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671話 悪魔の種6

 一階の食堂へと降りた俺達を出迎えたのは、胡散臭い男の胡散臭い笑みだった。


「昨日振りだネ、お兄サン! それニ、美乳のお嬢サンも!」


「ぶっ飛ばされたいの?」


 まだ起きて間もないというのに、既に頭が痛くなりそうだと、俺は額を抑えて溜息を吐く。何故だか片頬と額を赤く腫らしたオッドが開口一番放った言葉に、フィリーネは青筋を浮かべて拳を握った。

 きっと先に会ったアメリアに対しても、似たような言葉を掛けたんだろうな。道理で、あの娘の機嫌が悪かったわけだ。


 オッドは食堂に並べられた木製のテーブルから、こちらに対して悪びれもせずにひらひらと片手を振っている。その態度に、フィリーネが一歩踏み出した。

 さすがに店内で争うのはまずいと、俺は今にも拳を叩き込みそうな少女を制そうとその肩に手を伸ばしたのだが。


「このおバカ!」


 可愛らしい声と共に、オッドの頭が勢いよくテーブルへと叩き付けられた。突然のことに、俺はフィリーネと共に目を丸くして足を止める。

 衝撃で彼らが頼んだであろう飲み物が跳ね、中身を溢す。それほど多くない客たちが、なんだなんだと彼らの方へと目を向けた。


「どうして! あなたは! いつも! そうなんですか!」


 そう言いながら、手にした杖をオッドへと叩き込んでいるのは、一人の少女だった。

 見た目からして歳の頃は十代後半、俺やフィリーネと同年代だろう。背はやや低め、俺の肩くらいと言ったところか。大体アメリアと一緒だな。


 身に纏う紺を基調としたローブは一目見ただけでも質が良さそうで、その手にした杖も嵌まった魔石を見れば、間違いなく高級品であることがわかる。

 肩口で切りそろえられた金糸の髪は輝かんばかりで、常日頃から手入れされているであろうことが窺えた。翡翠の瞳は柔らかく、大人しい印象を受ける。


 未だ一切の言葉を交わしていないものの、オッドへの態度を見るに二人は知り合い、それもかなり親しい間柄なのだろう。と言うことは、この少女も冒険者なのだろうか。

 装いを見る限りでは後衛職と言ったところか。もっとも、冒険者などより町の花屋の娘と言われた方が、余程納得する容姿なのだが。


 そんな大人しそうな少女は今、少し興奮に顔を赤くさせ、その手の杖をオッドへと振り下ろし続けていた。打ち据えられる度に、男の体がびくりと跳ねる。その光景に、周囲の客たちはドン引きだ。絡まれないように顔を背けつつも、怖々とこちらを盗み見ている。


「あ~……そろそろいいだろうか?」


 少し迷った末、俺は二人へと声を掛ける。元より、俺に用があると呼ばれているのだ。このまま見ているより、さっさと話を進めたほうがいいだろう。


「えっ、あっ、す、すみません!」


 俺の声に、金髪の少女ははっとしたように顔を上げる。それから杖を持つ手を腰の前で揃え、ぺこぺこと頭を下げ始めた。その様子はとても大人しい少女のもので、先程まで杖を振り回していたのと同一人物には見えない。

