672話 悪魔の種7
「それで、話と言うのは昨日のことだな?」
俺はオスヴァルトへと、単刀直入に切り出した。世間話をしに来たわけでもないし、本題は早い方がいいだろう。
隣に座るフィリーネはパンを口に運びつつも、俺達へと目を向けている。その正面に腰を下ろしたリーゼロッテも真剣な表情だ。
それに引き換え、オッドは一人テーブルの端でドカ食いを始めている。お前は本当に何をしに来たんだ。
「えぇ、皆様が騒動の当事者と言うことは、こちらでも把握しております。あぁ、皆様を罪に問うようなことは一切ありませんので、その点ではご安心ください」
「罪に? 何か……あ~」
ここまでシャルロットの負傷ばかりに気を取られていたが、考えてみれば昨日の事件は町中で一人死人が出たのだ。こんなご時世では死者などそこまで珍しくもないが、場所が町中となれば話は変わってくる。殺人は当然ながら重罪で、俺達が疑われるのは当然の成り行きだ。
もっともオスヴァルトが言うには、今回は目撃者が多数いたことで、俺達が被害者だということは明らかだった。フィリーネもアメリアも当人に直接的な手出しは一切しておらず、むしろ周囲に被害が出ないように抑えていた。そんな中、当の本人が突然死したところまで複数人が目撃したため、俺達は無罪放免と言うことだった。
「ただ、今のところ不明点が多く、出来れば直接対峙された皆様全員から、詳しい話をお伺いしたいのですが……」
そう言って、オスヴァルトは俺とフィリーネへと交互に目線を向ける。オッドに聞いたのか、それとも目撃者から聞いたのかはわからないが、少なくとも俺達二人以外にも仲間がいることは知っているらしい。
全員と言うからには、クリスティーネ達からも話を聞きたいのだろう。確かに、より多くから話を聞いた方が情報は集まるし、別の視点から聞いた話によってわかることもあるかもしれない。
そう言ったギルド側の意見を理解しつつ、俺はオスヴァルトへと首を横に振って見せた。
「悪いが、怪我人がいるんだ。話を聞くなら、俺とフィリーネににしてくれるか?」
「そうでしたか。どうも皆様の中に負傷者が出たとの話も窺ってはいましたが、何分情報が錯綜しておりまして」
あの時、俺達がギルドの職員と言葉を交わした時間はほんの少しな上、気を失ったシャルロットを出来るだけ人目に晒さないようにしていたからな。遠巻きにしていた者達からはあまり見えなかっただろうし、そこまで把握していなくても無理はない。
俺の話に、「そういうことでしたらわかりました」とオスヴァルトは話を続けようとする。
「あ、あの!」
それを遮るように、リーゼロッテが声を上げた。
「私、治癒術なら使えます! 怪我人が出たって噂を聞いて、その、お力になれれば……!」
どうやらリーゼロッテが同行したのは、もちろんオッドを向かわせるのは不安ということ以外にも、俺達の中に負傷者が出たという話を聞きつけたという理由もあるようだ。何でも、オッドから話を聞くだけでも彼が俺達に迷惑をかけたのは明らかで、その謝罪の意味も込めてのことらしい。
その気持ちは素直に嬉しいが、俺は緩やかに否定の動作を返した。
「いや、治癒術なら俺も使えるからな、怪我自体は既に治療済みだ」
「あっ、そ、そうでしたか……」
実際に治療したのはクリスティーネだが、そこまで説明する必要はないだろう。
俺の言葉に、リーゼロッテはわかりやすく肩を落とした。少し申し訳ない気もするが、かと言って彼女の手を借りる必要がないのは事実だ。
その隣、オッドは飲み物を流し込むと「ダから言ったロう?」と口を開く。
「お兄サン達なら問題ナイって。けド、治っテるんなら話だって出来るンじゃないカ?」
「それが、怪我自体は治ってるんだが、まだ意識が戻らなくてな」
見る限りではただ眠っているだけなので、時間が経てば自然に目が覚めるはずだ。しかし、昨日シャルロットを襲ったあれに、何か特別な毒性がないとも限らない。今のところ兆候はないが、彼女の意識が戻るまではまだ安心できない。
