673話 悪魔の種8
あるところに、小さな小さな町がありました。周りを岩と砂に囲まれた町は、いつもお日様に照らされカラカラに乾いています。
その町で暮らす人々はいつだって食べるものに困っていましたが、それでも逞しく生きていました。暑さに負けず、みんなで手を取り合って暮らしています。
ある時、その町の前にボロを纏った旅人が倒れていました。親切な町人たちは、旅人を手厚く看病しました。そのおかげで、旅人はあっという間に元気になりました。
助けてくれたお礼にと、旅人は荷物の中から一粒の種を取り出します。旅人は、それを町の外れに植えました。すると不思議なことに、種は立ちどころに大きな木へと変貌しました。
その大きな木には、大きな果物が生りました。その果物は大層美味しく、町人たちは大喜びです。
その大きな木からは、また新しい種が取れました。それも植えてみれば、種はまた大きな木へと姿を変え、その木からも新らしい種が手に入ります。町人たちは新しい種が手に入るたびに、町の周りへと植えました。
そうして、岩と砂しかないカラカラの町は、緑豊かな町へと変わりました。
「それ、『旅人と不思議な種』なの。フィーが子供の頃によく聞いたの」
はふはふと、焼いた腸詰を口にしながらフィリーネが言う。
『旅人と不思議な種』と言うのは、数あるおとぎ話の中でも有名な話だ。絵本として広く流通しており、子供への読み聞かせとしてよく選ばれている。俺も昔、それはもう飽きるほどに聞いたり、逆に語ったりもした話だ。
「へェ、こノ国にはそう言う童話があルんだねぇ」
「なんだ、聞いたことないのか?」
頬杖を突き、興味深そうに聞いていたオッドへと顔を向ける。世界的に有名かどうかまでは知らないが、少なくとも周辺国には伝わっている話だ。まったく聞いたことがないとは、一体どういう環境だったのだろうか。
そんな俺の問いに対して、オッドは「俺ハずっと西の生まレだからネ」と片手をひらひらと振って見せる。この国の西側には海があるが、オッドはその向こうの大陸の生まれなのだろう。
「そ、それで、その話とさっきの話には何の関係が?」
少し慌てた様子のリーゼロッテが身を乗り出す。どうもオッドの話を深堀されたくない様子だが、そもそも俺はこの男に興味がない。それよりも、彼女の言うように話の繋がりの方が気にかかる。
オスヴァルトが俺達へと問いかけたのは、不思議な種ではなく悪魔の種と言う、何やら怪しげな響きの言葉だった。種と言う共通点はあるものの、それ以外に関連性が見いだせない。
「実は、この話には続きがあるんです」
「続き?」
オスヴァルトの言葉に首を捻る。俺の知っている物語では、「緑豊かな町になりました」で終わっていた。子供に語って聞かせる物語など、大体がそう言った終わり方だろう。その続きがあるなど、聞いたこともない。
オスヴァルトが言うには、ギルドに保管されている資料の中におとぎ話の続きと思われる書物が保管されているのだという。それも、オスヴァルト自身は把握しておらず、別の職員が昨日の事件を受けて引っ張り出してきたそうだ。
ただ、おとぎ話の方は語りやすい文章や絵本などの媒体となっているが、書物の方はおそらく当時のまま、古い言葉で書かれている。話の流れも、両者にはいろいろと違いがあるらしい。そのため、明確に話の続きだとは確定していないということだった。
そうして、オスヴァルトは語る。
旅人が町から去ってしばらく、町人たちが種を植え続けた結果、町の周りは小さな森へと姿を変えた。そこで町人たちは、もう緑化は十分だと種を植えるのを止めた。
種を植えるのを止めてしばらく、森へと出掛けた町人が帰ってこないことが多くなった。これまでも魔物に襲われるなどで帰ってこない者はいたが、その数が段々と増えている。捜索のために人を集めても見たが、その全員が帰ってこなかった。
そして町人たちは、もう一つの事実に気が付く。
森が広がっている。
もちろん、自然と落ちた種が育てば、森は広がるだろう。しかし、その速度が異様だった。
このまま森が広がれば、何れは町も呑み込まれるのではないか。そう危惧した町人は、森の一部を斬り倒すことにした。
そこからが、悪夢の始まりだった。
町人の一人が、一本の木へとその手に持った斧を振り下ろす。だが、その刃が幹へと届くことはなかった。
地中より伸びた木の根が、斧を持った町人の体を貫いた。それを発端に、木の根が、枝が、次々と町人たちを襲っていく。
さらに倒れた町人の体を苗床に、新たな木が生まれる。傷を負いながら町へと逃れた町人も、その先で体に枝葉を咲かせた。
そうして瞬く間に、町は森へと呑み込まれる。
滅びを待つ僅かな間に、死を眼前に控えた町人たちは思い至ったのだった。
この地に持ち込まれたのは、悪魔の種だったのだと。




