだが、出来るだけ危険性のない、それでいてわかりやすいものが良いだろう。それなら、一つ適任なものがある。


「アンナさん、光の属性に適性はあるだろうか?」


「光ですか? 確か、あったと思います」


 アンネマリーの返答に、俺はほっと息を吐いた。光属性の魔術で最も簡単なのは、単純な光源を生み出す魔術である。その魔術であれば危険性もなく、この闇夜にはとてもわかりやすい結果として現れるのだ。最初に使う魔術としても丁度いいだろう。


「よし、それならよく見ておいてくれ……『光よ(リヒト)』」


 体内の魔力をほんの少し集め、掌を上へと向ける。そうして魔術名を口にすれば、俺の掌の上に小さな光球が生み出された。

 出力を調整した光の玉は直視してもそれほどの眩しさではなく、ぼんやりと瞬き周囲の闇を照らしていた。


 横目でアンネマリーの反応を窺えば、先程のように興味の光をその瞳に宿していた。その深い青の瞳には、俺の生み出した光球がしっかりと映し出されている。


「体の中の魔力を集めて、魔術名を言うんだ。わかるか?」


「う~ん、魔力の集め方がわからないわ」


 俺の問いに、アンネマリーは首を傾げて見せる。今まで魔術に触れていなければ、体内の魔力がどういうものかわからなくても仕方がない。

 それでも、すべての人は多かれ少なかれ魔力を持っているものである。その例に漏れず、アンネマリーにも魔力はあるはずだ。


 魔術を使用するために魔力を感じ取るのは必須となる。これが、一人独学で感じ取ろうとすると難しいのだが、既に魔術を使える人が教えられるのであれば難易度はぐっと下がる。この場合はもちろん、俺が教えてやれる。


「手を出してくれ」


 俺が左手で促せば、アンネマリーは素直に右手を差し出してくる。俺は魔術で生み出した光球を消すと、左手でアンネマリーの右手を取った。

 子供らしい、小さな手だ。夜風で少しひんやりとした手は、武器など握ったことなどないのだろう、とても柔らかくすべすべとしていた。


 俺は光球を生み出した時のように、体内から魔力をほんの少しだけ集めると、アンネマリーの手を取った左手へと流し込んだ。

 驚かせないようにと気を使ったつもりではあったのだが、アンネマリーは弾かれたようにその右手を引っ込めた。そうして反対の手で包み、じっと自分の手を見下ろしている。


「今、なんだか変な感じが……」


「悪い、驚かせたか。今のは、魔力を流したんだ」


「魔力を?」


 アンネマリーの疑問に頷きを返す。体内に存在する魔力の感覚を掴むためには、他者に魔力を流してもらうとよいのだ。そうすると、体内の魔力が刺激され、少し乱れが生じる。そうして、体内に存在する魔力の感覚を掴むのだ。

 俺が魔力の感覚を掴んだのも、この方法である。もう随分と昔の事だ。俺の体験を参考にすれば、もう二、三回ほど繰り返せば魔力の感覚は掴めると思う。


 そう告げれば、アンネマリーは一度こくりと生唾を飲み込んだ。そうして再び、おずおずと右手を差し出してくる。


「わかりました。もう一度、お願いします」


「任せてくれ」


 それから三回ほど繰り返したところで、アンネマリーはある程度の感覚を掴んだそうだ。感覚さえ掴めれば、体内の魔力をコントロールするのはそれほど難しいことではない。

 アンネマリーは右手を握ると、集中するように両目を閉じる。俺は声を掛けず、静かにその様子を見守った。しばらく、パチパチと焚火の爆ぜる音だけがあたりには生まれた。


「『光よ(リヒト)』」


 目を開き、掌を広げたアンネマリーの前に、声と共に小さな光球が生まれた。それは小さな光だったが、確かに闇夜を照らしていた。

 瞳を輝かせたアンネマリーが、ゆっくりとその手を持ち上げる。それに合わせて、光球もふよふよと高さを変えた。

 勢いよく振り向いたアンネマリーの表情には、一目でわかるほどの喜色が滲んでいる。


「やりましたわ、ジークさん!」


「あぁ、よく出来ているぞ。他の属性でも、基本的なやり方は同じだ」


「なるほど……」


 アンネマリーは顔を正面へと戻すと、手の中の光球を弄び始めた。魔力の操作にはまだ慣れていないのだろう、ふわふわと漂う光球の動きはゆっくりとしたものだ。それでも、操作するアンネマリーは楽しそうである。

 それから、俺はアンネマリーと共に茶を飲みながら少し話をした。冒険者としての日々の生活についても話したのだが、アンネマリーは興味深そうに聞いていた。


 しばらくして、アンネマリーが小さく欠伸をしたところで解散することになった。俺はもうしばらく見張りを続けるが、アンネマリーはそろそろ寝る必要があるだろう。

 アンネマリーは立ち上がると、羽織っていた毛布を丁寧に畳んで見せる。そうして、俺に手渡してくるのだった。


「今日はありがとうございました、ジークさん。楽しかったですわ」


「それは良かった。寝られそうか?」


「えぇ、おかげさまで。それではジークさん、明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


 アンネマリーは出てきたときと同じように、慎重に馬車の扉を開けると中へと入っていく。そうして、微かな音を立てて馬車の扉が閉められた。

 俺は焚火へと目線を移し、一つ小さく息を吐いた。残された俺は、今しばらく一人で見張りを続けるのだった。

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