68話 白翼の少女1
王都を発って迎えた二日目の午前中、俺は前日と同じく馬車の後部に腰掛け、ただ漫然と景色を眺めていた。俺達の通ってきた街道が、緩やかな曲線を描きながら地平線の向こうまで続いている。既に王都の街壁はおろか、昨日野営した場所すらも見ることはできない。
俺は車体に背中を預け、軽く空を仰ぎ見た。天には前日よりも少々雲がかかっているものの、十分な青さを覗かせていた。柔らかな日差しが差し込む中、気温は十分に高くふとすれば眠気が襲ってくるほどである。
今のところ、道程は十分すぎるほどに順調だった。日の出と共に目を覚まし、軽い朝食を頂いて出発してからというもの、俺達の歩みを妨げるものなど何もない。もうしばらくすれば、昼食ついでの休憩を取る予定である。
そんな風に俺が考えていると、背中側からこの日初めてとなる声が掛けられた。
「ジークハルト様、少々よろしいでしょうか?」
「なにかあったか?」
セバスチャンの声に、俺はその場で体を起こす。何もなければ、わざわざ声など掛けないだろう。裏を返せば、何かあったということだ。
俺は左右に素早く視線を振るが、特に変わった様子はない。そんな俺へと、再びセバスチャンの声が届いた。
「何やら、前方で騒ぎがあるようです」
「騒ぎ?」
問い返しつつも、俺はすぐに行動に移った。足裏に力を籠めると、一息に馬車の屋根へと飛び上がる。身体強化した身であれば、このくらいの芸当はお手の物である。
そうして馬車の屋根から前方を見やれば、確かに進行方向の街道上に何者か、それも複数の姿があるのが見えた。特に、集団の中にある赤い点のような姿がよく目立つ。
「すぐ確認する。『遠見』」
俺は遠くの景色を映し出す魔術を行使する。光魔術の一種であるこの魔術は、こと戦闘には役立たないものの消費する魔力も少なく、こういった偵察に於いてはとても有用である。
そうして俺の目に入ってきたのは、一人の少女と、それを囲むように立つ三人の男の姿だった。
遠目に見えた赤い点は、少女の身に纏う赤い外套のようだ。フードを目深に被っており、その表情を窺うことはできない。それでも女だと判断したのは、肩口あたりで揺れ見える白い髪と、細身の体つきからである。そして何よりも特徴的なのが、少女の背にある大きな白い翼だった。
少女は両手にそれぞれ短めの剣を持っており、その先端を周りの男達へと向けていた。対して少女の周りの男達も、少女へと片手に握った剣を突きつけていた。どういうわけだか三人ともが顔に布を巻き付けており、鼻と口を隠している。
総合的に見て、少女が今まさに盗賊に襲われているといったところだろうか。話を聞いてみないことには実際のところはわからないものの、両者が争っていることには間違いないだろう。
「クリス、仕事だ」
俺は馬車の屋根から声を掛けると同時に、扉を軽く叩く。すぐに扉が開かれ、中からクリスティーネが顔を覗かせた。長い銀の髪が風に揺られて、ゆらゆらと瞬いた。
「ジーク、何かあった?」
「前の方で何やら小競り合いが起こってるみたいだ。俺とクリスで確認に行くぞ」
「わかったわ!」
そう言って、クリスティーネは走行中の馬車から外へと身を躍らせた。少し体勢を崩したものの、その背の翼で風を受け、ふわりと馬車の屋根に着地した。
セバスチャンの操る馬が速度を緩め、やがてその場に停車した。そうしてセバスチャンは振り返り、こちらを見上げてくる。
「それでジークハルト様、私共はどうしますかな?」
「俺とクリスで確認してくるから、セバスさん達はこの場で待っていてもらえるか? あくまで、アンナさんの身の安全が最優先だ」
「かしこまりました」
セバスチャンは胸に片手を当て、丁寧な礼を返してくる。
「あ、あの、ジークさん、私はどうすれば?」
馬車の扉から、やや慌てたようにシャルロットが顔を覗かせた。既に、シャルロットの役割を俺は決めている。
「シャルもここでアンナさんについていてくれるか? 馬車に近づく輩がいれば、遠慮なく魔術をお見舞いしてくれ」
「わ、わかりました。あの、気を付けてください」
「あぁ。行くぞ、クリス」
シャルロットへと頷きを返し、俺はクリスと共に馬車の屋根を蹴り前方へと体を躍らせる。身体強化した俺達の体は容易に馬車に繋がれた馬を飛び越え、その先の地面へと着地する。そのまま勢いを緩めることなく、街道の先にいる集団へと駆け寄っていく。
平原は見晴らしもよく、俺達の方から男達が見えるということは、必然的に向こうからも俺達の姿が見えるということだ。駆け寄る俺達の姿に気付いた男達は、俄かに騒ぎ出した。
「おい、誰か来てるぞ! 冒険者か?!」
「どうする? 二人相手ならやれるか?」
そう言って、男達のうちの一人がこちらに向かって剣を構える。どう見ても友好的とは言えない態度だ。少なくとも、俺達と敵対する気があるとみていいだろう。
男達へはまだ距離がある中、俺は挨拶代わりの魔術を行使する。
「『石の槍』!」
軽く放った石の塊が、最も手前にいた男の足元へと着弾した。それを見た男は、わかりやすく狼狽える。
「『光の槍』!」
さらに、一拍遅れてクリスティーネの放った魔術が、俺の魔術をなぞるように男の足元に突き刺さる。
「奴ら、二人とも魔術が使えるみたいだぞ?!」
「付き合ってられるか、逃げるぞ!」
男達は口々に言いながら俺達へと背を向けると、囲っていた赤服の少女には目もくれず、一目散に逃げだした。牽制目的で魔術を使ったのだが、その効果はこちらの想定以上だったらしい。
身体強化した足であれば追いつくことも難しくはなさそうだが、俺は残された少女の傍へと辿り着くと、その場で足を止める。俺と同じく足を止めたクリスティーネは、少し悩みを含んだような表情でこちらを見上げてきた。
「えっと、ジーク、追いかけないの?」
「逃げるって言うんなら、別に追わなくてもいいだろう。俺達の仕事は、あくまで護衛だからな」
これで、受注したのが盗賊の捕縛依頼などだったら、迷わず追っていただろう。俺達を見て逃げ出したことからも、あの男達は明らかに悪人の類だと考えられる。
しかし、今俺達が受けているのは護衛依頼だ。向かってくるなら容赦はしないが、逃げる相手をわざわざ追うのも面倒である。特に、こんな街道の真ん中で捕縛しても、街まで連れていくのに苦労するだけだ。
とは言え、襲われていた少女の方は別である。明らかな被害者であるし、怪我の有無くらいは確認したほうがいいだろう。
そろそろ昼時であるし、休憩ついでに事情を聞いてもいいか、セバスチャンに確認を取るべきだ。
「悪いが、少し待っていてくれ」
俺は赤服の少女にそう声を掛けると、こちらへとゆっくり近付いてくる馬車に歩み寄った。
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