685話 それぞれの矜持4
「王都で戦ったこと、イルマにも話したでしょう?」
「えぇ、覚えてるわ。確か、ジークハルト達とは別れてシャルと二人で魔物と戦ってたのよね?」
王都内に魔物が多数出現するという異常事態。生涯忘れられないであろうそれは、未だ記憶にも新しい。巻き込まれた私たちは、その対応に奔走したのだった。
もっとも私は何の役にも立たないので、フィリーネを護衛役に付けてもらって、ギルドに残ったのだが。まぁ、結局そこも襲撃にあったけれど、そんなこと誰も予想なんてできなかったのだから仕方がない。
そうして私達が別行動をとっている間、アメリア達は異変の起きた天塔へと向かう道中で魔物と遭遇した。確か巨岩獣と言っただろうか、とても大きな岩のような魔物らしい。
そこでジークハルトはアメリアとシャルロットをその場に残し、クリスティーネと二人で天塔へと向かった。残されたアメリア達は、そこに居合わせた冒険者達と協力して、無事に魔物を掃討したそうだ。
しかし、遅れて現れた黒衣の少女の操る魔術にやられてしまったらしい。もしや、そのことを悔いているのだろうか。
「負けたって言ってたけど、状況的には仕方がなかったんじゃない? そこにいた誰も勝てなかったんでしょう?」
二人から聞いた限りでは、その場にはそれなりの数の冒険者がいたそうだ。しかもその中には、Sランクの冒険者まで含まれていたという。
Sランクと言っても私にはあまりピンと来ないが、とんでもない実力者だということはわかる。そんな者ですら敵わなかったのだ、アメリアが負けたところで責められるような者はいないだろう。
だがそんな私の言葉に、少女は小さく首を横に振って見せた。
「そっちじゃないわ。いえ、一応それも含めてるんだけど、私が言いたいのはその前の方よ」
「その前って、大きな岩の魔物との戦いのこと? でも、そっちは怪我一つなかったって言ってなかったかしら?」
「それはそうなんだけど……そっちでも私、全然歯が立たなかったから」
「あら、そんな話だったかしら?」
アメリアの言葉に、思わず首を捻る。シャルロットからは、アメリアが囮役として魔物の気を引いてくれたおかげで安全に倒せた、と聞いた気がするのだが。
そうした私の言葉に、赤毛の少女は肩を落とし、その大きな耳を垂らす。
「……それしか出来ることがなかったのよ」
アメリアが言うには、彼女の攻撃は巨岩獣に一切通用しなかったらしい。彼女の攻撃方法は主に炎を纏わせた蹴撃によるものだ、岩のような魔物が相手では威力が足りなかったのだろう。
だからと言って、即ちアメリアが弱いなどということにはならない。単に相性が悪かったというだけだろう。
「戦えない私が言える事じゃないと思うけど、貴方は自分に出来ることをやってたんでしょう? そこまで気にしなくたっていいんじゃない?」
「でも、ジーク達だったら自力で何とか出来るでしょう?」
それを言われると、そんな事はないとも否定し辛い。少なくとも、ジークハルトであれば何とでもしてしまうだろう。火兎の村での戦いっぷりを見れば、クリスティーネも問題なさそうだ。とは言え、王都では天塔へと向かう事を優先した当たり、時間はかかるのだろう。
シャルロットも、近づかれさえしなければ倒せることは証明済みだ。残るはフィリーネだが、他の三人と比べるとやや決め手に欠けそうな印象はある。それでもミスリル製の双剣に魔術を織り交ぜる彼女の技量は、決してクリスティーネに引けを取らないものだ。それを思えば、多少は手間取るだろうが最終的には倒せそうだ。
なるほど、それらを踏まえて考えてみれば、アメリアの行動の理由というのも見えてくる。
「それで、威力を上げようとして火傷しちゃったってわけね」
単純に込める魔力を多くすれば、それだけ破壊力は増すことになる。しかしその代わりに制御が難しくなることは、私も魔術を扱う上で実感していることだ。
アメリアが望むくらいに強い炎を放出すると、許容範囲を僅かに超えてしまうのだろう。
「今までくらいに抑えて、ジークハルト達の補助に回るんじゃダメなの?」