 テーブルへと頭を打ち付けられていたオッドは、片手で後頭部を掻きながら顔を上げる。こいつはこいつで丈夫な体をしているな。


「いつつ……ちょット殴りすぎじゃあないカ、リズ?」


「あ・な・た・が! 女の子と見れば、すぐ失礼なこと言うからでしょう!」


「それにしたっテ、日に日に強クしてないかイ? まったク、出会った頃ハあんなに可愛かったのニ」


「かわっ……あなたが悪いんでしょう!」


 リズと呼ばれた少女は顔を赤くしたかと思えば、再度その杖をオッドへと振り下ろす。重い打撃音と共に、オッドの頭が再びテーブルへと叩き付けられた。

 少女ははぁはぁと肩で息をしたかと思えば、はっとしたようにこちらへと顔を向ける。それから、取り繕う様に姿勢を正し、その手の杖を背中へと隠した。


「す、すみません、お見苦しいところを……」


「いや、それはいいんだが……それよりも、話があると聞いたんだが」


「は、はい! あ、いえ、お話しするのは私達と言うよりは……」


 そう言って、少女はオッドの反対、左手の椅子へと目を向ける。そこにはもう一人、眼鏡をかけた男が腰掛けていた。

 こげ茶色の髪と瞳をした、三十前後の男性だ。皴一つないシャツとズボンを身に纏う姿は冒険者には見えないが、服の上からでも結構締まった体をしていることが見て取れる。

これまで一言も発さず、オッドたちのやり取りをただ柔らかい目で眺めていた。


 少女の瞳を受けた男性は徐に立ち上がり、己の胸へと片手を当てる。


「ご挨拶が遅れました。私は冒険者ギルドより参りました、オスヴァルトと申します。以後、お見知りおきを」


 そう言って、オスヴァルトは俺達へと綺麗なお辞儀をして見せた。俺はフィリーネと軽く目線を交わし、揃って会釈を返す。


「俺はジークハルト、冒険者だ。それから――」


「フィーはフィリーネ、よろしくなの」


「ジークハルトさんにフィリーネさんですね、よろしくお願いします。ささ、立ち話もなんですから、どうぞお座りください」


 そう言って、俺達へと席を進めてくる。俺達はそれに素直に応じ、三人の対面へと腰かけた。俺の正面に座るのがオスヴァルト、真ん中にリズと呼ばれた少女が腰掛け、その隣にテーブルに顔を埋めたままのオッドという並びだ。

 座ると同時、小さな力で袖を引かれる。顔を向けてみれば、こちらを上目で見上げるフィリーネと目が合った。


「フィナ、どうかしたか?」


「ん」


 少女は短く声を発すると、別方向へと目線を移した。それを追ってみれば、食堂のカウンターに立つ店員の姿があった。

 そう言えば、俺もフィリーネも起きたばかりで何も口にしてはいない。食堂の一角を借り受けている以上は、何か注文するのが礼儀と言うものだろう。そう思ってみれば、前に座る三人の手元には飲み物の入った器があった。


「悪い、軽く頼んでもいいか? まだ食べてなくてな」


「えぇ、もちろんです。お二人もどうぞ、遠慮なく。ここは私が持ちますから」


 そう言って、オスヴァルトはオッドたちにも注文を進める。少女は遠慮したが、オッドはすぐさま顔を上げると、これ幸いとばかりにいくつか注文を上乗せする。隣で少女がぎりぎりと拳を握っていた。

 飲み物と、それから注文のした中ですぐに出てくる食べ物が運ばれてきたところで、俺は「それで」と話し始めた。


「話をする前に、まず名前を聞いてもいいか?」


 俺はオスヴァルトではなく少女の方へと顔を向ける。先程オッドからは「リズ」と呼ばれていたが、しっかり名乗られたわけではないし、何より彼らが何をしに来たのかがわからない。

 そんな俺の言葉に、オスヴァルトは意外そうな顔を見せた。


「おや、お知り合いではなかったので?」


「そっちの男はな。彼女とは初対面だ」


「すみません、名乗るのが遅れてしまって! 私はリーゼロッテと言います。彼や他の仲間と一緒に冒険者をやってまして、今日はその、お目付け役と言うか、何と言うか……」


 そう言って少女、リーゼロッテはしどろもどろに話し始めた。

 昨日、俺達と別れたオッドはその足で冒険者ギルドに赴いたところ、そこに丁度来ていた仲間達と合流を果たしたらしい。そのまましばらく話し込んでいたところ、昨日の騒動を耳にしたそうだ。


 ギルドの職員や他の冒険者達と共に現場に向かったものの、既に俺達が事態を治めた後で、残されていたのは暴れていた男の亡骸だけだった。目撃者に話を聞いたところ、戦っていたのは俺達だと、オッドは当たりを付けたらしい。

 ギルド職員が翌日、つまり今日だな、俺達に話を聞きに行くというので、顔見知りであるオッドは橋渡し役として同行することにした。ただ、オッド一人を向かわせるのは不安だということで、リーゼロッテも一緒に来ることになった、という経緯らしい。


「なるほどな。まぁ、さっきのやり取りを見ればその不安は当たってたわけだが……そもそも、こいつが来る意味があったのか?」


「邪魔なだけなの」


 俺の言葉に、ぶすっとした様子でフィリーネが同意する。

 俺達以上の折檻をリーゼロッテが加えてくれるのは溜飲が下がるが、別にオッドたちが来る必要はなかったのではないだろうか。ギルドが話を聞きたいというのなら、オスヴァルトがいれば事は足りるだろう。


 そうした俺の疑問に、オッドはいやいやと軽く片手を顔の前で振って見せる。


「お兄サン達の顔を知ってルのは俺だけダったからネ! そノおかげで、こうして合えた分けダし!」


「誤差だろ」


 確かに、オッドがアメリア達を見つけたことで、俺へと円滑に話が通った節はあるかもしれない。しかし、正規のギルド職員であるオスヴァルトがいるのだ、宿の受付に言えば俺達に話は通るだろう。どちらでも時間はかからないと思うが。

 とは言え、来てしまったのでは仕方がない。俺からするといてもいなくてもいいのだが、オスヴァルトが拒まないのであれば好きにすればいいだろう。

 ひとまず二人は放っておくことにして、俺はオスヴァルトへと向き直った。

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