ただの病気などであれば医者に見せるべきなのだろうが、魔物なのか魔術なのかも定かではないもの由来では、そうしたところで無意味だろう。そう言う意味でも、ギルド側の見解が聞けるのは俺達にとっても有難い話だ。
「ふぅン……怪我をしタのは?」
「シャルロット……水色の長い髪の子がいただろ? あの子だ」
「水色ノ髪……アぁ、あノちっちゃい子カ。なるほどネ、道理でお兄サンがぴりぴりしてるわけダ」
オッドは少し俯いたかと思えば、、思い出したように顔を上げた。ほとんどシャルロットと関わっていなかったので印象が薄かったようだが、さすがに一日ほど行動を共にしていれば覚えていたらしい。まぁ、印象で言えばあの三人の方が余程強烈だろうな。
しかし、少ししか関わっていないオッドに感付かれるとは思わなかった。俺自身、気を張りつめている自覚はあるが、これでも隠していたつもりなのだが。
これはオッドが鋭いというより、俺がわかりやすいのか。フィリーネ達も気付いているのかと、俺はそっと隣を盗み見る。
隣に座る白髪の少女は、普段通り少し眠たげな赤い瞳を手元のパンへと向けている。そこからは、特に変わった様子は見受けられない。
オッドが感付いたのだ、いつもの彼女達なら疾うの昔に気付いていることだろう。しかし、今の彼女達も俺と同じくシャルロットのことで頭がいっぱいなはずだ。それなら、まだ俺の様子に気が付いていないかもしれない。
どちらにせよ、彼女達には出来るだけ気付かせないほうがいいな。シャルロットの事もある中、余計な心配をかけたくはない。
そう考えながら密かに深く息を吐く俺の前で、オスヴァルトは考え込むように顎へと片手を当てた。
「目撃者の話によると、暴れる男性に対処したのはそちらのフィリーネさんと、もう一人の女性と言う事でしたが、そちらが怪我をされたシャルロットさんと言う事でしょうか?」
「いや、違うな」
オスヴァルトの問いに、俺は否定の動作を返す。それから、俺は昨日の出来事を彼らへと語って聞かせた。とは言え、大体の流れ自体はオスヴァルト達も把握していたようだ。ただ知っていたのは、フィリーネとアメリアが暴れる男の鎮圧に尽力したことで、そこに至るまでの経緯は知らなかったらしい。
考えてみれば、周囲の注目を集めたのは男が暴れ出してからだ。その時には既に、クリスティーネ達によってシャルロットからは引き離されていたのだから、シャルロットが襲われたことを把握していなくても不思議ではない。
俺自身、見たのはクリスティーネがシャルロットと男との繋がりを斬ったところからだ。それよりも前に目撃したのはクリスティーネとアメリアの二人だが、昨日話を聞いたところ、シャルロットが悲鳴を上げた時点で、あの子は襲われていたという。実際にどういう経緯でそうなったのかは、シャルロットが目を覚まさなければわからないだろう。
「それで、斬った先がシャルロットの体に食い込むというか、根を張るような動きをしたんだ。どうも、あの子の魔力を元に再生をしていたように見えた」
「ほう……詳しく聞かせて頂けますか?」
オスヴァルトの促しに、俺は昨日フィリーネ達に話した内容を共有する。とは言え、話せることと言ってもそれほど多くはない。精々形状と、後は個人的な見解を挟むくらいだ。
「総括した特徴は、植物に近いと言うことだな」
「フィーが斬ったのも、大体そんな感じだったの」
「そうだな、それを踏まえて考えると、あれは寄生樹の変異種じゃないかと思うんだが……」
俺はオスヴァルトへと結論を告げる。とは言え、俺自身が未だ半信半疑と言ったところだ。あくまで見立ては語った通りだが、俺の知識など大した量があるわけでもない。ギルドに務めているオスヴァルトの方が、その手の知識は余程豊富だろう。
彼らの方では、男の検死をしているはずだ。その結果に目撃者の証言や俺の話を合わせれば、あれの正体もわかることだろう。
俺の話を聞く間、オスヴァルトは難しそうな表情で腕を組み、少し顔を俯かせていた。話し終えた俺は彼の考えが纏まるまで、飲み物を手に取り喉を潤わせる。
しばらくの沈黙の後、オスヴァルトは顔を上げた。そうして俺達の顔を一通り見渡すと、その口を開く。
「皆さんは、『悪魔の種』の話をご存じですか?」




