70話 白翼の少女3
「ひとまず事情は分かったが……さて、どうするか」
俺はフィリーネの全身を眺めつつ、思案する。体調が悪いと口にしたフィリーネは、歩くことはできるものの馬車の速度に追いつけるほどではないだろう。一人で放っておくと、また先程のように盗賊に襲われる可能性や魔物に襲われるという事態も考えられるため、出来れば街まで一緒にいてやりたいという気持ちはある。
しかし、俺達は護衛依頼の真っ最中だ。依頼主を放っておいて、フィリーネについて行くことなど出来はしない。フィリーネ自身冒険者であるし、街の外に一人でいる以上は何が起きても自己責任ではある。
もちろん、何も起きずに街まで辿り着けるかもしれないが、辿り着けない可能性も十分に考えられる。幸いなことに、俺達もフィリーネも目的地は同じオストベルクの街だ。何とか共に行動する方法はないだろうか。
俺は静かに視線をアンネマリーへと移す。護衛対象であるこの貴族の少女は、何も言わずにフィリーネの話を聞いていた。彼女はこの話を聞いて、どう思ったのだろうか。
残念ながら、俺はアンネマリーとほとんど会話らしい会話をしていないため、この件に関して彼女がどう考えているのかはわからない。父であるユリウスとのやり取りから、貴族としての矜持があるのは間違いないだろう。それでも、護衛とはいえ庶民であるクリスティーネとシャルロットを馬車に同乗させたことから、階級差別などをするような子ではないことはわかっている。
俺はさらに、今回の旅路の決定権を持っているであろう老紳士、セバスチャンへと視線を移した。未だ幼いアンネマリーよりも、年嵩のセバスチャンの方がより適切な判断をしてくれることだろう。
そう言った期待を込めた俺の視線に気付いたのか、セバスチャンからアンネマリーへと声を掛けてくれる。
「如何でしょうか、お嬢様。フィリーネ様もオストベルクを目指しておりますし、馬車にもまだ余裕があります。ここは一つ、お嬢様と共に馬車へ同乗していただくというのは」
セバスチャンからの提案に、アンネマリーは悩む素振りも見せずに力強く頷きを見せた。
「えぇ、もちろん構いませんよ。フィナさん、私達と共にオストベルクに参りましょう?」
そう言うと、アンネマリーはフィリーネへと右手を差し出した。それを受けて、フィリーネは差し出されたアンネマリーの小さな手を、己の両手でがっしりと握りしめる。
「とっても有難い申し出なの。相乗り馬車を利用しなかったことを、とっても後悔していたところなの。全力でお願いするの。お嬢様、オストベルクまでお世話になるの」
「え、えぇ、よろしくお願いするわ」
フィリーネのあまりの勢いに、アンネマリーは若干引き気味だ。フィリーネがアンネマリーに対して失礼なことをする前に、引き離してしまう方が得策だろう。
「フィナ、アンナさんは貴族なんだから、あまり失礼はするんじゃないぞ」
呼びかけと共にフィリーネの腰を引けば、存外素直にその手を放した。そうして後ろを振り返り、俺の事を見上げてくる。赤い瞳が数度瞬きをし、コテリと首を傾げて見せた。
「お貴族様……もしかして、護衛依頼中?」
「あぁ、こっちの説明がまだだったな。俺達は、アンナさんの護衛で王都からオストベルクに向かうところだ」
俺の言葉に、フィリーネはその眠たそうな目を少し見開いた。
「それは、とっても邪魔をしたの。重ね重ね感謝なの」
そう言ってフィリーネはアンネマリーにしていたように両手で俺の手を取ると、ぶんぶんと上下に振り始めた。握られた手の感触は、冒険者らしく鍛えているようだが、ひんやりとしており女性特有にほっそりとしていた。
それから俺は、傍らで事の成り行きを見ていたクリスティーネとシャルロットへと向き直る。
「クリス、シャル。そんなわけで、フィナが馬車に同乗することになった。二人とも、よろしく頼むぞ」
二人へと呼びかければ、揃えたような頷きが返る。
「もちろんだよ、仲良くするね」
「えっと……失礼がないように、気を付けますね」
二人に任せておけば大丈夫だろう。誰に対しても人当たりのいいクリスティーネと、いつも大人しいシャルロットである。二人とも、自ら火種となるような行動をとるような子ではない。
実際、今までの車中でも話に花が咲いている様子が漏れ聞こえていた。フィリーネも少々個性的なようだが悪い子ではなさそうなので、残りの一日半くらいならば問題ないだろう。
それから手早く後片付けを済ませると、俺達は再び王都を目指して馬車へと乗り込む。クリスティーネ達三人に加えて、フィリーネも車内へと入っていった。
その際、軽く車内に目を向けたところ、大型の馬車は十分な大きさでまだいくらかの余裕があるようだった。さすがに就寝時に四人が横になると少々手狭にはなるだろうが、それも今夜だけの事なので、アンネマリーには申し訳ないが我慢していただこう。
俺は最早定位置となった、馬車の後部へと腰かけ車体に背中を預ける。間も無く、馬車はゆっくりと街道に沿って進み始めた。
そうして馬車の後部へと目を向けていると、背後からは賑やかな話し声が聞こえ始めた。やはり心配は必要なかったらしい。クリスティーネ達であれば、すぐに仲良くなれることだろう。
先はまだまだ長い。背中から漏れ聞こえる話し声を背景に、俺は一つ伸びをするのだった。
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