682話 それぞれの矜持1
俺を射貫くように見つめるアメリアの瞳には、はっきりと怒りの色が見えた。この赤目には覚えがある。つい先ほど、寄生樹と戦っていた俺の元へ駆けつけてきたときと同じ色だ。
確かあの時彼女は、俺が皆を置いて一人で向かったことに対して怒っていたようだった。俺としては皆を危険に晒したくなかったという思いからだったのだが、碌な説明もなしに単独行動を取ったのは、俺の落ち度だと言えるだろう。
それについても説明をする時間が惜しかったという理由が……いや、これは言い訳にしかならないな。
「悪かったな、アメリア。それに、皆も」
俺は素直に謝罪の言葉を口にした。
あのような予想外の事態に遭遇した時こそ、冷静に行動するべきだったのだ。たとえ結果的に行動が変わらなかったとしても、俺一人で動いてしまっては、皆も困惑するだろう。
そんな俺の言葉に、クリスティーネはきょとんとした顔で小首を傾げて見せた。
「ジーク、何のこと?」
「この丘に寄生樹が出た時に、俺一人で向かっただろ? ちゃんと話をするんだったなって」
もしも俺が逆の立場、例えばアメリアやフィリーネが一人で向かおうとしたら怒る、というか心配するだろう。例え理屈の上ではそれが最適だったとしても絶対に引き留めたし、俺も一緒に動いたはずだ。
だからこそ、アメリアとフィリーネが俺を追ってきたことには何も言えないし、アメリアが起こるのも当然の話である。
「それはまぁ、そうかもしれないけど……でもあの状況じゃ、仕方なかったんじゃない?」
イルムガルトは俺の言葉に一定の理解を示しつつも、行動自体に非はなかったと擁護する。それはクリスティーネも同意のようで、こくこくと頷きを見せた。
「ゆっくりしてる時間なんてなかったもんね。もちろんジークのことは心配したけど……あっ、ジークのことを信じてないってことじゃなくってね?」
「一人で危険地帯に行くんじゃ、誰だって心配するでしょう。それだって、アメリアとフィナが行ってくれたおかげで安心できたし。だからアメリアも――」
「あのね、私が怒ってるのはそのことじゃなくって! いや、一人で行ったことにも怒ってるんだけど!」
イルムガルトの言葉に被せるように、赤毛の少女が声を荒げる。どうもアメリアは、俺が独断で動いたこと以外にも言いたいことがあるらしい。
だが、何のことだろうか。それ以外となると、俺には身に覚えがない。
首を捻る俺の前で、少女は真っ直ぐに俺を見つめた。
「ジーク、いいかしら? 誤魔化さないで答えてほしいんだけど」
「なんだ?」
その真剣な表情に、俺は思わず姿勢を正す。
「あなた……さっき私たちが割り込む前に、あれを自分の腕ごと焼こうとしてなかった?」
「えっ?!」
アメリアの言葉に、少女達が一斉にこちらを振り向いた。横になったシャルロットすら、僅かに身を起こして俺のことを注視する。
思ってもいなかった言葉に、俺は咄嗟に声を出すことが出来なかった。これがまったく的外れであれば即座に否定出来ていただろうが、アメリアの指摘は俺の内心を完全に言い当てていたからだ。
ただ、当たっていたからと言って「よくわかったな」などと言うわけにはいかない。自身を犠牲にするほど危険だったのかと、余計な心配をかけるだけだ。
俺は努めて平静を装うと、軽く肩を竦めて見せる。
「そんなわけないだろ? 見てみろ、傷一つ――」
「ジーク。誤魔化さないでって、言ったわよね?」
少女の強い口調と射貫くような眼差しに、俺は思わず口を閉ざす。どうやらアメリアは、何らかの確信を持っているらしい。
そんな俺と少女の様子を見て、クリスティーネ達もアメリアの言うことが本当だと気が付いたようだ。
「ジーク、何でそんな無茶なこと……!」
「いや、もちろん不可抗力だぞ? 魔力を練るだけの時間がなかったから、仕方なくだ。それに、腕ごと焼いたところで自分で治せるんだから、別に問題は――」