私としては、それが一番ジークハルト達にもアメリア自身にも良いと思うのだが。アメリアは特に体術に優れ、その身のこなしは風のように軽やかだ。比較的小柄な体系も相まって、陽動役としてこれ以上に適任はいないと思うのだけれど。
しかし私の言葉に対して、少女は小さく首を横に振って見せる。
「嫌よ。私は、その……もっとみんなの役に立ちたいの」
そう言って顔を背けた。みんなと言っているけれど、それが誰を指しているのかは、その表情を見れば丸わかりだ。
今までだって十分に力になれていると言いたいが、こればっかりはアメリア個人の感情なのだから、言葉を掛けたところで納得は難しいだろう。
「そ、それに、出来ることが増えるのは悪いことじゃないでしょう?」
確かに、不慮の事態に備えるためにも選択肢は大いに越したことはない。アメリアが一人で行動している際に強力な魔物が現れたとして、それを倒せる手段を持っていることは、彼女自身の身を守ることにも繋がるだろう。土壇場で慣れない魔力量を制御するよりも、ジークハルト達と一緒にいる間に試しておいた方がいい。
しかし、いくら理屈として通っているとはいえ、今のような火傷を何度も負うところを見過ごすことは出来ない。そもそも、既に見つかった以上はジークハルトが放っておかないだろう。
「せめて、火傷しない程度には抑えられないの?」
「むしろ、ちょっと火傷するくらいが丁度いいのよ。それくらいじゃなきゃ、魔力操作に慣れられないんだし」
魔力制御を習い始めた当初は火傷なんてしょっちゅうだった、などとアメリアは言うが、ちょっと無茶が過ぎるのではないか。自分の時は教師がいたものだが、世間的にはアメリアのような学び方が一般的なのだろうか。いや、ジークハルトなどは書物を元に実践していたから、アメリアの例が特殊なのだろう。
扱いに慣れていけば、威力はそのままに火傷も負わなくて済むはずだと少女は言う。そのあたりは、時間をかけて感覚を掴む他にないのだろう。そういうことであれば、話は早い。
「それなら、単純に多い魔力を使う訓練だって言えばいいのよ」
何故そうしたとか、何のためかと問われるから、この少女は恥ずかしがって隠そうとするのだ。そう言った本心を隠して、ただ実力を身に付けるためだと言われれば、ジークハルトがそれ以上追及することはないだろう。
何のために強くなりたいのかなんて、問われたところで不測の事態に備えるためだと答えればいい。ジークハルトが日々訓練を怠らないのだって、大体似たような理由だろう。
そうした私の言葉に、少女はその赤い瞳を丸くした。
「そっか、そんな簡単でいいのね」
「隠したかった理由は、『もうちょっと制御が上手くなったら言うつもりだった』とでも言っておきなさい。それで『また火傷したらすぐに言う』と付け加えれば大丈夫でしょ」
アメリアが頑なに理由を言わなかったのは、あくまで制御の甘さで火傷を負っていることを知られるのが恥ずかしかった、とすればいい。それなら、無茶をするなと釘を刺されるだろうが、心配されるだけで済むだろう。
少なくとも、好きな人の力になりたかったという、可愛らしい本心は隠すことが出来る。フィリーネあたりは感付きそうだが、それで揶揄うような娘でもない。
「そうするわ。それで、今までの話なんだけど……」
「わかってるわよ、ちゃんと秘密にしてあげるわ」
「ありがと、助かるわ」
私の返答に、少女は安堵の息を吐き出した。ようやく落ち着きを取り戻したらしい、雰囲気がいつものアメリアへと戻った。
そんな少女の様子を目に、それにしても、と私は気づかれないよう小さくため息を吐く。
今回はアメリアの意思を優先することにしたものの、もう少し彼女達の間柄に進展があってもいいんじゃないだろうか。むしろ本当の理由を告げた方が変化は起きそうだが、それをするときっとアメリアに涙目で睨まれることになるだろう。せめて、私の故郷に着くまでにはもう少し何かあって欲しいものだが。
この非常時にそんな呑気なことを考えられるくらいには、私も随分と荒事に慣れてしまったのだろう。しかし、どうやら短い休憩時間も終わりのようだと、私はこちらへと歩く三者の姿を目に腰を上げた。




