683話 それぞれの矜持2
「アメリアちゃん、これって火傷だよね?」
クリスティーネが、その金の瞳を鋭く細める。
露わになった少女の足には、一部赤みを帯びた個所があった。水膨れのようにはなっていないものの、これではヒリヒリとした痛みを感じることだろう。
しかし、この火傷はいつ負ったのだろうか。あの寄生樹が炎を操るところは見ていないし、そもそも出来るとも考え辛い。
そうなると、アメリア自身の生み出した炎による火傷と考えるのが自然だろう。自身の魔力で生み出した炎は自分自身に与える影響は少ないが、それは他者への影響に比較すると少ないというだけで、まったく影響がないわけではない。
実際、アメリアは宿で襲撃を受けた際に大量の炎を放出し、その身に火傷を負っていた。
ただ、あの場で受けた負傷は俺の手で治療済みだ。少女のこの火傷は、それよりも後に負ったということだろう。
確かにアメリアは、その後も炎を纏わせた足で迫りくる寄生樹の悉くを退けていた。しかし、それだって宿で見せたほどの規模では――
「――待てよ」
よくよく思い返してみれば少女の生み出す炎、その大きさが以前よりも随分と大きくなってはいないだろうか。少なくとも、帝国から王都へと戻ってくるまでのそれよりは、明らかに威力が向上している。
あの頃のアメリアであれば、今日のように襲い来る無数の蔦を軽々と吹き飛ばすような芸当は出来なかったはずだ。ただ腕を上げただけであれば喜べるのだが、この少女の足を見れば、そう単純な話ではないだろう。
「もう、何で黙ってたの? すぐ治すから、動いちゃダメだよ?」
「……このくらい平気よ」
少女の身を案じるクリスティーネの言葉に、アメリアは少しバツの悪そうな様子だ。口では治療は不要だと言いながらも、大人しくその場に留まっている。
そうしてクリスティーネが少女の足へと手を伸ばすのを前に、俺は素早く周囲の様子を確認する。
平時ならそこまで気にする必要もないが、今のような緊急時だと治癒術の使い手というのは貴重だ。もし俺達の中に治癒術の使い手がいることが知られ、怪我人が大勢出るような事態が発生すれば、間違いなく治療を求められるだろう。
もちろん必要があれば腕を振るうのは構わないが、俺達の魔力だって無限ではない。限りがある以上どう使うかは俺達次第だが、大勢に囲まれて強要されるような事態も想定される。そう考えれば、治癒術が必要となるまでは外部に知られない方が面倒がないだろう。
幸いにも今は日中、治癒術の際に発生する光はそこまで目立つことはない。こちらを注視するような者も特には……いや、先程助けた若手冒険者が時折ちらちらと振り向いてはいるが、それもフィリーネの翼に遮られて見えることはない。
そうしてクリスティーネによる治療が始まったところで、俺はアメリアへと目線を戻した。
「それで、アメリア。どうして隠してたんだ?」
そう話を向けてみれば、少女はわかりやすく赤い瞳を揺らした。
「別に、隠してたわけじゃ……単に忘れてただけよ」
もごもごと繰り出す言の葉は、言い訳以外の何者でもない。しかし、この様子ではいくら問い詰めたところで、火傷を隠していた本当の理由は言ってくれないだろう。それなら、別の質問をするだけだ。
「なら、どうして自分が火傷するような真似をしたんだ?」
「それは、そうしないとどうにもならない状況だったからよ」
そう返すアメリアは、真っ直ぐに俺のことを見つめ返していた。先程と違い、これは本心の言葉なのだろう、実にわかりやすい。
実際、街中からの脱出は危険極まりなかったのだから、少女の言う通りではあるのだろう。特に、先頭を走るアメリアの負担は大きかったのだから、状況的に仕方なかったというのもわかる。
ただ、それならそうと言ってくれれば、俺達としてもアメリアの負担を減らすとか、火傷をすぐに治してやるとか、出来ることもあるんだが。
しかし、それを実際に伝えたところ、赤毛の少女にじろりと睨まれた。
「それ、腕ごと焼こうとしたことを隠してたジークが言うの?」
「……俺のは未遂だっただろう」
「考えた時点で一緒よ」
それを言われると、あまり強く言い返せない。俺としても隠し事をしていた負い目があることを考えれば、これ以上の追及は俺にも返ってきてしまいそうだ。
皆はどう考えているのかと、俺は周囲の様子を窺う。
クリスティーネはアメリアの治療が終わったようで、俺と少女とを見比べては困ったように眉尻を下げていた。これは俺とアメリア、どちらの言い分にも理解を示しているようだ。少なくとも、一方的に俺に味方はしてくれないだろう。
フィリーネはこちらの会話に耳を傾けつつも、周囲の警戒をしてくれている。俺の目線に気が付いたようで、眠たげな瞳をこちらへと向けてきた。じとっとこちらを見つめる少女は、どちらかと言うと俺の事情を聞きたがっているようだ。
目を逸らしてシャルロットへと向けてみれば、少女はいつの間にやらすぅすぅと小さく寝息を漏らしていた。少し声を抑えた方がよさそうだ。
最後にイルムガルトへと目を向けてみれば、何事かを考え込んでいるようだ。俺の視線に顔を上げると、何やらため息を一つ吐いた。それから、徐に人の集まっている方へと指を向けた。
「何か動きがあったみたいよ」
「んん、これからの事を話し合ってるの」
どうやらフィリーネは風の魔術で盗み聞きをしていたらしい。アメリアのことも気になるが、彼らの話も無視するわけにはいかない。俺も音を拾えばある程度は把握できるだろうが、今後のことを考えれば直接話を聞いていた方がいいだろう。
「一応、様子を見てきたらいいんじゃないかしら? ……そうね。クリスとフィナも一緒に」
「私とフィナちゃんも? 行くのはいいけど、三人だけ残って大丈夫かな?」
クリスティーネの考えには俺も賛成だ。この場に戦える者がアメリアだけというのは、さすがに危険だろう。
そう思うのだが、イルムガルトは肩を竦めて見せた。
「距離も離れていないし、変な風に近づいて来る人でもいなければ大丈夫でしょ。それより、人混みにジークハルト一人だけ向かわせる方が危ないと思うわ」
彼女の言葉に、クリスティーネは納得したように大きく頷いて見せた。向かった先で、再び寄生樹が現れる可能性がある。先程やらかしかけた身からすれば、強く反対することはできない。
「だったら私が――」
「アメリアは怪我したばかりなんだから、私と留守番よ。また無茶しないように、私が見ておくわ」
「……そうだな、任せる」
今のままアメリアを戦いの場に向かわせれば、また火傷を負うような立ち回りをしかねない。それを考えれば、少女にはこの場に残ってもらうのがよいだろう。彼女から話を聞くのは、また後からでも構わない。
そうして俺は膨れっ面の少女を残し、人だかりの方へと足を向けた。