「あるに決まってるの!」
少し早口になった俺の言葉を遮り、フィリーネが飛びつくように傍へとやってくる。それから怪我の有無を確かめるように、俺の腕を取り袖を捲った。
ぺたぺたと俺の腕に触れる少女の指先は、少しひんやりとしている。もっとも、いくら確かめたところで傷一つないというのは本当なのだが。
「フィナちゃんの言うとおりだよ! いくら治癒術があるからって、何も腕ごと焼かなくたっていいのに!」
「それはただ間に合わなかっただけで――」
「いつもの貴方なら、そもそもそんな状況にならないようにしてるでしょう? 貴方らしくないんじゃないかしら、ジークハルト?」
イルムガルトの言葉に、俺は思わず目を逸らした。確かに彼女の言う通り、普段の俺ならあんな無茶をするよりも先に、別の手立てをしていただろう。
例えば、飛び出した若者冒険者の後を追わずにその場で魔力を練り上げていれば、自分の身を危険に晒すことなく彼を助けられたかもしれない。だが実際には、俺は彼の後を追いかけ、結果的に自分の腕ごと寄生樹を焼くところだった。
その場でそこまで考えられなかったというのもあるが、本当の理由は別にある。だが、それをこの場で、取り分けシャルロットのいるところで話すわけにはいかない。
「俺もちょっと焦ってたからな、これからは気を付けるようにするよ」
そんな風に軽い感じで笑って見せるが、微妙に納得していないような表情だ。俺に対する不信感というよりも、純粋に心配してくれているのだろう。
その気持ち自体は嬉しいと思うが、これ以上追及されるのは少々困る。何とか話を逸らせないかと考えたところで、一つ純粋な疑問が浮かんできた。
「それにしても、アメリアはよく気が付いたな? 見ただけじゃわからないと思うんだが」
確かに俺は、自分に寄生してきた寄生樹を自身の腕ごと焼くつもりだった。だが、それはアメリアとフィリーネによって未然に防がれたのだ。魔術の予兆なんかは何もなかっただろうに、一体どうしてわかったのだろうか。
「……フィーは気付かなかったの」
少し拗ねたような口調で、フィリーネが唇を尖らせる。同じ場所にいたというのに、アメリアは気が付いたことに自分が気付かなかったのが悔しいようだ。
「それはほら、フィナは敵の方に向かってたからでしょう? 私が気が付いたのだって、その、そう、何となくよ」
赤毛の少女はつい先ほどまで俺に向けていた鋭い瞳を、あからさまに揺らして見せた。明らかに様子がおかしい。
何か隠しているとしか思えないが、俺と違ってアメリアには後ろめたいことなど何もないはずだ。いや、この反応はむしろ、知られるとまずいことがあるのだろう。そう考えた時、一つの可能性に思い至った。
「まさかとは思うがアメリア、俺と同じようなことをしようとしていたんじゃないだろうな?」
「そ、そんなわけないでしょう?」
否定の言葉を口にするが、図星を突かれたのは明白だ。それだけでなく、俺は少女が己の足を隠すように動かしたのを見逃さなかった。これはもしや、考えていただけではないのではなかろうか。
「アメリア、ちょっと足を見せてもらってもいいか?」
赤毛の少女は膝下を露出させているが、足は耐火性能の高い靴を履いており、踝より少し上までは隠れている。俺の予想が当たっているか、この場で確認が必要だ。
「な、なによ、いやらしいわね」
そう言って、少女は俺から僅かに距離を取る。ちょっと傷つく反応だが、それで誤魔化されるわけにはいかない。
「クリス、フィナ」
呼びかければ、俺の意を酌んだ二人が素早く少女の小柄な体躯を拘束する。アメリアは逃れようと抵抗を試みているが、二人に怪我を負わせるほど暴れるわけにもいかないようで、振りほどくことは叶わない。
そうこうしているうちに、クリスティーネの手によりアメリアの靴が外される。
露になった少女の素肌は、日焼けのように赤くなっていた。




